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1000年目

60 気づき2 ※空

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 ※※※ 空 ※※※



「義兄上?」

《南の宮》の近くまで戻ってきたシンはサージアズ卿の姿を認めて立ち止まった。

「もう領地に戻られたと思っていましたが。何かありましたか」

「《南の宮》へ退出のご挨拶に伺ったのだが。第3王子殿下にはお会いできたが、我が主人には会えなかったのだ。花畑に行かれていてな」

「花畑?」

シンは怪訝そうに言った。

「あの方の花畑ならば反対方向ですが。何故こちらへ?」

サージアズ卿はゆっくりとシンに近づいて行く。

「こちらへ来られるようだ。
ジル殿の様子を見て、お前に何かあったのかと心配されているそうだが。
何か思い当たることは?」

「……《影》、ですか」

「まあな。それで?」

「特には。あるとすれば。……先程、訓練中に手首を少し痛めましたが……」

「なるほど。ではジル殿には《お前の異変がわかった》ということか。
どうやらお前とジル殿が繋がっているというのは間違いでもないらしいな」

「しかし、今までジルにそんな素振りは――」

「――それは気がついていなかっただけだろう。今まではジル殿が現れることは稀だった。
それに《お前の異変》を察していたとしても、ジル殿にはそれを告げる《相手》がいなかったからな」

「―――」

「だが今やジル殿が現れない日はないと聞く。
そしてジル殿には《お前の異変》を告げ、助けを求められる《相手》がいる。
気をつけろ。
《寿命を使う治癒能力》があるかもしれないことは、我が主人に告げていないんだろう?
あの方を危険に晒すなよ」

「――はい」

サージアズ卿はシンの顔を見て言った。

「どうした?
不満そうだな。私があの方の《盾》になったのが気に入らないか?」

「――いいえ。熟考の末のことでしょう?エリサから何年も報告を受けて」

「よくわかったな。いつ私の協力者がエリサだと気がついた」

「ハッタリです。つい先日あの方の言葉で、義兄上があの方を熟知していたのだと思い至りました。
――ですが確証はなかったので」

「私をひっかけたわけだ。やるじゃないか」

「もっと早くに気づくべきでした。義兄上の性格は知っていたはずなのに」

「仕方がないさ。それだけ冷静ではいられなかったんだろう」

「……」

押し黙ったシンを見て、サージアズ卿は苦笑した。

「それにしてもよくエリサだと気がついたな。《影》だとは思わなかったのか?」

「《南の宮》に。それもあの方に《影》が近づけば私が気づかないはずはありません。
しかし義兄上は私に全く気づかれることなく、しかも満足できるだけの情報を手に入れているはずだ。
ならば情報源はエリサしか有り得ません」

「なるほど。それで?エリサを責めるか?」

「いいえ。責める気はありません。
しかし教えて下さい。何故、私に隠してまであの方のことを探ったのですか」

「仕方がないだろう。王命だ」

「……王命?」

「あの方が空より現れてひと月ほど経った頃かな。
あの方の日常すべてを報告して欲しいと国王陛下に依頼されたのだ。
第3王子殿下には絶対に知られるなという厳しい条件付きでな。

無茶をおっしゃると嘆いたよ。
第3王子殿下に気づかれるなということは、当然お前にも、お前の盾であるセバスにも気づかれるなということだからな。
どうしたものかと考え、目をつけたのが――」

「――エリサですね」

「片時も離れずあの方といる騎士だ。
あの方を探れば気づかれる可能性は高い。
そして上司のお前に報告され、第3王子殿下に知られたら依頼は失敗だ。
ならばいっそ国王陛下の命なのだと告げ、協力を求めた方が賢いだろう?」

「王命と言われたエリサは従うしかなかった、というわけですか」

「少し違うな。
エリサが従ったのはむしろあの方の為だ。
エリサは協力の見返りにこちらの持つ情報を求めた。
あの方を守るための情報を、だ。

そのうちもっと強くなりたいから、と《影》に手合わせまで求めて来たぞ。
あの方は良い《盾》を持ったな。
そして私も文句なしの報告をくれる良い《協力者》を得た」

「――ではコドリッド伯の屋敷では《わざと》あの方に姿を見せたのですね。
エリサからの三年におよぶ報告を聞いて。
自分の主人に値する人物かどうかを見極めるためにですか」

「あれは単に興味本位だったのだ。主人を持つ気はなかった。
だが――気が変わった。それだけだ」

「話されたのですね。あの方と。セバスも気づかない時間に」

「お前の《諜報》が良い仕事をしてくれてな。《あれ》はやるな。耳もいい。
しかし《奴》を責めるなよ。
《奴》はあの方にきつく口止めされている。
そしてあの方は《奴》を守る為に言わずにおられるのだからな」

「……わかりました。
しかしそれでは話をするまであの方の《盾》になる気は全くなかった、と言うことですか?」

「そういうことだ」

「どんな話をされて考えを変えられたのですか」

「さあ。どんなだろうな」

「その言い方は。私に告げる気はないのですね」

「当然だ。《盾》は主人との会話は秘するものだ。そうだろう?……妬けるか?」

「馬鹿なことを。そんな対象にしていい方ではない。第一あの方は子どもです」

「ほう。子どもだから……ただ守っているのか?」

「――そうです」

向かい合う二人の視線がぶつかる。

暫くして、サージアズ卿が口を開いた。


「……そうか。
あの方にあの、真綿で包むような旅を用意したのは殿下だと思っていたのだが。
――どうやらお前だったようだな」


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