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1000年目
62 気づき4 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「そして《王都の神殿》だ。あの方を渡せ、と言ってきている」
「―――」
シンは息を呑んだ。
「《一度『空』の怒りをかった王家に『空の子』様を任せてはおけない》などと主張しているらしいが。
――よくも言えたものだ」
サージアズ卿は鼻で笑った。
「300年前。『空の子シン・ソーマ』様が空へと戻され国が荒れる事態を生んだのは《愚王だけ》の罪だと思っているのか。
側近くに仕え《愚王》に《愚かな進言》を繰り返した《王都の神殿》の長たちの存在も、自分達が王家に《見限られた》ことも都合よく忘れたとみえる」
「……」
「王家に離反《された》《王都の神殿》は《国教》の長ではなくなった。
そして地方の神殿から非難され離反され、今に至っているからな。
《王都の神殿》はかつての威光を取り戻したいのだろう。
地方の神殿を再び跪かせ、信者も増やし、再び《国教》の長の座につきたい。
《王都の神殿》にとって美しい少女の『空の子』様は神と崇める『空』の奇跡そのものだ。
手にすればどんな望みも叶う。そう思っているのだろう。
あの方が欲しくてたまらないのも無理はない。
無論、国王陛下が断固拒否してみえるが……これがかなり執拗でな。
早急に《何か》手を打たねばならないと思っているところだ」
「―――」
「他国に貴族。神殿。他にもあの方を欲しがる者を挙げたらキリがない。
あの方をどうお守りするかは国一番の問題だ。
ひとつ判断を誤れば国を揺るがせかねない。
国王陛下、王太子ご夫妻、第3王子殿下とお前。
個々に動いてどうにかできることではない。
……王家をまとめるのに《誰》の力が不可欠か。
お前も良くわかっているのだろう?」
「―――」
「あの方に全て話せ。秘したままではあの方を守りきれるはずはない。
あの方も、何も知らされずただ守られていることなど望みはしない。
共に立ち向かおうとされる方だ。
むしろ自分が前に立ち人を守ろうとされる方だ。
あの方は子どもであっても《ただ守るべき子ども》ではない。
―――私の《主人》だ。侮るな」
「―――」
「それからお前の相手だ。一番厄介だぞ。隙を見せるなよ」
「……私の相手?」
「あの方がここへ現れた時に纏っていた布。
あの布を、あの方が片時も離さない理由がわかるか。
あの布だけが『空』と自分を繋ぐ物だからだ。
記憶があるわけではない。何も知らない。
それでもあの方にとって『空』は親であり、同族であり、決して切れない繋がりがある唯一の《特別な存在》だ。
あの方がどんな顔をして『空』を呼ばれているか知っているか?
親を見失った子どものような。
愛しい人に会うことが叶わない女性のような。
――ひとり取り残された者の顔だ」
「―――」
「反対に、ここはどうだ。あの方はこの世界にただ一人の『空の子』だ。
どれだけ人がいようとも、この世界にあの方と繋がりのある者は一人もいない。
家族どころか同族すらいない。
あの方は自分の意思だけでここにいるのだ。
意思が揺らげばあの方の気持ちは容易く『空』へと向く。
特にお前だ。いいか。
共にありたいと願うなら、あの方がお前に向ける絶対の信頼を裏切るな」
シンは微動だにしなかった。
瞬きも、息すら忘れたようだった。
一方、サージアズ卿は近づいてくる足音を認めたのだろう。
《南の宮》の方向に視線だけを移した。
やがてシンはゆっくりと言った。
「義兄上。……私の相手とは……まさか『空』ですか?」
「そうだ」
「……何故、私なのです」
「何?」
サージアズ卿は再び視線をシンに移す。
シンは困惑した表情で、声で言った。
「あの方は。『空』が殿下に降ろされた方です。なのに何故、私なのです」
「何故か、と私に問うのか?お前がそうしたからだろう」
「私が?」
サージアズ卿は小さく息を吐いた。
「始まりの日。貴族たちに謂れのない悪意をぶつけられた謁見の後だ。
あの方は深く傷つき、些細なことで心が折れそうだっただろうな。
そんな時、この世界で初めて自分を擁護してくれた者がいた。
……あの方がお前にどんな気持ちを抱くか。
お前は気付いていなかったのか?」
「―――――」
シンは目を見開いた。
「――図鑑を……欲しがられて…………」
そのまま震える手で口を押さえる。
「…………まさか。あんな…………些細なことで……?」
「お前にとっては些細なことだったのだろう。
――いいや。きっと誰から見ても些細なことなのだろうな。
だが、あの方にとっては些細なことではなかった。
あの方は『空』が殿下に降ろされた。
そしてお前がこの地に留め根付かせたのだ。
後にどれほど《人の葉》が茂ろうとあの方の《根》はお前だ。
――揺らぐなよ」
「……あんな……些細なことで……」
シンは一度空を仰ぐと肩を落とした。
苦痛にたえているかのように額を押さえ口元を歪ませている。
サーズアズ卿が淡々と言った。
「辛いか?――そうだろうな。
あの方は『空の子』様であり《お前の主人》の《特別》だ。
対立は避けられまい。
どうする。《主人》のもとを去るか?
それとも……あの方と距離を置くか?」
「―――」
サージアズ卿はなおも言う。
「なんなら私がかわってやろうか。
あの方の《根》の役割を。
なにせ長い間《見て》きたのだ。
今やすっかりあの方の《親》のような心持ちだからな。
私ならお前と代わってやれる。
お前より上手くあの方を守る自信もある」
「―――」
シンはゆっくり顔を上げサージアズ卿を見た。
その表情を見て、サージアズ卿は唇の端を上げた。
「譲れないのだな。その位置を。
義兄である私だけではなく、《主人》である殿下にさえも。誰にもだ。
そうなのだろう?
相手は《子ども》なのだと幾度、己れに言い聞かせても。
その想いを打ち消すことも、捨てることも、封じることも、どうすることもできなかった。
そして自分が《根》だと知った今はもう誰にも渡したくない。
そういう顔をしている」
「……義兄上は相変わらず、人が悪い」
サージアズ卿は声を上げて笑った。
「お前は本当にからかい甲斐がある」
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