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1000年目
85 終わり 最後の『空』 ※空
しおりを挟む※※※ 空 ※※※
もうすぐ地平線に日が沈む。
天と地の全てが黄金色に染まる時。
チヒロはよほど気に入っているのだろう。
時間がある限りいつもその景色を見ていた。
シンの屋敷の裏庭から望む景色だ。
今日もチヒロは見ている。
辺りの人間たちを眠らせて
私は落ちゆく日を見つめるチヒロの隣に立った。
―――ああ……これが地上なのか。
陽の温かさ、風の心地よさ、草の香り。
何もかもが新鮮だった。
《感覚》を繋いでいた『ジル』で《知って》いたものだったはずだ。
だが実際に、自分の身体で感じるそれらは全く違った感じがした。
チヒロが私を認めた。
『ジル』も私に気づいた。
『ジル』は私の周りをまわり、頭をひとつ撫でてやると満足したように足元に座った。
―――良かった。
《自動》で問題なく動いている。
チヒロに座るように言われ、言われた通りにした。
チヒロの顔が目の前にあった。
私の身体を見たチヒロの反応が怖かった。
けれどチヒロは……微笑んでいた。
チヒロの長い漆黒の髪が風に揺れる。
漆黒の瞳の輝きが美しかった。
チヒロは私にこの景色が好きか、と聞いた。
好き?景色が?良くわからなかった。
違う、と言うのもおかしいが何というべきかわからない。
少し首を傾げた。
チヒロには私の動作がおかしかったようだ。
くしゃりと笑った。
「泣きたいほど綺麗な景色でしょう?」
泣きたいほど?……ああ。それはなんとなく、わかった。
頷いて、伝えた。
「旅立ちにいい景色だ」
チヒロが動かなくなった。
つられたように私も動けなかった。
チヒロの瞳が揺れていた。
間を開けてから、震える声で旅に出るのかと聞いてきた。
私は頷く。
「うん」
「長い旅ですか?」
「うん」
「……もう……戻られないのですか……?」
「……うん」
「……いつ……出発されるのですか……?」
「……今日。この日が落ちたら」
チヒロが顔を歪ませた。
私はチヒロの答えを待った。
だがチヒロは何も言わない。
ただ、潤んだ瞳でこちらを見ている。
私は覚悟を決めて、言った。
「見送ってくれないか」
―――なんと勝手な望みなのだろう。
私にそんなことを言う資格などありはしないのに。
私がしたことをチヒロに告白する勇気はなかった。
チヒロも知らない方が良いと思えた。
だからただ《布の回収》と、最後に《旅立つ》ことを告げようと来た。
チヒロにひと目会えたら――それだけで良かったのだ。
だが思った以上にチヒロが普通に接してくれるので願ってしまった。
大きすぎる願いだ。
だが、チヒロは笑顔を浮かべて頷いてくれた。
そして私の手を取った。
私は驚いた。
物を渡す、受け取るなどの理由もなく触れられたのは初めてだったのだ。
どうしていいか分からずに戸惑う。
考えて。私は彼女がしてくれたのと同じように手を握り返した。
チヒロが笑顔でいてくれて、私は安堵した。
重なった私たちの手は温度が同じになった。
まるでチヒロとひとつになったように感じた。
それだけで満足だったのに、チヒロは言ってくれた。
「ありがとう……来てくれて。私を《生んで》くれて」
まさかそんな言葉を貰えると思ってはいなかった。
チヒロは柔らかく微笑んでいる。
私はなんと言っていいか分からず、頷くことしか出来なかった。
そのままチヒロと二人で黄金色だけの景色を見る。
私の心は凪いでいた。
ああ、地上は本当に美しい。
『空』の皆で作り、皆で見守ったものだ。
チヒロが《泣きたいほど綺麗な景色》だと言ってくれたものだ。
《その時》はすぐにやってきた。
地平線に日がのみこまれる瞬間、私はチヒロの方を向いた。
チヒロも私を見てくれた。
地上の人間たちがやっている、愛しい者への《挨拶》を真似る。
チヒロの肩に頭を乗せ
私はチヒロに囁いた。
「幸せに」
どうか幸せに。
想いの全てを短い言葉にのせる。
―――君に想いは届くだろうか。
チヒロは目を見開き私を見た。
私と同じ漆黒の、潤んだその瞳には微笑んでいる私が映っていた。
日が地上に落ちる瞬間、チヒロは笑顔で言ってくれた。
「良い旅を」
ああ、これが幸せというものか。
最期にようやくわかった。
最後に勇気を出して会いに来て良かった。
こんな私の願いを、全て叶えてくれてありがとう。
長い間、この美しい地上を見守ることができた。
いくつもの君の人生を見守ることができた。
1000年の命を与えられたからこその幸せを
君にわかってもらえるだろうか。
仲間に出会えて私は幸せだった。
君に出会えて私は幸せだった。
本当に……幸せだった。
幸せを教えてくれてありがとう。
ああどうか
――― この幸せが君に届きますように ―――
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