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998年目

09 ある会話 ※レオン

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 ※※※ レオン ※※※



「お嬢様を外に出せば何かする、とは思ってましたが。
馬鹿正直に宮に招くとは。工夫も何もないですねえ。あの殿下」

「……上手いこと言い含めて、攫うくらいしてくるかと思っていたんだけどな」

「上手いこと攫う?!お嬢様をですか?
ええ~。
お嬢様が庭にいると知ると慌てて出て行ったんですよ?
あの殿下にそんな器用な真似ができるとは思えませんよ。する度胸もないでしょう」

「みたいだね。
……奴は相当ずる賢い、と恐れていたのは僕が小さな子どもだったからかな」

「はあ?」

「かいかぶっていたのかな。取られたら面倒だと思って用心していたのに。
ひと月も部屋に閉じこめて。チヒロに可哀想なことをしたな」

「……それより。
探り始めて暫く経ちますが。特に何もない、というより全く何もありません。
異常な納入数や金額差でもでれば楽なのになあ。
これは思ったより時間がかかるかもしれませんよ?」

「それは困るな。なるべく早く医局が欲しいんだ」

「えー。なんでそこまで。
……あのう。
本当に上を取る気はないんですか?
《西》の殿下はあの通りだし、王太子殿下はお優しい良い方ですがそれだけ、ですよね。
貴方がその気になれば――」

「――なるわけないよ。
せっかく気楽な立場にいるのに上を取りにいって国を統べる?
そんな面倒はごめんだ。……それに、愚王の再来は嫌だろう?」

「愚王?いや、それより。本当ですか?
じゃあ俺は今、貴方が上を狙って反乱を起こすための手伝いをさせられてるわけじゃあないんですね?」

「ああ、そんな心配してたのか。あり得ないよ。嫌だな。
僕は心から王太子殿下に新国王になっていただきたいと思っているんだ。
多分この国で一番それを望んでいる。本当だよ。
――今すぐにでも国王になっていただきたいくらいだ」

「はあ……」

「ふふ、だからね。これは単なる遊びなんだよ」

「遊び?――で、ご自分の影響力が増すようなことを?
大丈夫なんですか?
野望を持って貴方に近づいてくる貴族もいるでしょうし、王太子殿下側も面白くはないでしょう。
首が絞まりませんか?」

「仕方がないよ。
葬りたいほど憎んでいる僕に力を奪われ地に落とされたら、奴がどんな顔をするか見たいんだ」

「はあ。なるほど」

「それだけ。他意はないよ」

「……まあそれだけの方が平和でいいですけど。
周りがそれで納得してくれますかね。
貴方のもとには既に王家の盾の当主に、神獣に、『空の子』ですよ。
この上に貴方が医局をとったら……」

「――馬鹿らしい。関係ないよ。
王家の盾は当主が誰の所にいても《王家の》盾だし、ジルもチヒロもただいるだけだ」

「ただいるだけ、ですか。
《西》のほうでは噂で持ち切りですよ。
神獣も跪いた『空の子』様が貴方の妃となれば、貴方が王太子殿下以上の力を持つことになるのでは、と」

「またそれか。――ああ、もしかして、それで慌てて近づいて来たのかな」

「でしょうね。できたらお嬢様を自分の側に引き入れたい。
それが無理でも貴方の妃にされるのだけは嫌なんでしょう」

「……とは思ってもそれはまだまだ先の話だ。
彼女が成人するまであと7年もあるからね。
ならまずは僕とシン――こっちの内部分裂を狙った、ということかな。
……ふうん。
全く頭が働かないわけじゃない。
でも今日、何の工夫もなく彼女に近づいた。ふふ、かなり焦ってるのかな」

「ですねえ。毎日苛々されてますよ」

「だろうね。
《神獣も跪いた『空の子』が妃となれば、僕が王太子殿下以上の力を持つことになるのでは》なんて《噂》を聞けばね。
……ひろめたのはお前かな?」

「まさか。
俺は命令されてないことはしてませんよ。どう影響が出るかわかりませんからね。
ただ《西》の殿下に偶然《噂》を聞かせてやっただけです」

「そう。ふふ、これでもう奴は我慢出来ないだろうね。切れる直前かな。
完璧には理性が保てないだろう。……なんせ既に6年も我慢しているからね」

「6年?」

「何でもないよ」

「――ああ、それはそうと。
すみません。お嬢様のおっかない護衛に気付かれてしまいました。どうしましょう?」

「いとも容易く見破るとはさすがエリサだよね」

「落ち込むなあ。俺、変装の腕、落ちましたかね」

「どうかな。シンも近づかなくても気付いていたよ」

「我が主人は当然です」

「それはそうだね。ああ、エリサは大丈夫だよ。
何も言わなくても理由は気付いているさ。任務はわからなくてもね。
お前が裏切り《西》についた、なんて微塵も疑ったりしないよ」

「腕あげてるんですねえ」

「……それ以前の問題だと思うけどね」

「はあ?」

「ともかく。頼むね。もっと時間をかけても良かったんだけど。
そろそろチヒロをなだめるのが大変でね」

「はあ。……お嬢様のため、ですか」

「何?」

「あはは、いいえー。何でも。了解です。では気付かれないうちに戻りますね」

「ああ、よろしく」


話が終わり、人の気配が無くなってはじめて僕は窓の外を見た。

すでに夜もふけた外は闇が広がるばかりで何も見えはしない。
その中を宮から宮へ。自由に動けるとはたいしたものだ。

要らぬ心配をしていたあの男に言ってやりたくなる。

これは遊びなんだ。
《奴ら》を落とす遊び。

落とせたら僕の勝ち。
それで終わり。
そのあとなんてない。

心配はいらないんだ。

王太子殿下以上の力を持つ者がいたところでなんの問題にもないんだよ。

そいつがいなくなればいいんだから。


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