この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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1000年目

54 レオンとシン ※空

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 ※※※ 空 ※※※



「サージアズ卿がチヒロに忠誠を誓うとは思わなかったね」

レオンが窓の外を見ながら言った。

サージアズ卿との面会も終わり執務室はレオンとシンの二人だけになっている。

話を向けたシンから何も返事がなかったからだろう。
レオンは振り返ってシンを見た。

「どうしたの?シン」

「いえ。別に」

シンはレオンの顔を見ずに答えた。
レオンはシンのその表情を見て少し笑う。

「――それにしても。チヒロが勘で《王家の盾》のことや、シンが当主ではないことに気づくとはね。驚いたな」

「殿下は10歳ですぐに気づかれました」

「それは当たり前だよ。
国王陛下が《第3》王子の僕に《本物の王家の盾の当主》をつけるなんて誰が思う?
しかも《当主です》と言ってやって来たのは、命令されて仕方なく来たんだって顔をした、成人したばかりの騎士だったしね」

「……忘れてください。それでも殿下以外は皆、信じました」

「ふふ。おかげで計画通りダザル卿派を撹乱させ壊滅できた。
感謝しなくちゃね。

―――で?

《計画》はもう達成できた。
《王家の盾》の当主が僕についている理由は消えたよ。
これからどうするの?」

「は?」

「お義兄さんと同じように、シンもチヒロの《盾》になる?」

シンは目を見開いた。

「――殿下っ!冗談でもやめてください!私は貴方の《盾》です!」

レオンは呆れたように、しかし同時にどこか嬉しそうに言う。

「律儀だなあシンは。
10歳の子どもに誓った、ままごとの様な忠誠なんて忘れてもいいのに」

「10歳の貴方を見込んだからこそ、私は貴方の《盾》となったのです」

「どこが良かったんだか。
助けてもらっておいて《余計なことをするな。あれは僕の獲物だ》なんて言う、我ながら可愛げのない子どもだったと思うんだけれどね」

「主人に可愛げを求めてませんのでご心配なく」

「《正式な儀式》をさせてやれない。
名誉である《我が主人》とも呼ばせてやれない。
そんな主人だけれど、いいのかな?」

「それは私のせいでしょう。
王家を《戒める》立場でもある《王家の盾》の私が、王族である第3王子殿下に正式な忠誠を誓うわけにはいきません。
この忠誠は生涯、公にできません。――申し訳ありません」

「ああ、僕にそんな気遣いは不要だよ。僕は実があればいい」

「私は今までと変わらず、殿下と共にある《名誉》を望みます」

「ふふ。
じゃあずっと不機嫌で黙り込んでいるのは、それが原因じゃなかったんだね」

シンははっとして、次に「失礼しました」と言って頭を下げた。
そして続ける。

「……別に、不機嫌なわけではありません。
ただ……義兄が個人に忠誠を誓うとは想像もしていなかったので。妙に落ち着かないだけです」

「ふうん。―――シン。変なところで鈍いって言われたことはない?」

「は?」

シンが顔を上げる。
だがレオンは再び窓の外を見ていた。

「僕は嫌な気分だ。
《王家の盾》のこと、《当主》がシンでないこと。
いつチヒロが気がついたのかはわからないけど、気がついていたのなら何故、僕らに言ってくれなかったんだろう」

「―――」

「《何故》打ち明けたのはサージアズ卿だったのだろう。
――わかっている。何か理由があるのかもしれないし、何よりチヒロが考え決めることだ。
僕がどうこう言うことではない」

「……」

「結果として、彼女には望める中で最も強力な《盾》がついた。
彼女が狙ったわけではなかっただろうけどね。
チヒロの判断は良いことだった。
認めるよ」

「……殿下」

「平気だ。守ろうとしているのに見事にすり抜けられた上、他者を頼られた。
身勝手だとわかっていても、なんとも惨めな気分でつい愚痴になった。

ほんの20日ほど旅に出しただけだ。
ほんの20日なのに、まるで何年も離れていた気がする。

戻ってきた彼女はまるで別人のようだ。
サージアズ卿のことだけじゃない。

死病の予防法に、託児所に、新たな子ども服の発案に……。
先日はテオの作った物や託児所で使う《玩具》や発案した服を売るための《商会》を立ち上げられないかとも言ってきた。

旅に行く前よりはるかにここでの暮らしを楽しむように動き回っていると思えば……毎晩《会いたい》と呼びかけほど『空』を恋しがっていたりする。

彼女は僕の想定など易々と飛び出していく。

それはわかっていたはずなのに。
僕はまるで置いていかれた子どものように途方に暮れてる。
どうして良いかわからない。
……自分でも情けなくて嫌になるな……」


自分に背を向け窓の外を見ているレオンの表情はシンには見えていない。
ただ、やるせなさが滲んだその声がそうさせたのだろう。

シンは瞬きもせずレオンの背中を見つめていた。


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