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1000年目
82 始まり 空の独白11 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
「母上に幸せを」
頭の中が真っ白になった。
《画面》に映る第3王子を見た。
信じられなかった。
望むのか?
―――お前が今、《彼女》を望むのか―――
《画面》越しに第3王子と目が合う。
第3王子は瞬きひとつしない。
その目はまるで、私を睨んでいるようだ。
私は第3王子から目が逸らせなかった。
長い時間そうして見合っていた気がしたが、実際はほんの一瞬だったのだろう。
頭を下げてひとつ息を吐くと、第3王子はくるりと踵を返した。
儀式が違う。
―――待て!
引き止めようとして手段がないことに気付く。
儀式が違った。
王子たちは知らなかったのだろう。
本来なら、このあと跪いてしばらく祈りを捧げる。
『ヒトガタ』を準備する時間を確保する為にそう伝えてあった。
なのに。
第3王子はどんどん参道を戻っていく。
素早く考えをまとめようと試みる。
どうする?
どうしたら
いやだ
しかし!
どうするべきだ
どうしたらいい―――
決められず、意見を求めるように《彼女》を見た。
目に入ったのは《彼女》の漆黒の髪。
そして《彼女》の唇。
光の加減か、うっすらと微笑んでいるように見えた。
刹那、私は走りだしていた。
素早く透明な《容器》から《彼女》を出す。
気が急く。
《彼女》を上手く抱えられずに落としそうになる。
落ち着けと自分を叱咤する。
落ち着け
―――落ち着け!
もう一度。
今度は自分が羽織っていた布で手早く《彼女》を包んで抱えた。
そっと台に乗せる。
地上の《祭壇》に送り出す台だ。
初めて《彼女》に触れた。
その温かさに心が揺れる。
しかし離して拳を握る。
―――目を覚ませ
私は振り返って再び《画面》を見る。
第3王子は外へと続く参道を、もう半分ほど戻っている。
《彼女》を見る。
だめだ、まだ目覚めない。
そうこうしている間にも第3王子は祭壇からどんどん離れていく。
―――だめだ!待ってくれっ!
伝えられないのがもどかしい。
第3王子が参道を戻りきったら祭壇は消える。
そういうふうに《作って》ある。
消えてしまうのだ。
そうしたら《彼女》を降ろせない。
『空の子』として《あの王子》に降ろしてはやれないのだ。
いいや
すぐに降ろせば間に合う。
それはわかっていた。
しかし
私は、どうしても
《彼女》が目覚めるのを見たかった。
―――目を覚ませ!
早く!
気持ちが焦る。
―――目を覚ましてくれ!
私は祈るように《彼女》の手を取る。
ぴくりとその手が動いた。
漆黒の長いまつ毛が揺れ、初めて《彼女》の瞳が見えた。
うっすらと開いたその瞳には――確かに私が、映った。
私は笑った。
いや。泣いたのかもしれない。
口が無意識に動いた。
告げたのは代々の『ヒトガタ』に贈っていたから馴染んでいた言葉。
――「良い旅を」――
うまく告げられただろうか……
《彼女》に届いたかどうかはわからなかった。
《彼女》は台から消えていた。
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