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998年目
23 仁眼 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
チヒロが自分の見ている物が信じられない、という顔をしている。
同じ王宮内ではあるが王族が住む《宮殿》ではなく、政務や行事が行われる
《中央》にある医局。
王宮医師ロウエンに招かれて入った薬の保管部屋で。
壁一面の薬棚に並べられた薬瓶。
それが全て、ほのかに光っている。
小さな薬瓶。
形は少しずつ違うが、どれも茶色の瓶だ。
その一本、一本がさまざまな色に光っている。
「綺麗……。色は違うけどホタルみたい」
チヒロがほう、と息を吐いた。
白、赤、青、黄……薬瓶は色分けされて並んでいるようだ。
「あれ?」
ゆっくりと薬棚に並べられた薬瓶を見てまわっていたチヒロだが最奥の、鍵付きの薬棚に置かれた数本の薬瓶の前へ移動する。
その薬瓶は光ってはいる。
だが他とは異なる性質の色のせいで、気をつけて見なければ光っていると気が付かない薬瓶だった。
「これ……死病の特効薬ですね?」
チヒロが聞き、王宮医師ロウエンが
「やはりわかりましたか」と答えた。
一見、黒い瓶に見える。
よく見て初めてそれが本当は茶色の瓶で、ほのかに黒く光っているとわかる薬瓶だ。
「チヒロ様は薬瓶に光る色を見ておられるのでしょうか?」
「はい。瓶がほのかに光って見えます」
王宮医師ロウエンはチヒロの言葉を聞き頷くと
「やはり『仁眼』のようです」とレオンに向けて言った。
予想していた通りの言葉だったのだろう。
王宮医師ロウエンの正面にいたレオンはただ「そう」と返した。
案内する王宮医師ロウエンの傍らには見習い医師のトマス。
レオンの後ろにはシンとエリサがいる。
今日チヒロたちが医局にいるのは、レオンが王宮医師ロウエンにチヒロの目が死病を色として見たことを打ち明けたからだ。
何かわかる事があるかと問われた医師はその返事としてレオン達を招いた。
チヒロは王宮医師ロウエンに聞いた。
「『仁眼』?」
「チヒロ様の目は、遥か昔の貴人たちが持っていた『仁眼』だと思われます」
「貴人?『空の子』ではなく?」
「……まず、部屋を移動しましょうか」
王宮医師ロウエンはそう言って、医局の奥にある三つの応接室のうち一番奥の部屋へ皆を案内した。
「……それでは、この記録書の話をしてもよろしいでしょうか」
応接室に入ると王宮医師ロウエンが机の上に置いてあった記録書を手に取った。
変色し、擦り切れ一部が破れていたりとかなり傷んでいる。
「かなり古い記録書ですが、これは遥か昔にいたという数人の貴人について書かれたものです。
ここに、その貴人というのは『仁眼』と『全語』を持っていた人のことだ、とあります」
チヒロが首を傾げる。
「『仁眼』と……『全語』?」
「『全語』というのはよくわかりません。
話が上手かった、というようなことしか書いてないのです。
一方、『仁眼』の方ですが。
……【貴人は病や怪我が色として見える眼を持っており、それと同じ色の薬を作って人々に与えていた】と」
王宮医師ロウエンは記録書をそっと撫でた。
「つまりこの記録書は、我が国の薬を最初に作ったのは貴人で、貴人が薬を作ることが出来たのは病と薬の色が見えたからだ、と言っているのですが。
そんな記録書はこれ一冊しかなく、これは遥か昔に創作された夢物語だと思われてきました。
私もそう思っていた」
「――だけど今、『仁眼』を持ったチヒロがここにいる」
レオンが言うと、王宮医師は先程のチヒロと同じように息を吐いた。
「はい。……驚きです」
誰からも次の言葉が出ず部屋が静まる。
暫くしてチヒロがそれを破った。
「あの。それで、貴人というのは『空の子』ではないんですか?」
王宮医師ロウエンは全員の目が自分に集まったところで答えた。
「わかりません。この記録書には『空の子』という言葉は出てこない。
それに、私が知る限り歴代の『空の子』様に『仁眼』と『全語』があった
という記録はありません。――ただ」
「ただ?」
「この記録書の全文からして、数人の貴人というのは全員が女性だったようです。
妊娠、出産をはじめ全員に女性特有の記録がありますから」
全員が息を呑む。
レオンが納得した、とばかりに手を合わせた。
「ああ。だからその記録書はこの医局に保管されてたんだね。
『空の子』とはかすりもしない薬誕生の夢物語として」
「そうでしょうな。『空の子』様は全員が男子。
そして誰も『仁眼』と『全語』を持ってはおられなかったのでしょうから」
「つまり遥か昔には貴人と呼ばれた女性の『空の子』もいて、彼女達は『仁眼』と『全語』を持っていた、と。
きっとそういうことだね」
レオンは納得したように笑ったがチヒロが複雑そうな顔をして呟いた。
「……何、そのオプション」
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