この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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1000年目

33 四年前 ※エリサ

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 ※※※ エリサ ※※※



「ここに、ぼろぼろになってひっくり返ってたんだ」

「え?」

《男》はその場を確かめるように足元を見ながら話し始めた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


ほら、四年前の任務だよ。

国境警備隊から

「指名手配されている隣国の大使らしき人物が潜伏しているという情報が入ったから、大使の顔を知る近衛騎士をよこして欲しい」

って要請が来て。

国王陛下付きで、大使が来訪した時の警護を担当してた俺とハリスがこの領地に派遣されただろ。


それがさあ。
ふもとの町に着いた日に、ハリスは具合を悪くして宿で寝てるしかなくなったんだ。

でも国境警備兵と落ち合う約束をしてたのは次の日だったから、その日は休んでいりゃ良かったんだけど。

「空き家に潜伏していた、大使らしき奴と部下数人を捕獲した」
って伝えにきた男がいて。

ハリスには「明日二人で行こう」って止められたんだけど。
俺は男について行った。

―――面通しなんて任務、早く終わらせて帰りたかったしな。

大使たちが潜伏してたっていう空き家に行くのかと思ったら、
「捕獲した大使達は国境警備隊の収監所に移したからそっちへ行く」
と言われて。

で、この辺りまで誘導されて来たら………隠れてた男8人に襲われたんだよ。

そ。俺、罠に引っかかったんだ。
カッコ悪いだろ。

大使は確かに国境警備隊に捕まってた。
でも部下の方は逃げていたんだ。

逃げてた大使の部下は、大使と交換する人質として近衛騎士を狙った。

どっかで面通しに近衛騎士が来ると知って考えたんだろうな。

王家の外戚ダザル卿のご領地だ。
この領地で《王宮》の近衛騎士なんて人質に最適だろ。

あとでわかったんだけど。
ハリスの不調は宿に着いてすぐ、飲んだ水に薬が入ってたからだった。

乗ってきた馬を厩につないでいた時に「お疲れ様でした。どうぞ」って水を持ってきた奴がいたんだよ。

ハリスも俺も宿の人間だと信じて疑わなかったんだけど、違ったんだなこれが。

その水を、ハリスは飲んだけど俺は飲まなかった。
その前に休憩した町でしこたま飲んでてね。喉、乾いてなかったし。

でもせっかく持って来てくれたのに悪いと思ってコップは受け取った。
で、持ってきた奴の見てない所で捨てた。飲んだフリしたんだよ。

薬の効きを見にきた男は慌てただろうな。

水を飲まなかった俺はピンピンしてたからなあ。
で、男は仕方なく俺の方を誘い出すことにしたというわけだ。

―――そんなこんなで俺はこの辺りまで誘い出されたわけなんだけど。

俺だって途中から、あー罠かも、って警戒はしてたけどさあ。
まさか男に8人も仲間がいるとは思ってなかった。

大使と交換する為の人質だ。奴らは俺を殺す気じゃなかった。

でも多勢に無勢だろ?抵抗しているうちに結構な怪我を負って。

なんとか逃げてここまで来たものの。
味方の国境警備兵との約束は《明日》だしなあ。探されもしないだろ。

逆に大使の部下達には、いつ見つかるかわかんないし。もう絶体絶命?

