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1000年目
09 出発前夜 ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
「これは?」
シンの目が、私がテーブルの上に置いた料理に注がれる。
一見スープだが、中には麺が入っている。
見た目も香りも味も、シンには馴染みのない料理のはずだ。
私はふふん、と得意げに言った。
「ふっふっふっ。見たことないでしょう。それは、うどんって言うんだよ」
「《ウドン》?」
「そう!料理長さんにスパイスやソースを見せてもらったんだけど。
その中に醤油に似たのがあったから作ってみたの!」
「《ショーユ》?……これを……チヒロ様が作られたのですか?」
「そう!お料理するの久しぶりだったし、材料が違うから心配だったけど。
なかなか良い味にできたと思うの!食べてみて」
シンはさらりと言った。
「――初めてでしょう?」
「え?」
「《久しぶり》ではありません。貴女が料理したのは初めてです」
「……それは……そうなんだけど」
「初めての、新しい経験でしょう。もったいないですよ。
《久しぶり》で済ませるのは」
返事が出来なかった。
言われてみれば……確かに私が料理をしたのは初めてで―――。
シンが念を押す。
「貴女が。《その手で》料理したのは?」
「……初めて……です」
「そうです。良くできていると思いますよ。初めてにしては」
「……褒めてるの、それ……」
ちょっとムッとした。
話を聞いていたエリサが慌てて言う。
「私も先にいただきましたが、なかなかですよね。
優しい味で、体調が悪い時に良さそうです」
「……エリサ。あんまり褒められている気がしないんだけど」
「あ。いえ、そんなことは。私は好きです!」
と、エリサは言ってくれたけど。
実は私も納得はしていなかった。
「うーん。やっぱり出汁がないとイマイチかなあ」
「《ダシ》って何ですか?」
「えっと。……旨味?この国でも魚や野菜から下味をとるでしょう?」
「ああ!下味のことですか。わかりました!」
「あ、旅で変わったお料理食べられるよね!楽しみ!
うどんに合う出汁も見つかるといいな」
「……チヒロ様。何しに行くかわかってますよね?」
「わかってるよエリサ。でも初めてだもん、興奮しちゃって。
遠足の前の日みたい。今日は寝られるかな」
「《エンソク》?」
「えっと、ピクニックみたいなものかな?」
と
シンが言った。
「ところで。今日はこの《ウドン》を作られていたんですか?」
「……うん。そうだよ」
「……馬と訓練所を見に行ったりは?」
「行ってません」
エリサが報告する。
「行こうとされました。こっそりと。お止めしましたが」
「それで《ウドン》か」
「はい」
思わず頬が膨らむ。
「……いいじゃない。どうしてそんなに駄目だって言うの?
危ないことはしてないし、問題ないでしょう?」
「大有りです。
馬には乗れるように、剣は使えるようになりたいのでしょう?騎士のように。
私が気付いていないと思っているのですか」
「え」
「チヒロ様!そんなことを考えていたのですか?!」
エリサが叫んだ。
「どうしてそんな!チヒロ様には私がいるじゃないですか!」
「そうだよ?だからエリサがいざという時にどんなふうに動くのか、知っておこうと思って」
「え?」
「前に。シンに庇われた時も、エリサに庇われた時も怖かったの。
私が《上手に》庇われないと、私の動きで庇ってくれる人を危険に晒してしまうって。
だから訓練の様子を見るくらいした方がいいんじゃないかと思って。
それに……私自身も、少しは剣を扱えるくらいはできた方がいいかなって」
「チヒロ様……」
「不要です。貴女にいざという時などありません。
我々は《何も無いように》守っているのです。
《何かあってから》守るのではありません。
それに貴女に剣は似合わない。《玩具》で十分です」
ぐうの音も出ない。
出来たらいいと考えてはいたけど、私も剣は難しいと思っていたのだ。
でも、なら……。
「……馬だけでも……駄目?」
「………馬は単に乗りたかったんですね」
「だってジルは駄目でしょう?」
エリサが声を上げた。
「駄目に決まってます。何を考えているんですか、チヒロ様。
ジル殿は神獣ですよ、神獣!」
「そうだけど……大きな動物を見ると乗りたくならない?」
「ジル殿を見て馬に乗ろうと思ったんですか……」
エリサはジルのことで呆れたようだったけど、シンはそこは無視したようだ。
「まあ、馬は良いでしょう。殿下に伝えておきます」
と言ってくれた。
「やった!ありがとう、シン。ふふ、帰ってからの楽しみもできちゃった」
喜ぶ私にシンが言った。
「さあ。今日はもう休んでください。明日はいよいよ出発です」
「うん。じゃあ、おやすみなさい、シン」
「ええ。私は先に《王宮》に出発するので見送れませんが――良い旅を」
「―――――」
どくん、と。心臓が止まった気がした。
「――チヒロ様?」
シンの訝しげな顔を見て意識が《今》に戻る。
私は慌てて、シンに返事をした。
「あ。――うん。ありがとう。無事に、生きて帰ってくるね」
―――しまった
そう思ったけれど遅かった。
馬鹿なことを言った。
シンは気付いてしまったかもしれない。
ううん。―――気付いたと思う。
――「良い旅を」――
私に、その言葉をかけてもらった《記憶》があることに。
そしてそれが《どんな場面》であったかに。
だけどシンは
「……当たり前でしょう。縁起でもないことを言わないでください」
とだけ、言ってくれた。
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