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1000年目
44 帰路 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「お嬢様、ひとつお願いがあるんですけど」
サージアズ卿たちと別れ、コドリッド伯の屋敷を後にした馬車の中。
《男》が向かいに座るチヒロに近づき声を潜めて言う。
小窓から外を見ていたチヒロは《男》に顔を向けた。
「何?」
「そのう。いい加減、《人攫い》って呼ぶのやめてもらえませんかねえ。
なんとも落ち着かなくて」
チヒロの前に両手を合わせて言う《男》に、チヒロの横にいたエリサが言い放った。
「自業自得だな」
「何?」
エリサの前に座るセバスが声に反応し、自分の横に座る《男》へと訝しげな目を向ける。
途端に《男》は両手と首をブルブルと振った。
「いえ。別に何でもないですよ、セバス様。あはは。
――お嬢様、お願いしますよー」
泣きつくように言う《男》に対して、チヒロは何でもないことのように言った。
「無理よ。だって私、貴方の名前知らないもの」
《男》は間の抜けた声を出した。
「へっ?ああ。なーんだ、それでだったんですか。俺の名前は――」
「――聞きたくない。貴方、諜報でしょう?」
チヒロに言われ《男》の目が丸くなる。
エリサとセバスも驚いたようにチヒロを見た。
「なんで俺が諜報だって……」
《男》が聞いたが、エリサとセバスも気持ちは同じだったようだ。
三人から目を向けられて、チヒロは答えた。
「なんでって。前に第2王子の護衛をしてたじゃない。変装して。
《お仕事》中だったんでしょう?」
三人が息を呑んだ。
「――っチヒロ様!気がついていたんですか?!」
エリサがチヒロに詰め寄れば、《男》も言う。
「どうしてわかったんですか?
ええー?!そんなあ。お嬢様に気づかれるようじゃ俺、終わりだあー」
そんな二人を見て、チヒロは仕方ないといったふうに答える。
「あの場で気がついたんじゃないし、貴方でわかったんじゃないよ。
あのあと、シンの屋敷で会ったでしょう?私とエリサが《王宮》に帰ろうとしていた時に。
テオを助けてくれたお礼を言いにきたって」
「へ?――ああ、はい」
「私はその時の、貴方を見るエリサの顔を見てわかったの」
エリサが自分の顔を指さした。
「え!?私?」
「うん。だから私に貴方の名前を教えないで。
エリサは貴方がどんな変装をしていようが絶対に貴方だとわかる。
で、私はそんなエリサの顔を見たら貴方に気づいちゃう。
そしたら《お仕事》中の貴方をうっかり本名で呼んじゃうかもしれない。
セバス先生やエリサが咄嗟にでも貴方の名前を呼ばないのは、
貴方が《お仕事》してる時にうっかり本当の名を呼ばない為でしょう?
でも私には、そんな器用なことができると思えないもの。
だから名前を教えないで」
言い切られた《男》だったが、困ったように頭に手をやった。
「あのー。それにしたって《人攫い》はないと思うんですけど」
「―――だって貴方は私のエリサを攫うわ」
「!!」
「だから《人攫い》」
《男》を睨みながらチヒロは口を尖らせた。
セバスは顔を背け懸命に笑いをこらえている。
エリサはもう真っ赤だ。
「俺にやたらキツいのはそれで、ですか」
《男》は苦笑しながら言う。
私も少し笑った。
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