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1000年目
66 王家と共に ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
《中央》の中心部近く。
華やかな作りの広い廊下には今、人があふれている。
一階だけではない。二階の回廊にまでだ。
そして皆、呆気に取られている。
無理もない。
皆の視線を集めているのは一階廊下の中央にいるチヒロとレオン。
どちらもまるで空を切り取ったような意匠の服を着ていた。
「チヒロ殿。第3王子。その衣装は」
《偶然》出会した国王が驚いたように言う。
レオンが笑顔で答えた。
「《空を模した》ものです国王陛下。空の《青》に雲の《白》。
どうです?さすが『空の子』殿の考えられた服。素晴らしいでしょう?」
「チヒロ殿が考えられたものでしたか」
「はい。『空の子』の私にこれ以上ぴったりな意匠はないでしょう?
いかがですか?国王陛下」
チヒロが言うと、国王は戸惑った様子を見せた。
「それは……お似合いですが」
「何か?」
「いえ。《白》はこの国ではあまり使われない色なので。珍しく思ったのです。
――そうだな?《司祭殿》」
《司祭殿》と呼ばれたのは国王のすぐ後ろを歩いていた男だった。
歳の頃は国王より少し若いくらいだろうか。
紺の祭服を着ている。
今日はチヒロの件で、と呼び出され国王と《中央》にいる。
初めてその目で見たからだろうか。
司祭はチヒロを惚けたように見たまま動かなかった。
チヒロはそんな司祭ににっこり微笑むと言った。
「あら。そうなのですか。それは知りませんでした。ですが、何か理由が?」
「《司祭殿》。答えられてはどうかな」
国王がチヒロを見つめたままだった司祭に声をかけると、司祭ははっとしたように我に返りチヒロに向かいお辞儀をした。
誰からも見えはしなかっただろうが下げた顔に卑下た笑いが浮かんだ。
「……これは失礼しました。『空の子』様。
まずはお目にかかることができて大変光栄です。
私は《王都の神殿》の司祭。ダオネルと申します。
以後お見知り置きを。
さて。
《白》があまり使われない理由ですが。
『空の子』様は現在《王家》の住まう《宮殿》に身を寄せてみえますからね。
聞いておられないのも無理はない。
ならば《神殿》の長たる私が今、ここでお話し致しましょう。
――300年前。
当時、この国の王だった《愚王》は愚かにも貴女の前にこの国へいらっしゃった『空の子』様を蔑んだのです。
それが『空』の怒りを買い、『空の子』様は空へと戻されてしまった。
《愚王》のせいで我々は大切な『空の子』様を失ったのです。
《曇った眼》で『空の子』様を蔑むなどという大罪を犯した《愚王》。
『空』の怒りを買った《愚王》。
『空』を《神》と崇める《神殿》が許せるはずはありませんでした。
《愚王》が持っていた《曇った眼》――《白い瞳》。
《神殿》はそれを《罪の瞳》と呼びました。
そのため《白い色》も忌み使わなくなったのです」
「それでは《神殿》が《白い瞳》を《罪の瞳》と呼び、《白い色》も忌み使わなくなったので、この国では《白》があまり使われていない、ということですか?」
「ええ、そうです」
チヒロは肩を落としスカートをつまんだ。
「そう。では貴方はこのドレスの《白い》雲もお嫌いなのね。残念だわ。
強い日差しを和らげ雨を生む《白い》雲。静かに降る《白い》雪。
どちらも『空』の贈り物ですが。
《神殿》の方々に忌み嫌われていたとは。
どうしたら良いかしら。
『空』に雲も雪も、もう不要だとお伝えすべきかしら。
……けれど、雲も雪もなければ地は干上がってしまいますよね」
司祭ダオネルが驚いて首を振った。
「いえ、雲や雪を嫌うなど!そのようなことは!」
「でも、貴方がた《神殿》にとっては《白》は好ましくない色なのでしょう?」
「それは《瞳の色》などあくまで《地上のもの》の話です。
雲や雪の話ではありません。
……それに誤解があるようですが《神殿》は、今でも《白い瞳》を《罪の瞳》と呼んでいるわけではございません。
人々が言うとしたらそれは300年前の名残りです。
《風習》として残っているのです。
《愚王》がいかに憎まれていたか。その証なのです。
《神殿》は確かに《白》を使いはしませんが、それは《慣例》です。
ただそれだけのことでございます」
「《神殿》が今でも《白い瞳》を《罪の瞳》と呼び、《白い色》を嫌うよう人に強制しているわけではない、と言われるのね?」
「はい。」
「そうですか。ですが。
『空』は《白い瞳》も《白い色》も嫌ってはおられないのに。
何故、《神殿》はそう人々に伝えてはくれないのかしら」
「……え?」
「何故、気づいてくださらないの?
空は誰の上にも等しくあるのですよ?
もちろん《白い瞳》の方の上にもね。
空がない地など、どこにもありはしないでしょう?
地が《白い》かどうかなど『空』は気にもしておられない。
もしや貴方がた《神殿》は『空』を侮辱しているのかしら。
《色の違い》で人や物を選ぶ。『空』はそんな狭量な方だと?」
「―――いえっ!そのようなっ」
「ねえ《司祭殿》。おかしな話ではないですか。
《神殿》は『空』を《神》と崇めているのでしょう?
