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1000年目
64 白 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
サージアズ卿が鳥籠を包んでいた布を開く。
鳥籠の中にいた鳥は急な眩しさに目を細めた。
その姿をまじまじと見てチヒロが首を傾げた。
「鳩?」
サージアズ卿が聞き変えす。
「《ハト》?」
「いえ、気にしないでください。このコは?」
「ラファールと言う鳥の幼鳥です。貴女にと思いまして」
「このコを……私に?私がもらっていいの?」
「はい」
「もしかして。このコは、私の《義弟》?」
「わかりましたか。さすが《我が主人》」
もっとよく見ようと思ったのだろう。
チヒロは椅子からおり、少しかがむと机の上に置かれた鳥籠に顔を近づけた。
蔓で編まれた鳥籠は底が平らで上は長細い半球のような形をしている。
サージアズ卿が留め具を外し上の半球部分を取った。
残ったのは盆のような底の部分だけ。
もう囲われているわけではない。
だが鳥は大人しく座ったままだ。
「……もふもふだ」
「お気に召しませんか?」
チヒロは破顔した。
「とんでもない!すごくかわいい!嬉しい!ありがとう、アズ」
《南の宮》のチヒロの居室だ。
いつもの休憩時間にサージアズ卿が鳥を連れやって来ている。
レオンとシンとエリサ。
すぐ側でやりとりを見守っていた三人のうちレオンが口を開いた。
「サージアズ卿。その鳥は……」
「ラファールの幼鳥ですよ」
サージアズ卿はさらりと言った。
レオンの方はどうやら困惑しているようだ。
「いや……しかし」と歯切れが悪い。
「このコがどうかしたの?」
チヒロがレオンの様子を見て不思議そうに聞けばサージアズ卿が答えた。
「珍しいのですよ。《白い》ですからね」
「珍しい?」
「はい。この鳥――ラファールはこの世界で最も美しい鳥と言われています。
この鳥の本来の羽根色は空の《青》と植物の《緑》。
そして胸元は炎の《赤》。クチバシは地の《土色》。
そして目は瞳孔が夜の《漆黒》、虹彩が水の《透明》。
世界の全てを映したような姿です。
そして成長すれば大きな翼と長い尾を持つ。
飛翔する姿はそれは優美です。
《神の使い》と信じられ皆が見守る存在です。
傷つけたり捕獲したりは誰もしません。そんな鳥なのです」
「そうなんだ」
「しかし、この幼鳥は《白い》。野生では目立ちますからね。
大抵の親鳥は育てない。
卵から孵ったばかりの雛のうちに巣から落としてしまいます。
ここまで育つのは稀です」
「……そう」
チヒロがそっと鳥の背を撫で、鳥は目を瞑った。
それを見てサージアズ卿は目を細める。
「どうぞ。この幼鳥に名前をつけてやってください」
チヒロがきょとんとして言った。
「名前?《シロ》でいいよ?」
「……名付けのセンスが殿下と同じですね」
シンが言えばレオンが返した。
「僕は10歳だったんだよ。一緒にしないでくれるかな」
サージアズ卿は苦笑した。
「良い名だとは思いますが《シロ》は駄目です。この雛の親鳥の名ですからね」
「……親鳥の名?」
レオンがはっとした。
サージアズ卿がレオンに言う。
「ええ。この幼鳥の母鳥は《シロ》です。
《シロ》は親になったのですよ、殿下」
「《シロ》が……」
やりとりを聞いていたチヒロが聞いた。
「レオンはこのコのお母さん――《シロ》を知っているの?」
「うん。まあね」
「8年前でしょうか。
親鳥に巣から落とされたところを殿下に救われた雛鳥が《シロ》です。
その後、我が屋敷で世話を」
「そうだったんだ」
「あの《シロ》が親になっているなんて。驚いたな」
レオンが感慨深げに呟いた。
「雛の時から人の手で育ちましたし、《色》のこともある。
さすがに野生に放てはしませんでしたが、我が屋敷にある禽舎で《仲間》と仲良く暮らしていますよ」
「禽舎?」
「義弟の屋敷の厩舎ほどの大きさでしょうか。私は《鳥》を使いますからね。
設けてあるのですよ。《シロ》は仲間とそこに」
「そうか」とレオンがほっとしたように息を吐いた。
好奇心が抑えきれなかったのだろう。
チヒロが目を輝かせた。
「つまり、相当大きい鳥小屋があるってことよね?
