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1000年目
35 閑話 人攫い―四年前 ※テオ
しおりを挟む※※※ テオ ※※※
家に行く前にルミナを見つけた。
ちょうど良かった。僕はルミナの手を引っ張った。
【テオ?】
【ルミナ。一緒に来て!兵士が怪我をしてるんだ。助けなきゃ】
【兵士?】
【そう――父さん!母さん!】
僕はルミナを連れて家に飛び込んだ。
【テオか。いいところに帰ってきたな。俺たちは移動を開始する】
お父さんが僕を見ると言った。
【物見が見ていた。数人の男が兵士らしい男に斬りかかっていたそうだ。
兵士らしい男は逃げ、数人の男はそいつを探しているらしい。
ここから近い。巻き込まれたくない。
予定より少し早いが、仲間のことを考えすぐに次の土地に移る。
まずは当面必要な物だけ持ち、人だけ動かす。お前も準備しろ】
【――僕はその兵士を助けに行く】
【何?】
お父さんが眉根を寄せた。
お母さんが叫んだ。
【テオ?!】
【見つけたんだ。ひどい怪我してるんだ。助ける。
この高山にいる兵士の仲間だと思う。服が似てる。
助けて、そして高山の兵士の《家》か、ふもとの町かに住まわせてもらう】
【何だって?】
お父さんの顔が怖い。
けど僕は一気に言った。
【知りたいんだ。彼らの言葉を。生活を。どうしても。
そうしたらもっと良い条件で取り引きしてもらえるかもしれない。
どう考えても今の取り引きは不等だよ。
おかしいよ。
僕は彼らの言葉を、暮らしを覚えてきたいんだ。
ここの生活をもっと良くしたい―――それで、ルミナと結婚したい】
ルミナが慌てて僕を見た。
【テオ?!】
【子どもが何を言ってるんだ。第一、ルミナは―――】
【知ってる。ルミナのお母さんがルミナを早く結婚させたがってるって。
身寄りが身体の弱い自分しかいないから、本当の結婚は先でも縁組だけはすぐにさせたくて相手を探してるって。
……ルミナに苦労させたくないからってルミナより年上の、しっかりした人を探してるのも知ってる。
それでも僕はルミナがいい。
ルミナじゃなきゃ嫌なんだ。
だからお願いだよ。
僕が頑張って結果を出せたらルミナと――】
【――そうか。お前の気持ちはわかった。ではルミナ。君はどうなんだ?】
父さんと母さん、そして僕の視線がルミナに集まる。
ルミナは泣きそうになりながら、それでも言ってくれた。
【私……私もテオがいいっ……です!】
父さんは腕を組んだ。
何か考えている時の格好だ。
【そうか。――その兵士は信頼できるのか?
いくら怪我した自分を助けてくれた子どもだとしても、言葉の通じない子どものお前を騙すことなど大人なら簡単にできるぞ】
【絶対そんな人じゃない!】
【信頼できる男だと思うのか?】
【うん。だから助けたいんだ。僕の目を信用してよ】
【私がどう言っても行く気なんだな?】
【――うん】
【――五年だ】
【え?】
【そこまで言うならやってみるがいい。
ただし五年間、ここに帰ってくることは許さない。ルミナに会うこともだ】
【あなた!】
母さんが叫んだ。
【ルミナが成人し結婚できる歳になるのが六年後。五年はぎりぎりの猶予だ。
その間、私がルミナの後見人をつとめよう。話はつけておいてやる。
だから五年の間にお前は、一族の暮らしを良くできる《何か》をつかんでこい。
そして五年の間、お前とルミナの気持ちが変わらなかったら。
そうしたら認めてやろう。――どうする?】
【行くよ。絶対にやり遂げて帰ってくる】
【決心は変わらないんだな】
【うん】
父さんの考えはわかる。
《五年で結果を出せ》
そう言えば僕もルミナも諦めるかもしれないと思ったのがひとつ。
あとひとつは、僕もルミナも諦めなかった場合を考えてだ。
今の僕とルミナの気持ちを伝えても、それはきっと誰からも子どもの言うことだと一笑されてしまう。
