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1000年目

24 希望 ※チヒロ

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 ※※※ チヒロ ※※※



「食虫植物……」

「――確かに!そうだとしか思えませんね」

トマスさんは茫然と呟き、ニアハン医師は嬉々として頷いた。

「この羽虫。こいつは死病の毒にやられることなく羽化したものだ。
この羽虫は死病の毒に打ち勝つ《何か》を持っているはず。
《虫寄せの木》はこの羽虫をたくさん食べ、取り込んでいるから『仁眼』で見ると黒く光る――特効薬の原料になるようになったのかも」

「ニアハン先輩……」

医師二人は顔を見合わせ――次の瞬間、抱き合った。

「やったな、トマス!」

「やりましたね、ニアハン先輩!」

「チヒロ様!この《虫寄せの木》、欲しいです!
ああでも、ここのは管理されているものなので、いただくわけにもいかないでしょう。
我々は自生しているのを取りに行きたいのですが。
ついでにあの、《王宮》に送られて来た植物も付けて!」

「取りに行くって……」

すぐにでも飛んでいきそうなニアハン医師。
それを止めたのは意外にもトマスさんだった。

「ちょっと!待ってください、ニアハン先輩。取ってきてどうするんですか!
それは出来たら医局に持って帰って調べてみたいですよ?
しかし、ここから《王宮》まで何日かかると思っているんですか!
運べば枯れてしまう可能性が高い。
しかも栄養――この羽虫が満足に用意できるかどうか……」

「やってみなきゃわからないだろう!」

「やめてください!
もし、この木が特効薬の原料の中でも唯一手に入らない植物の代わりになるものだったらどうするんですか!
一本がどれだけ貴重な物か!
ちゃんと考えてから動かないと」

「………あー………」

「とりあえず、特効薬の原料になるだろう葉は持ち帰りましょう。
茶葉にしても効果があるなら茶葉にする方法を教えてもらいましょう」

「そうだな。悪い。早く調べたくてつい……」

ニアハン医師とトマスさんは《虫寄せの木》を見つめ考えこんだ。

ニアハン医師が悔しそうに言う。

「そもそも、何故ここには死病の原因である虫の成虫――羽虫が大量にいるんだ?
我々は見たことがなかったのに」

「山に多くいる羽虫なんでしょう。王宮医師は現在、全員が《王都》育ちです。
知らなくても仕方がないですよ」

「……でも。おかしくないか?この羽虫は人間を使って《羽化》したんだ。
なら人間の多い場所にこそ、いそうなものなのに」

「……そういえば。そうですね……。
けれど、この羽虫が人間の近くに多くいたら死病に罹る人が少数では済まないのではないですか?
あ!《羽化》するのに使う《身体》は人間に限らず動物でもいいのでは?」

トマスさんの言葉を聞いて、ニアハン医師がテオのお父さんをちらりと見た。
テオのお父さんは私に言う。

【どうかされたのですか?】

【あの。この羽虫ですが。この高山にはたくさんいるんですか?】

【ええ、それはこうしてこの《虫寄せの木》に集まってくるくらいですから】

【どこにいるのでしょう。人間の近くですか?】

【いいえ。どこにでもいる気はしますが。
しいてあげるなら水辺と、小さな動物の近く、でしょうか】

【水辺と……小さな動物?】

【ええ。我々も鳥などの小さな動物を飼いますが。そこには群れていますよ。
逆に我々人間のまわりではほとんど見ません】

【……人のまわりには……ほとんどいない?】

【ええ】

【小さな動物は……その。多くが亡くなったりは】

テオのお父さんは笑った。

【全くありません。
もしそんなことになっていたら躍起になってその羽虫を退治していますよ】

【そうですよね……】

私は首を捻った。

「チヒロ様。彼は何と?」

「どこにでもいる気がするけど、特に水辺と小さな動物のところに多く、人のまわりではほとんど見ないそうです」

「水辺……と……小動物?人ではなく?」

「はい。しかも羽虫がいるせいで小動物は死んだりしていないと」

ニアハン医師も首を捻った。

「……よく……わかりませんが。とにかく。
この《虫寄せの木》が死病の特効薬の原料にできることは確かです。
それは原料にできるのは葉だけだろうけれど。
悔しいな。どうにか《王宮》まで運べないかな」

トマスさんも言う。

「でも栽培方法を考えないと。他にも……増やす方法も。
もし、この木が世界で唯一の国でしか育たない、特効薬の原料の中で唯一手に入らない植物のかわりになったとして。
この高山にあるものだけではこの国の国民全員の量を確保できませんよ。
そこもなんとかしなければ………」

私はそっと木の葉に触れた。

「この《虫寄せの木》。この高山にしかない木なのかな……」



「これと似た木なら……見たことあります」

そう言ったのはエリサだった。

「え?」

「エリサさん、それ本当?どこで?どこで見たの?」

ニアハン医師がエリサに詰め寄る。

「いや、あの。全く同じかどうかは。
でも実は私、子どものころ田舎で祖母と生活していて。
そこには山で木を切る職業の人がいたんですけど」

「それで?!」

「木の成長の妨げだし、べたべたと樹液がつくし臭うし、邪魔だからって。
これと似た木を切って捨てていたのを見たことがあって」

「捨てた?!切って?!」

「いや、だから。ここにある木と全く同じかどうかは。
私は生えている木を見たわけではないので、木の下にこの羽虫が落ちていたかどうかも知りませんし」

「……でも……同じかもしれない」

エリサは頷いた。

「――はい。見たのは10歳くらいまでなので同じとは言い切れませんが。
特徴はよく似ています」

「エリサさん、その田舎どこ?!」

「《王都》から馬車で二日です」

「帰りに寄れないかな?」

「全く逆方向なので、それは難しいかと」

「そうか……。でも、希望が出てきたね。
この《虫寄せの木》は他の山にもあるのかもしれない。
そして、特効薬の原料の中で唯一手に入らない植物のかわりになるかもしれないって」

ニアハン医師はそう言って再びトマスさんと抱き合った。

その後、言った。

「じゃあ心おきなく他の植物を探しに行こうか」


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