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1000年目
10 チヒロと千尋 ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
千尋は小さな町に生まれた。
家の周りは人の家より田畑の方が多い、のどかな場所。
父は都市の会社へ通い、母も近所のお店へ仕事に出ていた。
二人姉妹の長女。家の手伝いは結構した方。
妹とは喧嘩もしたけど仲が良かった。
家には千尋と妹が拾ってきた犬や猫。
そして近所の人に増え過ぎたからともらった小鳥など、いつも動物がいた。
平和で平凡な生活だった。
生まれ、成長し、学校に行き、そして大都市へ出て就職し。
人にすすめられたお見合いで夫と出会った。
結婚してからは転勤の多い夫について国中を回った。
先々で色々な仕事をした。
途中、はじめての子をお腹の中で失った。
泣き叫び絶望し塞ぎ込んで
それでも時間に少しずつ癒されていった。
やがて夫婦で相談し、養子を迎えることにした。
生まれたての女の子だった。
血なんかどうでも良かった。
初めて抱いた瞬間、愛しくて涙が溢れた。
幸せだった。
夫と娘と笑う日々。
家族と囲む食事。
娘の成長を喜び、娘の洋服を作り、髪飾りを作り。
そのうち買った家の、小さな庭で野菜を、花々を作る趣味ができた。
近所の人たちとも親しくなった。仕事先で友人もできた。
やがて娘が結婚した。
男の子の孫が生まれた。
働く娘に代わり、孫の面倒をみた。
久しぶりの幼い子ども。
年相応に疲れることも、娘と孫の違いに戸惑うことも、ただ楽しかった。
孫が学校に上がる頃、娘の夫の異動が決まった。
娘の夫は、千尋の夫と同じように転勤のある仕事に就く人だったのだ。
職場は海外になり、一家で引っ越していった。
静かになった家で、趣味の手芸や園芸などをして過ごした。
近所の人や友人が訪ねてきてくれた。
定年を迎えた夫と二人、海外に住む娘一家に会いに行ったりもした。
苦手だった授業をもっと真剣に受けておけば……と後悔した。
……歳を取り、夫と二人で暮らす日々は夫の死で終わりを迎えた。
娘一家が、一緒に海外で暮らすことを提案してくれた。
けれど長年住んだ家と、親しい近所の人たち、長年の友人たちとはどうしても別れがたく、ひとり暮らすことを選んだ。
それなりに楽しかった。
けれど年月の流れと共に、ぽつりぽつりと親しい人たちとの別れを経験した。
あちこち痛む身体を動かすのが億劫で、日当たりの良い部屋でぼんやりしていることも増えた。
ある日、胸に痛みが走った。
それからの千尋の記憶は曖昧だ。
近所の誰かが異変に気付いて対処してくれたのだろう。
気がついたら病院にいて「娘さんがこちらに向かってますからね」と言われ、あの子は遠く海外にいるのに申し訳ないなあ、と思ったことは覚えている。
そのあとは――うとうとと、まどろむだけの日々。
身体はもう指一本動かせず、目も開けられなかった。
そんな日々がずいぶん長く続いたように思う。
看護師さんなのか、介護士さんなのか。
ときどき優しく話しかけてくれる声だけが聞こえていた。
おはよう
今日はいい天気だよ
今日はね、、
おやすみ
そして息苦しくなった時、言われたのだ。
――「良い旅を」――
◆◇◆◇◆
――「初めての、新しい経験でしょう。もったいないですよ。《久しぶり》で済ませるのは」――
シンはそう言った。
言いたいことはわかる。
私は私だ。
以前の、別の世界で人生を全うした《千尋》じゃない。
新しい人生を生きているのだ。
過去に――それも自分のものでない過去に囚われるのはもったいない。
そう言いたかったのだろう。
私だってわかってる。
私にとっても《千尋》の人生は万華鏡をのぞいて見える光景のよう。
いくら私に《千尋》だった時の記憶があっても、私は《チヒロ》なのだ。
生まれ変わった別の人間だ。
それでも。
考え方、好きなもの、行動、クセ。
心は続いているような感覚で
《千尋》と私は……まるで双子のようで
《千尋》の生きた別の世界と
《チヒロ》の生きているこの世界のように
そっくりで。
……わからないの。
もう終わったことだと忘れるのも
全く別なのだと割り切るのも
難しいんだよ、シン。
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