すでに縁組相手を探されいるルミナ。
だからといって今《僕とルミナを》なんて話をしてもうまくいくはずがない。
ルミナのお母さんが求めているのは、ルミナより年上の、しっかりした人だ。
その気持ちはわかるんだ。
ルミナの弟ロジが亡くなった後、ルミナのお父さんもまるでロジの後を追うように亡くなって。ルミナのお母さんはそれは辛い思いをしただろうから。
だから《ルミナにはしっかりした人を》っていうその願いは叶えてあげたい。
ルミナより年上の、というのは無理だけど。
僕という人間を、ルミナのお母さんにも一族のみんなにも認めてもらう為にはそれ相応の《理由》がいる。
いくら父さんが一族の長でも《理由》もなしに《僕》をすすめられないのだ。
絶対に成し遂げてやる。
諦める気なんて全くない。
結果を出して戻ってくる。
ずっとルミナが好きだった。
結婚相手はルミナじゃなきゃ嫌なんだ。
布に薬草を染み込ませた包帯を入れる。
母さんが《虫寄せの木》の葉から作った茶葉も入れてくれた。
【なくなったら物見をしている男の人に言いなさい。持っていてもらうから】
【うん】
【気をつけるのよ。辛くなったらすぐに戻ってきていいんだからね。
……もしそうなってもルミナのことはちゃんと話してあげるから】
母さんはそう言って僕を抱きしめてくれた。
ルミナと二人で家を出た。
ルミナの心配そうな顔。五年も会えないかと思うと胸がはりさけそうだ。
でもこれも二人のため。
【テオ、これを】
そう言ってルミナが差し出したのはルミナのしていた帯だった。
僕も自分の帯を外してルミナに渡す。
帯を交換するのは婚約の証だ。
【絶対に無事に帰ってきてね】
【もちろん】
【待ってるから。絶対に五年、待ってるから】
【うん。待ってて。絶対に戻る。絶対にルミナを妻にするから】
僕たちは抱き合って、そして別れた。
僕は怪我をした兵士のところに戻り、彼の手当てをした。
それから彼を木の葉で隠し、高山にいる兵士の《家》まで行き身振り手振りで高山の兵士を呼んできた。
禁じられていたけど、僕くらいの子どもはみんな兵士を見つけたらこっそり後をつける遊びをしていた。
だから高山の兵士の《家》の位置は知っていたんだ。
やっぱり仲間だったみたいだ。
高山の兵士と怪我した兵士は笑って喜び合っていた。
ふと見ると、遠くに僕の仲間たちが移動していくのが見えた。
怪我した兵士が何か言った。
父さんが気づいた。僕を見て――腕を上げた。
……うん。
僕はやり遂げる。
そう改めて誓った。
後ろで怪我をした兵士が号泣していた。
怪我がそれほど痛いのか、仲間と会えたことが嬉しくてたまらないのか。
どっちかわからないけど、大人のくせに泣き虫な奴だと思った。
それから十日―――。
気がついた時には遅かった。
どうしてこうなったのだろう。
僕は高山の兵士の《家》か、ふもとの町で暮らして彼らの言葉を、生活を覚えて仲間のところに帰るつもりだったのに。
確かに馬車に乗った。
どこか買い物にでも行くのかな、くらいに思っていた。
何日も乗った。
ああ、高山の方に戻っているんだな、と思っていた。
でもそのうち違うと気がついた。
戻ってない。遠くへ遠くへと進んでいるだけだ。
けれどその時にはもう、住んでいた高山の方向がさっぱりわからなかった。
こうなったら仕方がない。
連れて行かれた場所で、言葉を、生活を覚えていけばいいや。
僕はそう決心した。
そして
見たこともないほど大きな《家》の前で僕は青くなっていた。
隣にいた包帯だらけの男が僕の肩をポンと叩く。
―――ああ、僕は売られたんだ。
のちにそこは怪我した兵士の《ご主人》の家だとわかったけど
その時の僕にはそうとしか思えなかった。
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