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6 侯爵家令嬢《エミリア》side
しおりを挟む侯爵家の屋敷に入るとすぐにお母様が飛んできた。
王太子殿下の婚約者に選ばれた《私》が王宮に行ってから、ほんのひと月ほど会わなかっただけなのに。
《私》がいなくてよほど寂しかったようね。
「お母様!久しぶりね、元気だった?」
《私》はお母様を抱きしめてさしあげようと両手を広げた。
けれどお母様は《私》の肩を掴んだ。
痛いわ、ちょっと乱暴じゃない?
「《エミリア》!貴女、王宮で何をしたの?!」
何よ、いきなり。
呆れてしまったわ。
会えなかった間《私》がどうしていたか、そんなに早く知りたいの?
お母様ったら、心配性ねえ。
《私》はにっこりと微笑んだ。
「心配しないで。何もなかったわよ。毎日、それは優雅に暮らしていたわ」
「……優雅に?」
お母様の後ろ――声のした方を見れば、お兄様がいた。
お兄様も《私》に会いたくて仕方なかったのね。
《私》はお兄様にも微笑みかけた。
「お兄様も。久しぶりね」
「《エミリア》、挨拶はいい!それより優雅にってどういう意味だ」
まあ、せっかちね二人とも。
話は《私》が着替えて、三人でお茶を囲むまで待てないのかしら。
そうは思ったけれど、これは答えるまで解放してもらえそうにないわね。
ここまで《私》が王宮でどうしていたか、早く知りたくて仕方がないなんて。
どれだけ《私》を愛しているの?二人とも。
苦笑して、《私》は王宮で何をしていたか二人に話してあげることにした。
「そうね。毎日お庭を散歩したり、美味しいお菓子を食べたり。新しいドレスを作ったりしていたわ」
「……え……?」
「それだけか?」
「そうよ?
さすがに王宮だもの。お庭は広いし、お菓子も美味しかったし、ドレスもそれは豪華で素敵な物ができたけれど。
いい加減、退屈だったわ。
外出はどんな危険があるかわからないからと、させて貰えなかったし。
王太子殿下は執務があるって相手をしてくださらなかったし」
「それで……護衛たちに声をかけたのか?」
お兄様がごくりと唾を呑んだ。
そんなに興味を持たれる話かしら。変なお兄様。
でも誰に聞いたのかしら。構わないけれど。
《私》は可笑しくなってくすくす笑った。
「よく知っているのね、お兄様。
すごいのよ。王宮の護衛ってみんな見目麗しい方ばかりなの。
おまけにどの方もそれは優しくて。何でもしてくれたわ。
疲れたから足をマッサージして欲しいと言えばしてくれたし、眠れないから手を握っていて欲しいと言えば握ってくれたのよ?」
「――なんてことをっ!
《エミリア》!貴女は王太子殿下の婚約者だったのよ?!」
びっくりしたわ。
お母様ったら、突然大声を出して。どうしたのかしら。
《私》は首を傾げた。
「そうよ?だからそのくらいしてもらって当然でしょう?
《私》は王太子殿下の婚約者。――特別な子なんだから」
「……え?」
お母様が何を言われたのかわからないって顔をされたけど。
《私》は何故、そんな顔をされるのかわからないわ。
ちゃんとわかるように説明しないと駄目かしら。
「《私》は特別な子なのよ。その辺の令嬢たちとはわけが違うの。
だから王太子殿下の婚約者にもなったでしょう?
殿下の婚約者候補の中には公爵家の令嬢もいたのに。
当然なのよ。《私》は特別。
誰も《私》には敵わないわ。《私》はそう生まれついたの」
「―――――」
「ふふ。面倒なことは全て自分の代わりにやらせる身代わりまでいるのよ?
そんな子が他にいるかしら?
ね?どれだけ《私》が特別な子だか、わかるでしょう?」
「―――《エミリア》……」
「王太子殿下が《私》の身代わり――あいつを王宮に連れて来て、王太子妃になる為の勉強をさせるって言ってたわ。
そうよね。やってもらわなくちゃ。《私》のために。
でもあのエミリアと本物の《私》が王宮に二人いてはまずいでしょう?
だからあいつの勉強が終わるまで、《私》はこの屋敷で大人しくしていなくちゃね」
「……お前は……」
「あら、嫌だ。忘れてたわ」
《私》は口に手をあてた。
「勉強なんてすぐ終わらせるようあいつに命令してくれば良かったわ。
どうしようかしら……。《私》が行くのはまずいし。
ねえ、お母様。お願い。王宮に行ってあいつを脅してきてよ。
早く勉強を終わらせないとお前の母親の家と、お前たちを匿っていた修道院を潰すって。
いつもみたいに。
《私》、早く王宮に帰りたいわ」
お母様はまるで糸が切れたように倒れ
そして、そのまま目を覚まさなかった。
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