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998年目
21 鶴 ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
「ありがとう、シン。薬を《吐く》のを止めないでくれて」
厨房に水差しを貰いに行っていた私は、入ろうとしていたテオの部屋の前で入れ違いに出てきたシンにお礼を言った。
シンは気持ち良いほどしれっと返してくる。
「止められなかっただけです。子どものすることは想像もできない」
笑ってしまった。
嘘ばっかり。絶対わかっていたくせに。
気付いたはずだ。シンも私と同じ。
テオを助ける方法を探していたはずだから。
もしかしたら、テオを貴族の養子にすることを考えてた?
貴族の養子になれば特効薬を飲む資格を得る。
そうすればテオの命は助かる。
だけど貴族の養子にすればテオに貴族として生きることを強いてしまう。
自分のーー《王家の盾》の当主の養子にすれば、テオに武術の道を。
他の貴族の養子にすれば、生涯その家につくす道を。
最善の道はどれなのか悩んでいたのかもしれない。
聞いても貴方は絶対に本当のことは言わないだろうけど。
なんにせよ、決してテオをただ見送るつもりはなかったんでしょう?
「……本当にありがとう。シン」
私はもう一度お礼だけを言って、これから着替えて王宮に行くというシンの後姿を見送る。
もう外は暗い。
それでも。
シンは私がしたことと、私とエリサと見習い医師のトマスさんが暫くこの屋敷に滞在する事などを、レオンに伝えに行くのだ。
もちろん、私の目のことも。
シンは私を信じてくれた。
自分が見えない死病を「見える」と言った私を。
「私は罹ってない!」と王宮医師に叫んだ私を。
私を。私の目を信じ、そしてまるで当然のように受け止めてくれた。
だから私がテオに薬を飲ませる事を察しても止めなかったのだ。
もし私やテオが罪に問われることになれば、助けようともしてくれただろう。
―――感謝しかない。
私は遠くなった背中に深く礼をして、くるりと向きをかえるとテオの部屋に入った。
開け放たれたドアのすぐ傍にいて、やり取りが聞こえていただろうエリサを見つけてちょっと照れた。
エリサはそんな私に微笑んでくれた。
ベッドの横でテオを見ていたトマスさんに声をかける。
「トマスさん、テオはどうですか?」
「随分、熱も下がってきたようです。
やはり今まで診てきた誰よりも快復が早い。チヒロ様の解熱法のおかげだと思います」
「単にテオ自身の回復力のせいでは?
私はあまり変わったことをしてないと思うんですけど」
「いいえ、私たちのするものとは違う。これは大発見です」
私は苦笑した。
私がテオにしているのは前世の《私》がしていた熱冷ましの方法だ。
テオが汗をかき始めたので頭だけでなく、太い動脈のある脇の下と首も冷ます。
かいた汗で失われる水分と成分を補給させてあげる。
それだけ。なのに、トマスさんは随分、大袈裟なことを言う。
持ってきた水差しをテーブルの上に置く。
中には砂糖と塩を入れた水が入っている。テオに飲ませるのだ。
様子を見ようとしてテオの顔を覗き込んで――枕元にあるものが目に入った。
瞬時に息が止まった。
―――何……これ
それを掴む。振り返って床を蹴る。
無意識に私は走り出していた。
「―――シンっ!!」
廊下に出る。
直前、エリサが何か言ったが聞こえなかった。
ここは二階。
手摺りからエントランスホールである下を覗く。
もう一度、声を限りにその名を呼ぶ。
「―――シンっ!!」
玄関を出ようとしていた騎士が振り返った。
もつれそうになる足を叱咤しながら階段を降りてその人のもとへ向かう。
「シン!…………シン……これ…………貴方が?」
息も整わないうちに聞いた私の手の中の物を認めて、シンは頷く。
「そうですが。それが?」
「これはっ!これ……は…………?」
「……それは私が幼い頃、義父に教えてもらった物です。
何か願い事がある時に作る物だと」
―――願い事が
「昔から我が家に伝わる物だと聞いておりますが。それが何か?」
「…………シン」
「チヒロ様?」
涙がぼろぼろ溢れた。
次から次に溢れてくるそれは、目の前の騎士を困らせているとわかっていても止まらなかった。
『ソウマ・シン』だ。
愚王に蔑ろにされた『空の子』。
空に戻された『空の子』。
何もわからない。
『彼』のことは「やってきた」「蔑まれた」「空に戻された」と聞いただけ。
でも確かにここにいたんだ。
誰かに教えたのだろう。
教えたい人がいたんだ。この国に。
……教えたんだ。
《願い事がある時に作る物だ》と言って。
愚王に蔑まれただけじゃなかった。
心を通わせた人がいたんだ。この国に。
それは、こんな些細なものが
300年の月日を経て、今なお、こうして伝えられるほどの絆―――――。
『彼』が確かにここで生きていた証。
見つけた。
シンの中に『彼』がいる。
手の中には少しいびつな折り鶴。
名前を呼んでわあわあ泣きじゃくる私を、目の前の騎士は躊躇いつつもそっと抱きしめてくれた。
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