144 / 197
1000年目
36 閑話 チヒロ ※テオ
しおりを挟む※※※ テオ ※※※
見たこともないほど大きな《王宮》で僕は青くなっていた。
隣にいたセバス様が僕の肩をポンと叩く。
大丈夫なんだろうか。僕がこんな凄いところにきて。
言葉は必死に覚えた。でもまだ完璧とは言えない。
一族の言葉が出て変な目で見られるのも嫌だ。
《話せないフリをさせてください》と言っておいて良かった。
◆◇◆◇◆
初めて会った時は目が離せなかった。
漆黒の髪、漆黒の瞳。
本当に『空の子』様はいたんだ。
作り話かと思ってた。母さんの話は嘘じゃなかった。
セバス様に挨拶しなさいと言われるまで、僕はただチヒロを見つめていた。
チヒロは変な奴だった。
会ったその日はずっと僕を見て「かわいい」を連発した。
周りに大人しかいなくて、同い年くらいの子どもを見るのは僕が初めてだと聞けば《なるほど、じゃあ仕方がないか》と思わないではなかった。
けど《頭の位置が同じだから》と言われた時には腹が立った。
悪かったな、背が低くて。僕が気にしてることを……。
でもチヒロの中には見たこともないものが詰まってた。
ピンセット、マンゲキョウ、ツマミザイク、フライングディスク……。
僕はチヒロが話す物、見せる物を夢中になって作っていった。
初めは《人攫い》だと思った《あの兵士》に感謝した。
《あの兵士》は仕事が忙しいらしくて、なかなか会えないからろくに話が出来ないけど。
住まわせてもらってる屋敷の皆んなは良い人ばかりだし、チヒロにも会えた。
故郷の高山からは遠く離れた。
けれど、ここではあの高山のふもとの町や兵士たちの《家》にいるより多くの知識が手に入る。
母さんが言っていた《虫寄せの木》の葉で作る茶葉も取りにはいけない。
連絡も取れない。それはちょっと気になるし、寂しいけど……。
「テオ」
チヒロだ。なんだろう?
僕は何?と言うように首を傾げて見せる。
「頭なでてもいい?」
―――いいわけないだろ!
チヒロの護衛のエリサさんが飛んできてチヒロの口を手で塞いでくれた。
危なかった。叫ぶところだった。
エリサさんはいい人だ。チヒロの暴走をいつも止めてくれる。
そしてもう一人。
チヒロのそばにはいい人がいた。
ある日、僕はチヒロに言われた《フライングディスク》を作っていて、手を滑らせた。
【痛っ!】
小刀が落ちる。
血の気が引いた。
切った指が痛かったんじゃない。
切った指のことなんて忘れていた。
幸いなことにチヒロとエリサさんは散歩に行っていていなかった。
だけど……いたんだ。人がひとり。
アイシャさんは僕のところまでやってくると布で切った指を押さえてくれた。
そしてなれた手つきで傷の手当てをし、包帯を巻いてくれた。
僕は生きた心地がしなかった。
恐る恐るアイシャさんを見る。
アイシャさんは微笑んで――人差し指を唇にあてた。
「内緒なんでしょう。大丈夫、言わないわ」
僕は俯くことしか出来なかった。
それからアイシャさんは僕が思わず声を出しそうになると助けてくれた。
なんにも聞かずにだ。赤ちゃんを授かってチヒロの侍女を辞めるまでずっと。
アイシャさんには感謝してもしきれない。
エリサさんとアイシャさん。僕は二人に助けられながらチヒロの話を聞き、チヒロの頭の中にある物を作っていく。
《王宮》の《南の宮》へ通う生活にもすっかり慣れた。
でも慣れないことがひとつあった。
僕が《南の宮》から帰る時、いつもチヒロは寂しそうに笑うんだ。
その顔は僕が《あの兵士》について行く、と宣言して家を出た時の母さんと何故か似ていてちょっと切なくなる。
でも、と思う。
母さんはしばらく会えなくなるのだから当然だけど、チヒロとはいつだって会えるじゃないか。すぐ近くにいるんだから。
なのに何であんな顔するんだろう。
そう思っていたのに。
ある日、僕は死病にかかった。
屋敷の客間で寝かされ、ご当主様だけが来て、あとは誰も来ない。
ご当主様は「大丈夫だ」としか言わなかったけど、すぐにわかったさ。
この病気はうつるんだって。
そして……とても良くないものなんだって。
僕は思いっきり後悔していた。
《また》会える?
《いつだって》会える?
それは絶対じゃなかった。
次、会えるのは……奇跡だったんだ。
知らなかった。
僕は馬鹿だ。
母さん、父さん、ルミナ……チヒロ。みんな。
ごめん。
目も開けられなくなって声も出せなくなって。
きっとすぐに息も出来なくなるという確信があった。
死にたくない。でももうだめなのか。
もう諦めるしかないのか。そう思った。
けれど
起こされて僕はうっすら目を開けた。
ぼんやり見えたのはチヒロの白い顔。
何か飲まされて……それで寝かされて。
チヒロが誰かに叱られている声で、僕ははっきりと目を覚ました。
僕の理解できない言葉があったけど
どうやらチヒロがやってはいけないことをして、僕を助けてくれたのだけはわかった。
そのせいで。
チヒロがもし同じ病気にかかったら、助からないということも。
涙が溢れてきた。
何でだよ。
何であいつはそこまでするんだ。
僕のために。
チヒロは僕のことを《大切な友人》だと言った。
何を言っているんだと思った。
僕たちの関係にとんでもなく似合わない言葉だ。
僕はチヒロを《友人》だなんて思ったことはない。
『空の子』様なのに。
見た目は同い年の女の子なのに。
中身が《おばさん》だからなのかな。
チヒロが考えて着ているあの《キモノ》という服が、僕の一族の服と似ているせいなのかな。
僕はいつだってチヒロのことを
《お母さん》と呼んでしまいそうだったんだ。
どうしてだろう
頭だって本当は撫でて欲しかった。
チヒロの側にいるとあたたかい気持ちになった。
初めてあった時
何故か懐かしい気がしてたまらなかったんだ。
どうしてだろう―――――
チヒロが僕の故郷に行く。
一緒に行こうと言われた。
僕も行きたくてたまらない。
けど、それは駄目だ。
父さんとの約束まであと一年。
あと一年で、結果を出さなければルミナと結婚できない。
あと一年だ。
ここまで四年頑張ったことを無にするわけにはいかない。
チヒロに父さん、母さん、そしてルミナへの手紙と贈り物を託す。
父さんと母さんは僕がやっていることを認めてくれるだろうか。
そしてルミナ。
僕が今でもルミナを大好きだとわかってくれるだろうか。
僕は幸せを噛みしめる。
こうして便りが出せる幸せを。
これは当たり前じゃない。奇跡なんだ。
父さん、母さん、ルミナ
僕は一字一字噛みしめるように書いていく。
色々あったこと
色んな人に出会ったこと
そして、チヒロと会ったこと
僕に起きた奇跡を綴る。
僕の幸せが、ちゃんと伝わるように―――――
0
あなたにおすすめの小説
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
どんなあなたでも愛してる。
piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー
騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。
どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか?
※全四話+後日談一話。
※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。
※なろうにも投稿しています。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる