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997年目

14 お祝い ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「おはよ……うわっ!エリサ?なにその顔!」

同僚に二度見された上に叫ばれた。

「ほっといて」

部屋から廊下に出て、同僚の手から蓋付きのトレイを奪うように取る。


「ありがと。じゃあね」とお礼を言って、さっと部屋に引っ込むことにする。
これ以上ここで騒いで隣の部屋の主に気付かれたくない。

しかし同僚はそれを許さず片手でドアを押さえると、私の顔をのぞきこんだ。

「ひどい顔ね。目、ちゃんと冷やしたの?」

もしや失恋でもした?とでも続くに違いないわ、と思っていた言葉は
「そりゃあエリサにとっては不本意な任命よね」と続けられてムッとする。

私がチヒロ様の専任護衛になったのを聞いて、そう取ったのか。

でも、それはそうだ。

尊敬する副隊長の部下。第3王子殿下レオン様の、初の女性護衛。
その夢が叶った時、私がどれほど喜んだか。この同僚はよく知っている。

今の私の顔を見て
《『空の子』様の専任護衛に回されるなんて不本意だと泣いていた》
と思われても当然だった。

私が何も言わないので自分の推測は正しかったと思ったのだろう。
同僚は「そうよね。分かるわ」と私を慰めるようにひとり頷いている。

しかし続いた言葉は意外なものだった。

「でも騎士でしょ。喜びなさいよ。私達は見込まれたからこそ任命されたのよ」

「――え?」

思わず「嘘」と、声が出た。

同僚が私をじろりと睨む。

「なにが嘘よ」

「だって。あの……アイシャは……嬉しいの?……その……任命されて」

「何言ってるの?当たり前でしょ。光栄じゃないの」

アイシャはふんと鼻を鳴らした。

そう。この同僚――アイシャも昨日付けで任務を言い渡された女性騎士だ。
だが彼女の任務は異例中の異例のもので。
私は彼女こそ、命じられた任務を《不本意だ》と嘆いていると思っていた。

思っていたのに。

目の前には誇らしく胸を張る姿。

眩しかった。アイシャはすごい。そして彼女は……正しい。
言われたことは間違いじゃなかった。私が言い返せるはずがない。

今は違っても昨日。
レオン様にいきなりチヒロ様の専任護衛を命じられた時、私は――不本意だったのだ。

謁見で、自分は《知識なし》の『空の子』だと宣言したチヒロ様。
それを聞いた貴族たちのチヒロ様を蔑むような反応。

それに怒りを覚えておきながら、自分はどうだ。

何故、アイシャのように喜んで任務を受けられなかった。
何故、副隊長のようにチヒロ様のことを考えた行動がとれなかった。

只人ではない。伝説の『空の子』様が現れたのだと舞い上がって。
ひとりきりでこの世界にやってきた小さな少女に私は、何をしていたのだ。

自分が情けなくて、恥ずかしくて、俯いた。
しかし手にした半円の、銀のトレイが見えた瞬間、今度は自分に腹が立った。
思い出せ!何のために《これ》を作ってもらったのだ。

昨日を悔やんだところで何になる。顔を上げろ。変えられるのは先だけだ。

気を取り直して顔を上げ、私はアイシャにお礼を言った。

「頼んだもの持ってきてくれて、ありがとうアイシャ。
作ってくれた貴女自慢の婚約者様にもお礼を言っといて」

「ちょっと……!まだ内緒なんだから」

アイシャは顔を赤くし私を小突くと
「目はもうどうしようもないけど、せめて髪は結びなおしなさいよ」
と言って戻っていった。

右手で目を押さえてみる。

……冷やしたんだよ、これでも。そんなにひどいか……。

これから会う人の反応を想像して自分の不覚を呪った。


国王陛下が宣言された通り、チヒロ様は南の宮で暮らすこととなった。

南の宮の中心にある門から見て、現在レオン様が使われている方とは反対の側をチヒロ様が使われることになったのだ。

南の宮の中でも広く、日当たりが良い隣のお部屋が昨夜からチヒロ様の居室となった。
そして、そのお部屋へと内ドア一枚で続くこの控えの間が、やはり昨夜から私の部屋となっている。

宿舎の部屋にあった自分の荷物を慌ただしく持ち込んだだけの部屋。
ここで一晩眠れずに過ごした。
そして朝早く思いついて、伝言で頼んでアイシャに厨房へ行ってもらったのだ。

アイシャから受け取った蓋付きのトレイを一旦机に置き、髪を結びなおす。
襟を正して再びトレイを持ち、「よし!」と気合をいれ内ドアをノックした。

チヒロ様付きの、《侍女》のアイシャがドアを開けてくれた。


「どうしたのその顔!」


案の定、チヒロ様にも二度見され叫ばれた。寝不足です、と誤魔化す。
我ながら下手な言い訳だと思ったけど、チヒロ様はそれ以上何も言わなかった。

テーブルの上にトレイを置く。
チヒロ様は私の横に来ると、それを見て首をかしげた。

蓋を取る。
途端に甘い匂いが漂う。

お皿の上に、小さなパンケーキを二段重ねてクリームをかけ、その上にフルーツを沢山盛ったものが乗っている。

「ケーキです。厨房で作ってもらいました」

「……それは……わかるけど?」

「昨日できなかったので、今からお祝いをしましょう。チヒロ様のお誕生日の」

チヒロ様が目を丸くしてこちらを見た。

「王宮一の調理人の作品です。美味しいですよ」

「……素敵ね」

「でしょう」

「いくつローソク立てたらいいかな」

「ローソク?」

「《私》がいた国ではケーキの上に歳の数だけローソクを立てるの」

「………すごい風習ですね」

「あ!こっちの。燭台にたてるような大きなローソクじゃないの!
小指より細くて、小さいローソクよ」

「ああ!なんだ!納得です」

私たちは並んだまま笑いあった。

「そのローソクがあったら10本たてるところですが」

「ふふ。このかわいいケーキに穴が開いちゃうから無い方がいいわ」

「チヒロ様。この国では新しい年の初めにみんな一斉にひとつ歳をとるんです。
みんな同じ誕生日なんですよ」

「わあ、そうなの?」

「はい。
今年はもう過ぎてしまったのでチヒロ様だけこうして別にお祝いをしますけど、来年からは一緒です」

チヒロ様はゆっくりとこちらを向き、そして静かに微笑んだ。

「……ありがとう、エリサ」

私はまた目が熱くなった。

ここにいるのは10歳の子どもだ。
前世の記憶があっても《今》はない。

昨日までの記憶がなにひとつない。

家族も、友達も。本当の歳も。《今の自分》の本当の名前すら知らない。

何ひとつ持たずにやってきた、ひとりぼっちの子ども―――

また溢れそうになるものを気合いで止めて、笑ってみせる。

「……来年も再来年も、これからは毎年一緒にお祝いしましょうね」

チヒロ様は「うん」と頷くと私にふわりと両腕をまわした。


「大好きよエリサ。ああ……なんていい子なの。こんな孫娘が欲しかったわ」


―――おばあちゃんが出た


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