あー、もうこれはこのまま死ぬんだな、って思ったよ。


―――そこに、ひょっこり子どもが現れた。

服を見て、ああ、ふもとの町で話に聞いてた少数民族の子どもか、とぼんやり思った。

宿に見事な細工の置物があって。
話を聞いていたんだ。

高山に住み、滅多に姿を見せない一族の話。

たまに数人の男が細工物を持ってきて、布や薬と交換して帰る。
それだけ。

言葉も通じないし、町人との交流を嫌うらしい。
町の者で高山を訪ねた者もいたが、会えた者も住まいを見た者もいない。

山菜を取りに行って遠くに人影を見かけた者はいるが、場所はバラバラ。
どうも高山を転々として暮らしているらしい。

だからどこにいるのかも、全部で何人いるのかもわからない。
謎だらけの一族だ……ってね。


その少数民族の子どもは俺を見て、ぎょっとして。
そのあとキョロキョロまわりを見回して、消えた。

まあ当然の反応だよなあと苦笑してたらそいつ、戻ってきたんだ。
包帯持って。で、俺の応急手当てをしてくれた。

手当し終わったら木の葉をかけて俺を隠すとまた消えて。

今度は国境警備兵を連れて戻ってきた。

服が似てるから、俺の味方だとわかったんだろうな。

俺から話を聞いた国境警備兵が大使の部下達を追討に行って、全員捕獲した。
俺も担架に乗せられて戻ることになった。

助かったよ。

それで、俺に背を向けて立っていた子どもにお礼を言おうと思って。
目を向けたら、見えたんだ。

―――子どもの背中越しに
荷物をいっぱい持った少数民族達が移動をして行くのが。

よその人間が大勢やってきて、しかも戦闘になった場所の近くだ。
もう暮らせないと、住む場所を変えることにしたんだろう。

でも子どもは行かなかった。立ったままで移動していく仲間を見てた。

即座に思ったよ。

子どもは置いてかれたんだ。

少数民族は町の人との交流を嫌うという。
よそ者の、しかも武器を持った騎士なんてなおさらだろ。

子どもはそんな俺を助け、国境警備兵を呼んできた。
よその人間に、兵士に関わってしまった。

そのせいで。子どもはもう戻ることは許されなかったんだって。

移動していく少数民族たちに向かって

「待ってくれ!こいつをおいていかないでやってくれ!」

って必死になって呼びかけたけど。
怪我で大声出せなかったしなあ。

遠かったし、聞こえなかっただろうな。
聞こえてても、そもそも言葉も通じてないし駄目だろ。

すぐに見えなくなった。

それからはもう、
微動だにせずに仲間を見送る子どもの背中に、泣いて詫びることしかできなかった。

9歳だ。

9歳の子どもが俺を助けた為に仲間にも、親にも見捨てられたんだ。

そう思うといたたまれなかった。

俺の迂闊さが、子どもを独りにしてしまったんだと思って自分を責めた。

詫びて詫びて……。

償いにもならないが面倒だけはみようと連れて帰ったら、副隊長が俺ごと屋敷に迎え入れてくれた。

自分の隊の奴でもない。
しかも、もう使い物にならないかもしれない怪我した騎士と、言葉の通じない他民族の子どもを、だよ。

「二人とも、ゆっくり慣れていけばいい」って言われて。

嬉しかったなあー。

身体が治った頃にはすっかり副隊長の人柄に惚れ込んでいて。
すぐに誓いを立てて、我が主人と呼ばせてもらうことにしたよ。

あの副隊長のことだ。
誓いを立てれば俺に何かあっても、子どもは見捨てずに育ててくれるだろうって打算もちょっとあった。
内緒だぞ。

子どもはすごい奴でさ。

言葉を必死で覚えて。屋敷での生活を覚えて、仕事も覚えて。
屋敷のみんなからもそれは可愛がられるようになった。

けど、どうしたって失った親の代わりにはならない。

だからどうしてもここに来たかったんだ。

そしてあいつの――テオの親に……仲間に、テオを受け入れさせるつもりだった。

―――俺の命とかえてでも。

それが俺にできるテオへの償いだったからさ。


言葉が通じないから、通訳が欲しくてお嬢様を攫おうとした。

『空の子』なら少数民族も知っているだろうから、きっと会ってくれる。
話を聞いてくれるとも思ったし。

でも。

……お嬢様に「馬鹿ね」って笑われたんだ。

で、

「自分は絶対にその高山に行くから、その時についてきたらいい。
そっちのが簡単でしょ」

って言われた。

でもさあ、そんなのいつになるかわからないだろ。
殿下がお嬢様を行かせるとも思えなかったし。

俺は躊躇ったさ。けど、結局……何でかなあ。頷いた。

そしたら少したってから、いきなり手紙貰った。
エリサが持ってきた手紙だよ。

あの手紙には

「人攫いへ  行くぞ。命令だ。ついて来い」

とだけ書いてあったんだ。酷いだろ?

……自分がそう言えば、俺が同行しても誰からも責められないって配慮なのはわかったけどさあ。

過激なとこあるよね、あのお嬢様。

まあ、とにかくそれで心おきなくついてきた、と。そういうわけ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お嬢様には感謝だなあ」と囁くように言って男は話を終わらせた。

風が俯いたままの男の髪を揺らしている。


わかってしまった。

私に言わなかったのにはそれだけの理由があったんだ。
私に言えることであったはずがない。

四年前の任務の日。

その中には二人で会おうと約束していた私の裏誕生日があった。

帰って来ようとしたのだ。
任務を早く終わらせて。

帰ろうとしたのだ。
私に会うために。

だがその焦りのせいで罠にはまった。

大怪我を負い、そして

9歳のテオから両親を、仲間を、婚約者を奪った……。


どんなに悔やんだだろう。
どんなに自分を責めただろう。

自分の命にかえても
テオを元の生活に戻してやるのだと決意するくらいに。


私は男の前まで行くと、両腕を男の肩にまわした。

「……側にいる」

「……エリサ?」

「……側にはいてやる。だけど慰めない。慰められたくもないだろう。
自分で立ち直れ」

男は両手を広げ……言った。

「あー。それはもういいんだ。立ち直った」

「はあ?!」

私が手を離すと、男はへらっと笑った。

「ちょーっと誤解があったみたいでさ。
お嬢様がテオに聞いて教えてくれた。
確かによその人間と積極的に関わるのは禁忌だったらしいんだけど。
怪我してる人間を見捨てておけというほど厳しいものではなかったとさ。
それに、テオは自分で俺についてくることを選んだんだそうなんだ。
自分たち少数民族の暮らしを良くしたい、と思ったからだって」

「暮らしを?」

「一族は細工物を作ってふもとの町で布や薬と物々交換してたって言っただろ?
それは、子どものテオから見ても割に合わない取り引きだったらしい。
だから俺たちの暮らしを知って、自分たち民族がどうしたら豊かに暮らせるようになるのか、みつけたかったんだそうだ」

「……9歳で?」

「そ。9歳で。すごいだろ、あいつ」

「すごいな」

二人で小さく笑いあう。

「本当、凄いよ。
お嬢様はこの旅にあいつも誘ったんだ。でもあいつは断った。
もっと誇れるようになってからじゃなきゃ帰れないって」

「テオが?」

「そう。あいつは俺よりよっぽど大人だよ。
――俺は嫌われるのが怖くて。大好きな奴に情けない話はできなかった」

「―――」

「……ごめん……」

男を抱きしめる。
そうして私は自分の顔を、男の顔に近づけた。

離してから、その顔をじっと見る。

「……ひとつ頼みがあるんだけど」

「え。珍しいなエリサの頼みとは。いいよお。何?」

「チヒロ様を攫おうとしたって?」

男が目を逸らす。

「あー。えっとさ。それはほら、未遂だから。ね?」

にっこり笑って言ってやる。


「殴らせろ」


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