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998年目
36 対立 ※レオン
しおりを挟む※※※ レオン ※※※
「『空の子』殿、いっそ私の西の宮にいらっしゃいませんか?」
―――落ちろ。
チヒロの前に進み出て、エリサにチヒロを託すと僕はさも驚いたように声を張り上げた。
「何を言われるのです!
チヒロは私の祈りで『空』から降ろしていただいた『空の子』ですよ?」
天井が高いせいで声はよく響いた。
自分の方がはるかに優勢だと思ったのだろう。
僕の張り上げた声が辺りに響いたことに気を良くしたらしい奴は嘲笑して言う。
僕につられて声が大きくなっている。
「確かにそうかもしれないがそれは『空の子』殿がこの国に来られた時のこと。
過去の話だ。もう関係ないだろう。私はこれからの話をしているのだが?」
―――落ちろ。
「《高い知識》のない『空の子』殿とは、おかしな話だと思っていたのだが。
『空の子』殿が《薬》に興味を持たれていると知って《理解》したよ。
『空の子』殿に口止めしたのだろう?
《薬に興味があることは言わないように》と。
薬を管理する医局の責任者は《私》だものな。
……なあ第3王子。
『空の子』殿を独占したかった気持ちは理解できるが。
それは『空の子』殿に対して、あまりに酷い仕打ちではないか。
私は『空の子』殿を救ってさしあげようと思い、こうして話をしにきたのだ」
「……私はそんなことはしておりません。
チヒロは植物が好きなだけ。
今日は珍しい植物が手に入ったので、王宮医師に見せてはどうかと私が提案し、二人で医局を訪問したにすぎません」
「――そんな訪問になぜ王宮医師の長、ロウエンを指名する必要がある?」
「―――」
「『空の子』殿は《何故か》王宮最高医師ロウエンとお知り合いのようだな」
周りのざわめきが大きくなる。
ロウエンとはテオが死病に罹った時に知り合った、などと言えるはずのないチヒロは反論できずにいる。
そして僕も少しのあいだ何も言わずにいてやれば
奴の顔には勝った、と。勝利を確信した笑みが浮かんだ。
―――さあ………ここからだ。
奴は僕を思ってのことだと慰めるように言った。
「第3王子。もう『空の子』殿を自由にして差し上げようではないか。
これからは『空の子』殿は私が《西の宮》でお世話しよう。いいな?」
―――落ちろ。
「……私が『空の子』であるチヒロの世話役であり、南の宮がチヒロの住まう宮だというのは国王陛下が決められたことですが。
それを覆せとおっしゃるのですか?」
《国王陛下》という言葉に奴はぴくりと反応したが、それは苛立ちを誘っただけのようだ。
「父上も私に賛成してくださる!」
途端に声が大きくなった。
「どうせお前はいずれ臣下にくだる!
《宮》であり続ける次期王弟は私一人いれば充分だ。
お前はいらない。『空の子』殿の世話役もそんなお前より、王族であり続ける私の方が相応しいだろう」
―――落ちろ。
奴は自分自身の言葉に陶酔したのだろう。
腰を軽く折り、芝居がかった猫なで声で、エリサの後ろにいるチヒロに言った。
「医局は私が管理しています。
『空の子』殿が薬に興味があるのでしたら、第3王子などのところではなく、私のもとへおいでになる方がなにかと都合が良いでしょう。歓迎致しますよ?」
―――落ちろ。
ざわざわと周りが騒がしくなり、気付いた奴の護衛が小声で
「殿下。ここは人目があります。これ以上はーー」と、奴に忠告した。
奴も気付いて話を終わりにし、引き上げる素振りを見せる。
しかし。
奴の後ろ。僕の目のはじには小さく一団が入った。
思わず頬がゆるむ。
逃すものか。これで終わりだ!
―――さあ聞け。お前の一番嫌いな言葉だ!
