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34 王太子殿下side
しおりを挟む「君を養女ではなく実子だと認めたよ」
「え?」
「ジェベルム侯爵家が正式に手続きも済ませた。
君は養女ではなく、ジェベルム侯爵――いや、元侯爵の実の娘になったんだ」
「…………そんなことをしたら父――伯父様は……」
戸惑うエミリアに、私は静かに言った。
「そうだね。君の父上――元侯爵は妻の妊娠中に、妻の双子の妹に《強引に》手を出した最低な男、と誰からも蔑まれることとなった。
……一方、夫人はそんな夫を許し、妹の産んだ娘にはなんの罪もないと君を屋敷に迎えた心の広い女性。
子息の現侯爵ジェイデンは、君を実子だと認めるべきだと父を諭し、父が認めるまで自分の婚約者だと偽って他の貴族の目から君を隠した正義感ある青年。
令嬢の《エミリア》は、父によって外に出ることを禁じられた君を気の毒に思って、自分と入れ替わらせ教会へ行かせていた心優しい娘。
そういうことにしたらしい」
「……そう……ですか……」
「それでね。
君には公爵の養女になってもらうことになった。
公爵と、その娘リリローズが是非にと言ってくれたんだ」
「公爵様とリリローズ様が……?」
「ああ。なにせ君は公爵の姉上――シスターが可愛がっていた教え子だからね。
これで君は生前、下位とはいえ爵位を授与されていた母上エレノーラ様とジェベルム元侯爵の実子で現侯爵の異母妹。
そして公爵の養女でリリローズの義妹。
その上、私の教育係を務めた公爵の姉上の教え子。
そう公表されるよ。私の婚約者どの」
「私が……いいんでしょうか」
「もちろんだよ」
エミリアに微笑みながら、私は胸の内で舌打ちしていた。
―――ジェベルム元侯爵め。
自分一人を悪者にしてエミリアの存在を公にし、終わりにしたのだ。
腹立たしい。
腹立たしいが……。
これで私とエミリアのことは夢物語となった。
王太子が婚約者候補の中から是非婚約者にと望んだ令嬢には異母妹がいた。
父親の侯爵から不遇の扱いを受け、修道院に送られていた娘だった。
そんな娘の存在を知った侯爵の家族は、
侯爵を説得し、娘を侯爵家に迎え入れるとそれぞれに娘を助けていた。
異母兄は、娘が父侯爵に劣悪な婚約者をつけられないように盾となり
異母姉は、娘が父侯爵に外出を禁止されていると知ると自分だと偽らせ外出をさせた。
そうして教会に行った娘は、分け隔てなく人に接し、孤児院の子の看病までした。
それが――王太子が心惹かれた優しい令嬢。
王太子が是非婚約者にと望んだのは姉ではなく、異母妹の娘だったのだ。
そして何と、その娘は《偶然にも》
修道院でシスターとなっていた公爵の姉上に可愛がられ立派な教育を受けていた。
姉に縁のある娘が王太子に見染められたことを公爵はたいそう喜び、シスターである姉に代わって後見を申し出た。娘を養女にしたのだ。
そして、娘は……
―――――と。
誰からも好かれそうな身分違いのロマンスは、早くも本と劇になり、広く大衆に知られることとなりそうだ。
もちろん仕組んでいるのはエミリアの侍女キャシーと共に、今も部屋の隅に控えている私の優秀な侍従カイゼル。
修道院から王宮へ。
不遇の扱いを受けていた娘が王太子妃に――そして……王妃に。
庶民は熱狂し娘を支持。
おまけにそんな娘の後見は公爵家。
誰も異議を唱えられないでしょうね、と。
カイゼルは珍しく上機嫌で言った。
しかし
「リア……私はね。
ジェベルム元侯爵夫妻の娘《エミリア》と君の立場を入れ替えるつもりだった。
《エミリア》から侯爵令嬢の地位を奪う気だったんだ」
「……え……?」
「そうしなければ君を私の婚約者にできなかったから、だけではない。
君を自分の身代わりとしていいように使っていた《エミリア》が許せなかったからだ。
それだけじゃない。
君を元侯爵の心を痛めつける為の道具としていた元侯爵夫人も、現侯爵ジェイデンも。
もちろん君の実父であるのに君を守ろうともしなかった元侯爵も。
そして、そんな主人一家に従っていただけの使用人たちも。
私は、ジェベルム侯爵家の人間たちは誰一人として許せないし、許したくない。
元侯爵が自らの評判を地に落として君を実の娘だと認めてもだ」
エミリアが息を呑んだ。
それでも私の告白は止まらなかった。
「あの侯爵家には制裁を加えないと気が済まない。
だがあんな家でも君の実家だ、ということになっている。
制裁を加えれば君に影響が及ぶ。
それに。
わかっている。完全に私の私情だ。
王太子としてあるまじき考えだろう。
だが、何と言われようが、それが私の本音だ」
ふつふつと胸に湧き上がってくる怒りは止めようもない。
私は組んだ両手の指に、ありったけの力を込め思いを吐いた。
「私は――あの侯爵家が許せない」
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