アズのお屋敷にはそんなに沢山の鳥がいるの?」
「ええ。訓練をすると良い《使い》になってくれますから」
「わかった、伝書鳩だ!」
「《デンショバド》?」
「あ、気にしないで」
「なるほど。先日言っていた《風》だね?」
レオンが言いにっと笑った。
サージアズ卿も笑顔を返す。
「《風》って言うんだ。
あ、それより。じゃあこのコは《シロ》じゃないんだね。
《シロ》を連れてくるって聞いてたから、てっきりこのコが《シロ》かと……」
チヒロが鳥を見て言った。
サージアズ卿が答える。
「ああ、すみません。《シロ》を連れてくるつもりだったんですよ。
ですが、ちょうど巣立ちの時期を迎えていた《シロ》の雛の中にこの幼鳥がいましてね。
貴女の《義弟》にするなら雄鳥の、この幼鳥の方が良いかと思いまして」
「え、じゃあこのコ、雄なんだ」
「ええ。成長すれば雌鳥よりもはるかに長い尾と、そして力強く空を羽ばたく翼を持つのです。
貴女にぴったりでしょう?」
「それにしても奇跡だね。《シロ》から白い雛が生まれるなんて」
レオンが言えばサージアズ卿が頷いた。
「でしょう?
私も《シロ》の巣から出てきたこの幼鳥を見た時は驚きました。
ラファールは巣立ちの時まで雛を見せませんからね。知らなかったのです。
しかし普通、親鳥が《白》でも雛は《白》を継ぎません。
実際、《シロ》の雛はあと二羽いますがどちらも通常の色持ちです。
《白い》のはこの幼鳥のみ。
―――それに。良く見てください」
レオンが鳥に顔を近づけて目を見開いた。
「瞳も白い……」
「ええ。
《シロ》は瞳孔だけは黒でしたが、この幼鳥は瞳孔も虹彩も《白》。
――《罪の瞳》の持ち主なんですよ」
「《罪の瞳》?」
聞き慣れぬ言葉だったのだろう。
チヒロが答えを求めるようにレオンとサージアズ卿を見た。
「この国ではこの幼鳥のように瞳孔も虹彩も《白い瞳》は《罪の瞳》と呼ばれ嫌われているのです」
答えたのはサージアズ卿だった。
「――え?」
「それがあるので《白色》自体が《忌み色》とされ好かれません。
家、家具、服などに《白》を使わない。使ったとしてほんの差し色程度ですね」
「……それ。白は汚れが目立つからだと思っていたけど。違ったのね」
「はい。――理由は300年前。
『空の子シン・ソーマ』様を失った《愚王》の瞳の色が《白》だったこと。
きっと誰かが《愚王》と同じ色だなんて嫌だとでも言い出したのでしょう。
それを『空』を神と崇める《神殿》までもが言い出した。
《白い瞳》は《罪の瞳》だと。
もちろん《それはくだらない偏見だ》という者もちゃんといますが……。
《神殿》のせいもあって中傷は消えず、今に至るのです」
「……この世界には瞳の色が《白い》人がいるの?」
「ええ。多くはありませんが」
「……そう。それで。
その人たちは《罪の瞳》の持ち主だ、と言われているのね?」
「はい」
「瞳の色が《愚王》と同じだというだけで……」
「はい」
そのまま黙って幼鳥を撫でていたチヒロだったが、しばらくして顔をあげ言った。
「エリサ。作ってなかった礼装用のドレスを作ろうと思うの。
衣装係さんに連絡してくれる?」
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