「《異母兄上》。もうやめましょう。見苦しいです」
ぱん、と音がして左頬に痛みが走る。
目の前の奴が真っ赤になって叫んだ。
「異母兄と呼ぶな!穢らわしい!」
先程奴に忠告した護衛が奴を止めようとしたが、奴の方が早かった。
もう一度左頬に奴の手が飛んでくる。
ついでに胸ぐらを掴まれ首を絞められる。
「母を殺して生まれた忌子が!」
奴は僕を突き飛ばした。
わざと大袈裟に倒れてやる。
エリサが僕の名を叫んだ。
あたりからも声が上がる。
慌てて僕に駆け寄ってきた護衛の手を大丈夫だと払った。
派手に血が出るような怪我でもさせてくれれば
もっと良かったがまあいい。上出来だ。
自ら評判を落とせ。
僕はほくそ笑んだ。
ここは狭い部屋の隅じゃない。
誰にも見つからない場所などどこにもない。
貴族、大臣、文官。
見届け役は大勢いる。
なかったことにはできない。
―――さあ叫べ!
「お前さえいなければ皆、幸せだったのだ!」
―――そうだ、落ちろ!
「お前さえ産まれなければ、あの方は死なずに済んだっ!
生きていれば聡明なあの方が蔑まれ続けることなどなかったのに!
あれほど素晴らしい方を貶めたのは、お前だ!
お前があの方の命を奪い、永遠に名誉を傷つけるのだっ!!」
奴の憤怒の形相を見て血が躍る。
良い顔だ。ぞくぞくする。そうだ、この顔が見たかった。
期待が湧き上がる。次はどうする?何をしてくれる?
僕を蹴り倒しに来るか? それとも――殺しにくるか?
来ればいい。さあ早く。
気の済むまで僕を傷つけ罵れ!
そうしたら
―――追い詰められた僕が絶望しナイフを出しても不思議はないだろう?
ああ、大丈夫。
お前を傷つけはしないよ。
僕が刺すのは自分だ。
お前が王族殺しの大罪人になることはない。
だから、ほら……来るがいい。
―――僕を殺したいほど憎いのだろう?
だが護衛が奴を止めた。
余計なことを、と舌打ちが出そうになる。
いいさ。ならばもう一度煽るまでだ。
「《異母兄上》」と言ってやれば奴の顔が面白いように歪んだ。
既に6年。
殺したいほど憎んでいる僕に、手出しどころか近づけもしなかったのだ。
やっと巡ってきた僕を叩きのめす機会。
《場所》がどこであっても完璧には理性を保てないだろうとは思っていたが、これほど我を忘れるとは。
嬉しい誤算だ。
こみあげる笑いを抑えるのに苦労する。
さあ。次は何をしてくれる?
どこにそんな力があったのか。
奴は護衛騎士を振り払うと、とうとう叫んだ。
「――っ愛していたのに!」
―――そうだ、落ちろ!
「あの方を愛していたのに!」
―――落ちろ!
落ちろ!落ちろ!
―――義母である王妃への執着を口にして落ちろ!
「愛していた!王妃になられようと関係なかった!心から愛していたのに!
それを!――お前があの方を私から永遠に奪ったのだっ!!」
まわりはどよめいた。
しかし奴には聞こえない。
―――叫べ!!
「――お前などっ!生まれなければ良かったのだっ!!」
これで舞台が出来上がった
僕を蔑み続けた奴も
僕を母の思い出と共に《南》に捨てた男も
お前たち二人とも僕の血にまみれるがいい
僕は上着からナイフを出す
さあ二人とも
――――― 落 ち ろ ! ―――――
どん、と奴が突き飛ばされた。
細い手で行われたそれは大した威力もなく少し動いた程度だったが、奴は信じられないものを見るような顔をしていた。
僕も目に映る光景が信じられない。
「……………チヒロ?」
奴を突き飛ばして。今、僕の目の前にいるのは…………チヒロだった。
―――何故?
「――お前には協力しないっ!」
目の前には僕を庇うような小さな背中。
「レオンを傷つけたお前になんか絶対協力しない!」
――――何故?
「私はレオンがいるから、ここにいる!
お前などがレオンのかわりになれるものか!」
小さな身体から絞り出すような絶叫が響く。
――――― な ぜ ―――――
3
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