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1000年目

65 共にあること ※レオン

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 ※※※ レオン ※※※



「エリサ。作ってなかった礼装用のドレスを作ろうと思うの。
衣装係さんに連絡してくれる?」

チヒロの言葉にシンがすぐ反応した。

「いけません」

「シン?」

「《白いドレス》にする気なのでしょう?
やめてください。
《白》が――《罪の瞳》がどれほど忌み嫌われているか、貴女は知らない。
『空の子』である貴女でも《白》を身に纏えば非難の声が必ず出る。危険です」

シンの真剣な声。
切羽詰まった声。

―――ああ、そうか。
僕はようやく気がついた。


「《貴女は》知らない」というシンの言葉。

《チヒロは》知らない。
だがシンは《知っている》のだ。


《白い瞳》――《罪の瞳》を持つ者がどれほど忌み嫌われているのか。


シンじゃない。
義父でも義兄でもない。
僕はその人物を見たことも、シンから聞いたことも……ない。

けれどシンの身近には《白い瞳》を持つ者がいる。
それもかなり近しい人で。

……それは……

―――行方不明の……シンの……母か……

僕の中でそれまでの全てが繋がった。


――《シンの母》が恋人であった《シンの父》の元を去った理由――

おそらく二人の仲を知るものはいなかった。
そんな中、《シンの母》はシンを身籠ったことに気づいたのだ。

だが……《白い瞳》を持つ自分が《王家の盾》の当主の子を産めば周りがどんな反応をするか……考えてしまったのだろう。


――シンが《平民の養父》を《親父》だと敬愛してやまない理由――

《白い瞳》を持つ《シンの母》と結婚した養父。
それは素晴らしい人格者なのだろう。


――母と養父が死病に罹ったシンを《シンの父》に託すと消えた理由――

死病の特効薬を飲むためにシンは《王家の盾》という《貴族》の一員となった。
二人はシンが《白い瞳》の《母》を持つ者だと知られないよう姿を消したのだ。


―――そしてシンが10歳の僕に忠誠を誓った理由。

シンは確かに言った。
僕が《シロ》を救った時に僕に忠誠を誓うと決めたと。

――「親鳥さえ見捨てた忌み色の、白い鳥の雛を躊躇うことなく助けた。
たがが色の違いで忌むなど馬鹿馬鹿しいと言って。
あの時に。私は貴方の盾になると決めたのです」――

そう言った。

あれは……《そういうこと》だったのか―――

シンは期待したんだ。
白い鳥の雛《シロ》を助けた王族に――僕に。

《罪の瞳》などという謂れのない偏見から母を救ってくれることを。

僕は自分のことしか考えていなかった。
もっと早く……気づけたはずだったのに……

僕はきつく目を閉じた。


と。

「誰が《白いドレスにする》って言ったの?」

チヒロの声に僕は促されるように目を開けた。
見れば、チヒロは微笑んでいる。

「《白いドレス》じゃない。私が作るのは《空のような》ドレスだよ。
晴天の《空》のように青いドレス。素敵でしょう。
――そこに《白い雲》が浮かんでいるのを咎める人はいないよね?」

「―――」

シンからも、誰からも声はない。
チヒロだけが微笑んだまま続ける。

「私だってわかってる。
私がいきなり《真っ白なドレス》を着ても、突然叫んでも上手くいかない。
私が『空の子』でもきっと反発はされる。
それ以前に今の《小娘》の私じゃ、鼻で笑われて終わるかもしれない。

人を変えるのは難しい。
わかってるよ。

だけど何もしないなんて出来ない。
たがが色の違いじゃない。

それを《罪の》瞳だなんて。
それを『空』を神と崇める《神殿》が言ってる、なんて。
私には我慢できないし、したくない。
誰の上にも空は同じようにあるんだよ?

……確かに危険が及ぶかもしれない。
それでも私は声を上げる。
私は『空の子』だもの」

「―――――」

気がついたら僕は笑っていた。

「殿下……?」

シンが戸惑った顔を見せる。
僕は笑顔のまま言った。

「《空を模した》服か。良いね、それ。
チヒロ。その案、国王陛下に話してもいいかな」

「え?」

「《王家は空と共に》。
《王家》が『空の子チヒロ』に寄り添うのは《当然》だろう?」

「……レオン」

「君一人ではさせない。
《白い瞳》を《罪の瞳》だと言う《神殿》の主張は、僕も馬鹿馬鹿しいと思うことだしね。
『空の子』だけでなく《王族》も《空を模した》衣装を纏う。
『空』に敬意を示すのにもってこいだ。

《空》は日々変わる。
最初は《真っ青》だった空に《雲》が増えていくことも。
そのうち真っ白な《曇り空》になるのも《自然》なことだ。
そこまで考えているんだろう?チヒロ」

「うん。レオンは賛成してくれるの?」

「もちろんだよ」

チヒロが花のように笑った。

なんて嬉しいことなのだろう。

その笑顔が見られること。
そしてシンの期待に応えられること。

チヒロが導いてくれた。

君と共にあることはなんて幸せなことだろう。

エリサも賛成する。
サージアズ卿も笑う。

「空に浮かぶ《雲》の《白》ですか。それは良い。『空の子』様の発案です。
――『空』を崇める《神殿》は考えを変えることでしょうね」

「狙い通りだろう?サージアズ卿」

そう声をかければサージアズ卿は良い笑顔を見せた。

そしてシンは―――。


「……シン」

チヒロが不安そうに声をかける。
シンは大きなため息を吐き、そして……顔を歪めて笑った。

「――本当に……無茶をされる」

チヒロも笑う。

「だって《小娘》だもん」



「さて、あとはその幼鳥の名前ですね。どうしますか?」

サージアズ卿に言われチヒロは「うーん」と考え込んだ。
しかしすぐに思いついたらしい。

「じゃあ《白雪》で」

「《シラユキ》?」とサージアズ卿が聞き返す。

僕はまた笑った。

「なるほど。《白い》雪も『空』が《降ろして》くださるものだ。
『空の子』の《義弟》にはぴったりの名だね」

その時それまで大人しく座っていた《シラユキ》が身体を揺らし立ち上がった。
何度か羽根を上下させてから羽ばたき、チヒロの肩にとまる。

チヒロはこれ以上なく嬉しそうに《シラユキ》に頬を寄せた。
《シラユキ》もそれに応えるように頬ずりを返す。


さて、国王陛下にどうお知らせしようか。

今までのように書面ではなく、面会を求めてみようか。

……向き合ってみようか。正面から。


僕が不意に笑顔を向けたら……どんな顔を返されるだろう―――


僕は生まれて初めて笑いながら父の顔を想像していた。


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