だから300年前、《白い瞳》を《罪の瞳》と呼んだ。
そして《白い色》自体も使わなくなった、と言われましたね。
けれど貴方がた《神殿》が《神》と崇めている『空』は《白い瞳》や《白い色》を嫌われてなどおられません。
なのに何故、《神殿》はそのことを人々に伝えてくださらないの?
《白い瞳》や《白い色》を嫌うことは『空』の意思とは相反するものなのに」
「わ……我々は……」
「300年前は、きっと《間違えた》のでしょう。
《愚王》憎さに《神殿》は《白い瞳》を《白い色》を目の敵にしまっただけ。
でもその間違いを《訂正》しないのは《肯定》しているのと同じです。
《神殿》が『空』を崇めているというのならすぐに《撤回》してください。
それとも……『空の子』の私の言葉では足りませんか?」
「……いえ。『空の子』様の仰せの通りに」
チヒロは小さく息を吐いた。
「……わかっていただけて良かった。
では、紹介しますわ。――《白雪》。おいで」
呼ばれた鳥が、明かり取りの窓から入ってくると一斉に驚きの声が上がった。
あれから少し成長した鳥はラファールという種特有の風切羽根と尾羽が伸び始めている。
成鳥の長さにはほど遠いが、それでも長い翼と長い尾。
ゆっくりと旋回する姿は優雅だ。
しばらくして、鳥――《シラユキ》は降りてきてチヒロの手にとまった。
チヒロに頬ずりされ目を細める。
司祭ダオネルは震える手で《シラユキ》を指差した。
「……そ……『空の子』様。その鳥は……」
チヒロは無邪気な笑いを見せた。
「かわいい私の《義弟》よ。《白雪》と言うの。
綺麗でしょう?《瞳》まで《雪》のように《真っ白》で。
私はこのコが《義弟》になってくれて嬉しくてたまらないの。
だから『空』に《一刻も早く》お伝えしたいのだけれど。
このコが《この国では嫌われている》なんて《悲しい報告》を『空』にしたくないわ。
きっと『空』は《お怒り》になるもの。
『空』が《お怒り》になったらどうなってしまうのか。
――わかるわよね、《司祭殿》」
「―――――」
「《白い瞳》が《罪の瞳》だなどという《間違い》を広めたこと。
すぐに《撤回》をしてくださいね。
ああ、この国の《みんな》にも《白い瞳》を忌み嫌うなど《間違いだ》ってきちんとわかってもらってね。
私が『空』に《良い報告》ができるように」
「…………はい……」
司祭ダオネルは額に滲んだ汗を袖口で拭う。
その陰で歯を軋ませた。
だが袖口を額から離すと――上げた顔には口だけの笑みがあった。
うやうやしく言う。
「……『空の子』様。
我ら《神殿》の《間違い》をご指摘いただきありがとうございます。
私は確信いたしました。どうやら我々には貴女が不可欠なようです。
どうか《神殿》にお越しくださいませんか。
これからも我々を正しくお導きいただきたいのです」
チヒロは《シラユキ》を撫でながら返事をする。
「私が《神殿》に?」
「はい!是非とも!」
「――ありがとう。でも遠慮しておくわ」
「何故ですか!王家よりも我らの方がよほど貴女様のことを大切に――」
「――あら。チヒロ?」
司祭ダオネルがその声のした方向を見て絶句した。
そんな司祭ダオネルを気にすることなく、チヒロは声の主に駆け寄る。
「王太子殿下。王太子妃様。《中央》でお会いするなんて。《奇遇》ですね」
国王とレオンも王太子夫妻と挨拶をかわす。
それから王太子妃は絶句したままの《司祭》に微笑んだ。
「あら、《司祭殿》。どうされたの?
――ああ、私たちのこの衣装が気になるのかしら?
チヒロが作ってくれたのよ。
《王家は『空』と共に》。王家の教えにぴったりでしょう?」
王太子夫妻が着ているのもチヒロやレオンと同じ《空を模した》衣装だ。
しかしチヒロやレオンの物よりも《雲》が多いように見える。
中でも王太子妃の纏う《キモノ》は《雲》が独特な形に描かれ壮観である。
国王が顎に手をやり言った。
「ふむ。確かに。『空』に敬意を示す良い意匠ですね。私も纏いたいのですが。
だがこの歳で目の覚めるような空の青を纏うというのは気が引ける。
私はこの地に恵みの雨をくれる《雲》の意匠が良いのですが。
チヒロ殿。お願いできるかな?」
「国王陛下。もちろんです」
「―――――」
司祭ダオネルからはもはや言葉はない。
チヒロは司祭ダオネルの前に進み出ると言った。
「《司祭殿》。見ての通りですわ。
王家の方々は私の《空を模した》服を喜んで纏ってくださいます。
『空』の、私の気持ちをちゃんとわかって寄り添ってくださる。
私はこれからも王家と共に《王宮》で暮らします。
《神殿》も一日も早く『空』に、人に寄り添った場所になることを願っておりますわ」
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