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999年目

08 密会 ※チヒロ

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 ※※※ チヒロ ※※※



「……シーナ」

「はい、なんですか?ラグラスさま」

―――うん。かわいいお名前だわ。


国王様のお名前はラグリュカシュトゥラス様だ。

王太子妃様に教えていただいたこの国の高貴な方々のお名前の中で、
私が一番苦労したお名前。

覚えられはした。けれど言えなかった。
今でも5回に4回はかんで言えない。

舌が回らないのだ。
この国の人の舌はどうなってるの?私の舌が鈍いのか……。

王太子妃様には涙を流されるほど笑われた。
エリサには「いつか言えるようになりますよ」と遠い目で慰められた。

唯一の救いは、まあ間違いなく口にすることのないお名前だってことだ。
なんせ国王様のお名前だものね。忘れさえしなければいい。

だから私は忘れないように密かに愛称をつけさせていただいた。
それが《ラグラス》さま。

《ラグラス》は別名「ウサギの尻尾」。

前世で好きだった、猫じゃらしみたいなあの、ふわふわな植物の名前だ!
絶対忘れないよね。

―――って。…………あれ?

え、ちょっと待って。

今、私、何って言ったっけ?
国王様本人に向かって密かにつけてた愛称を呼んじゃった?!

ええ?!

エリサが見えた。もう卒倒しそう……いや、してる?……くらい顔が真っ青だ。
私も今、そのくらい、いや、それ以上に真っ青になってる自信がある。

まずい!
どうしよう! どうしよう! どうしよう! どうしよう!!

私は笑った。でも癖なのだ。仕方がない。
すぐに頭を下げる。

「こ、、国王陛下。申し訳ありません。その、私……」

しかし何故か国王様の笑い声が聞こえた。

「はは、、やはり。……そうか……あの子は君を望んだのか……」

はい?

何? どういう意味?

恐る恐る顔を上げる。


「あの……へい――」

「――チヒロっ!」

え?

「レオ……ひゃっ!」

一瞬何が起きたか、わからなかった。
突然、後ろにレオンが現れたと思ったらいきなり視界がぐるりと回った。

自分の下にレオンの背中にあって、左側にはレオンの頭があり、それで私はようやくレオンに担がれたのだとわかった。

横からレオンの声がする。

「――失礼します」

事態が全く飲み込めない。

「ちょっと!レオン?!何?おろして!ねえ!レオン!!」

ばたばたと暴れてみたが、レオンはびくともしない。
私を担いだまま、どんどん歩いていく。

元いた場所――国王様たちからは遠くなる。

身体は半分に折られているし、頭が下を向いてるし、
下に見える地面は遠いし、揺れるし、
暴れてたらだんだん気持ちが悪くなってきた。

抵抗するのは止めにする。

……抵抗するのはやめる。
……だけどさ……。

「レオン。……私は丸太じゃないんですけど。
ひどくない?担ぐって……これ女の子の扱いじゃないよね?」

レオンからの返事はない。
私はこうなった状況を考え、聞いてみる。

「ねえ。何とか言ってよ。
それは……レオンが国王様を嫌ってるのは知ってるけど。
でも私がちょっと話したくらい別にいいでしょう?何をそんなに――」

「――君は今日から外出禁止ね」

「え?何故?ねえ!レオン!ちょっと!」

何故そんなことになるの?

再び暴れてみたがやはりレオンはびくともしない。
力、強いな。それはそうか。こっちは子どもだ。勝てるはずもない。

私はたまらず後ろに向かって叫んだ。

「シン!」

あ。しれっと無視した。この裏切り者!
この状況をどうにかして欲しかったのに!

……って、シンはレオンの護衛だっけ。くううううぅ。

私の味方にはなってくれないのか。
でも、どう考えてもこんな扱い酷いと思うんだけど!

ちょっと国王様とお話ししただけでしょう!
何故、外出禁止?

外出ってどこまで?庭は駄目?宮の中は大丈夫?
それとも……まさか、また部屋から出るなって言う?ああもう!

もういい。それは後にしよう。とりあえず。

何度でも言う!
私は丸太じゃないのよ!

「レオン。……とにかく、もう降ろしてよ。恥ずかしい。自分で歩くから――」

「――嫌だ」

―――嫌だって何だ!

……なんなの一体。

うう。

え?とか、わっ!とか……ぎょっとした声がいくつもする。
気のせいか遠くから嬌声も聞こえる。

視線が痛い。突き刺さる。

騎士さん達?侍女さん達?……どっちもか。どっちもなのか?

―――もうやだ。

なんのお仕置き?これ……。

どのみち、恥ずかしくて当分外を歩けないな、と私は思った。


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