この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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1000年目

23 虫寄せの木 ※チヒロ

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 ※※※ チヒロ ※※※



「チヒロ様!あの死病の原因となる虫の成虫です!」

駆け寄って木を見ていたニアハン医師が叫んだ。

私は――立ったまま動けなかった。

驚くべき光景だった。

テオのお父さんに連れられて行ったのは一族の家々から離れた場所。

その土地に他の木々はなく、そこだけぽっかりとあいたようになっている。
それは一族の皆さんが管理する、畑のような場所だからなのか。

そこには一種類の、同じ木だけがはえている。
ううん。似たような間隔で並んでいるから植樹されたのかもしれない。

それはいい。

驚いたのはその木の葉っぱだ。

その木の葉は全て、僅かだけれど黒く光っていた―――――。


【あの。この木、何という木なんですか?】

テオのお父さんに聞いてみれば苦笑された。

【さあ。他の民族がなんと呼んでいるのかは私たちには……。
けれど、私たちはこの木を《虫寄せの木》と呼んでいます】

【虫寄せの木?】

【そのままの意味です。この木は虫を寄せる。この虫が集まってくるのです。
この木の根もとに滲み出ている樹液を吸いにくるようですが。
すぐに落ちてしまいます】

【落ちて?】

【ええ。それで木の下に……ほら。こうして虫がたまってしまうわけです】

テオのお父さんは根もとの枝を少し退けて、木の下を見せてくれながら言った。

よく見たくてしゃがみ込む。

確かにニアハン医師が言ったように死病の原因である虫の成虫――細い身体に羽根を持つ、半透明の小さな虫がたくさん落ちている。

手を伸ばそうとして、テオのお父さんに止められた。

【ああ、あまり触らない方がいいですよ。樹液でベトベトしていますから。
それに少しにおいもするでしょう?】

そういえば少し変わったにおいがしていた。

【……本当だ】

【根本に樹液、におい、虫を寄せる。そのせいで家の近くには置きませんが。
葉をお茶にする我々には欠かせない木です】

【―――】

木から目が離せなかった。
目を離さず、ずっと考える。

ひとつの言葉しか思いつかなかった。


――― 食虫植物 ―――


私の知っているそれではない。

けれどそうとしか思えなかった。

《虫寄せの木》

この木は集めている。この虫を。
においのする樹液で誘き寄せて。

落として、それで?―――

落とすだけ?

いいえ。

この虫を寄せて、落として、そして

きっと養分にしている。

根もとに落として集めて……まさか

根から……虫の養分をとっているの?


「チヒロ様!こちらを!」

声のした方を向く。
トマスさんが興奮した様子で草を指差していた。

「これ!この高山から《王宮》に送られて来た植物では?」

見れば確かに。トマスさんが指差しているのは、ほのかに黒く光る、私がダザル卿から贈られた植物だった。

トマスさんの様子でその草の説明が欲しいのだと察したのだろう。
テオのお父さんが言った。

【ああ、その植物はこの木の周りによく生えてくるんですよ】

【え?】

【名前はやはり知りません。
この植物があるとこの木の成長に良くないですし、邪魔にもなるので我々は抜いてしまいますが。
欲しければこの山に自生している《虫寄せの木》のそばになら生えていますよ】

【……この木のそば?】

【ええ】

【この木のそばにだけ、生えているのですか?】

【は?……さあ。あまり気にしたことはないのですが。
そういえば……そうかもしれませんね】

【―――】


この木のそばにしか生えない。
この木から栄養をもらっているのかもしれないということだ。

もしかしたら。

世界で唯一の国でしか育たないという、特効薬の原料の中で唯一手に入らない植物。

他の国では育たないというのも……似たような……?


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