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1000年目
59 気づき1 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
騎士の訓練場の横に水場がある。
訓練を終えた騎士がその汗や汚れを落とす場所だ。
シンはその一角に置いてあるベンチに座っていた。
随分前にかぶるように浴びた水は既に銀の髪を少し湿らせているのみ。
いつもなら宿舎の湯を使い着替えて早々に《南の宮》に戻るのだが、今日は何故か動かずにいる。
男が一人、そんなシンに近づくと声をかけた。
「よおシン。訓練か。お疲れさん」
「隊長……」
近衛隊長はシンの横に腰を下ろすと言った。
「今日、お前の義兄さんと嬢ちゃんが陛下に挨拶に来たぞ。
義兄さん、嬢ちゃんの《盾》になったそうだな」
「ええ」
「驚いたな。いつ知り合ったんだ?
ずっと楽しそうに話していたし、仲はかなり良さそうだが」
「……」
「ともかく、ありがたい。義兄さんには礼が言いたいくらいだ」
「――礼?」
「ああ。……まあ、お前の《南》に奴に《そういうの》はいないんだろうな。
だが外には、嬢ちゃんに懸想する奴だっているんだよ。
特に嬢ちゃんと歳が近い、《宮殿》に新しく入ってきたばかりの騎士の中にはな」
「馬鹿な!あの方は子どもですよ?!」
シンは信じられないとばかりに声を上げた。
「もちろん今すぐどうこうじゃないがな、って……お前な。そこは気付けよ。
嬢ちゃんはいつまでも子どもじゃないんだぞ」
「しかし、まだ――」
「――確かに今はまだ《嬢ちゃん》だが、日々成長されている。
ここに来られた時の10歳の姿と、13歳の今の姿は違うだろう?
これからの変化は多分、もっと早い。
蕾が膨らみはじめれば、じきに瑞々しい花となるようにな。
すぐに《女人》になられるぞ」
「だからと言って……っ」
「見たこともない漆黒の髪と瞳を持った『空の子』様は女性で、しかも本当に人であるのかを疑うほどの美しいご容姿。
なのに、自ら話しかけてくださる気さくな方だ。
将来を想像して懸想する奴が出るのは、当然と言えば当然だろう」
「―――」
「もちろん、純粋に想うのならいい。だが……。
俺は不安に思っていたところだったよ。
いつかよからぬ考えで嬢ちゃんの《盾》になろうって奴が現れるだろうってね。
言うまでもなく《盾》は主人の命を預かる者だ。
主人に《自分の命はお前と共にある》と認められた者だけがなるものだ。
だが実際、儀式で忠誠を誓い、受けてもらえばなれるものだからな。
……嫌な言い方だが、《盾》は誰でもなれる。
お前がいようが、殿下がおられようが、国王陛下ですらも関係ない。
騎士が嬢ちゃんへ近づく唯一の道だ」
「―――」
「そこへ、お前の義兄さんだ。
《王家の盾》の、《当主の義兄》が嬢ちゃんの《盾》についた。
しかも《王家の盾》の本家のご長男様だ。
この先、よからぬ考えで嬢ちゃんの《盾》になろうって奴はまず現れない。
お前の義兄さんに睨まれるというのは、《王家の盾》に睨まれたのと同じだ。
邪な考えを見抜かれただけで破滅する。もう近づけないんだよ」
「―――」
「いやあ、近衛騎士を束ねる者としては大助かりだよ。
これで、妙な考えに走らず騎士として精進する奴が増えるだろう」
シンはちらりと近衛隊長を見た。
「……隊長が義兄に相談したのでは?」
「――いや。確かに近衛隊長として、お前を含め《王家の盾》の《方々》とは情報交換させていただいてるがな。
今回は俺じゃない。
多分、諜報だろう。前ご当主様の得意分野だ。義兄さんが継いだのだろう」
「そうですか」
「義兄さんは嬢ちゃんと《北》で陛下に謁見後、《東》の王太子ご夫妻のところに行ったんだろう?
《宮殿中に》知らせて歩いたわけだな。
自分が嬢ちゃんの《盾》だと見せつけた。
《裏》の就任の挨拶を《中央》ではなく《宮殿》で、と望んだ理由はそれだったわけだ。
――凄い義兄さんだな、シン」
「……はい」
近衛隊長は首を傾げた。
「――なんだ?元気がないな。何かあったのか?」
「いいえ、別に」
「……そうか?――ああ!妬いてるのか?」
「は?何を――」
「――かくすなよ。
嬢ちゃんが自分以外の奴と仲良くなったのが面白くないんだろ。
はは、お前がねえ」
「―――」
「しかしお前。相手はお前の義兄さんだぞ?
妬く必要は全くないだろう。本当に自分のことには鈍い奴だな」
「……は?」
「嬢ちゃんと義兄さんなら間違いなく、繋がってる理由はお前じゃないか。
――言っただろう?あの嬢ちゃんは、お前の名前を出されたら人攫いにだって
ついて行きかねないんだよ」
「―――――」
「じゃあな。早く身体を拭けよ。冷えるぞ」
近衛隊長は笑いながら離れていった。
シンは近衛隊長が見えなくなるまで身じろぎもせずにいた。
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