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1000年目
69 シンとジル ※チヒロ
しおりを挟む※※※ チヒロ ※※※
シンの屋敷の裏庭から見える景色は私のお気に入りだ。
王宮の森、それに連なる山々、海へと続く川。
それらを見渡せる一面の平地に《ウィバ》が育てられている。
今は西の季節。
前世の秋のような季節だ。
前世の稲に似ている《ウィバ》は今、実りの時期を迎えて首を垂れている。
そしてもうすぐ沈もうとしている陽に照らされ黄金に輝いていた。
幻想のようなその景色を私は座って見ていた。
いつもここに来る私の為に、テオがベンチを作って置いてくれたのだ。
足元にはジルが寝ている。
私がこの景色を見ている間、一緒にいてくれるようになった。
この景色は一人で見たいけれど《ジルならいてもいい》と言ってからずっとだ。
私のあの言葉を聞いて側にいてくれるのかもしれないし、
もしかしたらシンに《私を見ているように》頼まれたのかもしれない。
柔らかくて温かなジルは肌寒い夕刻には最高のパートナー。
……それに……。
私はジルがいてくれることを心強く思いながら、もうすぐ沈む陽を見ていた。
そのジルがぴくりと動き、起き上がった。
後ろから聞こえてきた足音の主が言う。
「待っているんですか?『空』を」
私は陽を見つめたまま返事をした。
「うん」
「……そんなに恋しいですか。『空』が」
「え?」
振り向いて……驚いた。
私に視線を合わせてくれたのだろうか。
膝をつき、こちらを見るシンの顔が目の前にあった。
身長差があるので、こんなに近くでシンの顔を見たのは初めてだ。
間近にあるその瞳を見て、私は―――笑ってしまった。
シンが抗議の声をあげる。
「何か可笑しいですか。人が真剣に――」
「――ごめんなさい。違うの。本当に全く同じ色だな、と思って。ジルと」
「は?」
「凄いな。好かれているんだね。羨ましいくらい」
「……私が……ですか?」
シンは驚いたようだけれど《何に》とも《誰に》とも聞かなかった。
「何故」とだけ、独り言のように呟いた。
私は首を傾げて見せる。
「さあ。それは私にはわからない」
「どうしてわかるんですか」
「多分ジルと私は同じだから」
「同じ?」
「うん」
ジルが私を見つめる。
私はジルに同意を求めるように笑ってみせた。
それから唐突に思い出す。
「あ!そうだ!ジルが現れたのはシンが何歳の頃から?」
「は?」
「10歳より前?」
「……8歳でしたから確かに前ですが。それが何か」
「――シン、お母さんはお料理が好きだった?」
「は?」
私は立ち上がってジルの横まで行くと、ジルの前脚の上あたりに顔をつけた。
「何かの花の香りとか、草の匂いとか。
ジルはよく知らない場所の匂いをつけてくることがあって。
きっと行動範囲が広いのね。
どこに行ってるんだろう?と思っていたんだけど。
――今日はお料理の匂いがするの。
不思議でしょう。
ジルはシンがいる所にしか現れないし、他の人には近づかないのに」
「―――」
「私の知らないスパイスの匂いも混じってる」
「……ジル……?」
ジルが呼ばれてシンの足元に行く。
シンは頭をジルの肩にのせた。
ジルは同じようにシンの背中に頭をやる。
……これもシンの仕草だったんだ。
『空』はきっと、ずっとシンを見守ってきたのだろう。
髪の色。瞳の色。
そして……仕草。
ジルをここまでシンと同じに《出来る》くらいに。
そしてきっと、シンのご両親も見守るほどに。
そっとその場を離れることにして、私は向きを変え歩き出す。
と。
いきなり後ろから左腕をつかまれ引かれた。
簡単にくるりと身体がまわる。
引かれた勢いでぶつかるようにその胸に飛び込んだ。
驚きで顔が上を向く。
「…………シン……?」
そこには私よりもっと驚いたような、焦ったようなシンの顔があった。
「どこへ行く気ですかっ!まさか空へ帰るのですか?!」
「え?――ああ」
びっくりした。
私が離れようとしたから、誤解させたようだと気づく。
驚きのあまり心臓が早鐘のように鼓動を打っていた。
鎮めようと努めながら私は謝った。
「ごめんなさい。屋敷へ……戻ろうとしただけ。
ジルとふたりきりにしてあげようと思って」
抱き合うような姿勢が気まずくて距離を取ろうとする。
けれど――背中にシンの腕があって動けなかった。
「……シン?」
その名を呼べば震えた声が降ってきた。
「……何も言わずに……黙って行かないでください」
どれほど驚かせてしまったのかに気づく。
私はもう一度謝った。
「……ごめんなさい……」
シンからの返事はない。
気まずさが手伝って、私は一人喋り続けた。
「やだな、心配しすぎだよ。
言ったでしょう?空へは帰らないって。――あ、言ってなかったっけ」
「……」
「空へは帰らないよ。だいたい、会っても貰えないんだもの。
……頼んでも連れて行ってはもらえないよ」
笑ってみたけど自然と首が垂れた。
沈黙が続く。
いたたまれなくて、涙が出そうだった。
と
静かな声が降ってきた。
「……怒りますか。両手をあげて喜んだら」
……はい?
呆気にとられる。
そして吹き出してしまった。
「あははは!嬉しい。ありがとう、シン」
すかさずシンは言った。
「ところでチヒロ様。――何故、《10歳より前》なんですか?」
「はっ!」
口を開いたまま顔がこわばった。
「……義兄に聞いたんですね?私が養子に入った経緯を」
し、しまったっ!つい……。
「義兄と話したのでしょう?人に言えない時間に」
離れようにも全く動けない。
私の抵抗などなんなく封じ込めてシンは言う。
「お返事をいただけますか?」
くううううぅー
「………お……」
「お?」
「………お義兄さんには内緒でお願いします………」
―――負けた
シンは満足そうに言った。
「かしこまりました」
……くそう……
なんて人なのだ……
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