そして、身代わりの令嬢は……

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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36 家令カーソンside

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長らく勤めたジェベルム侯爵家を辞めることにした。

当主がミゲル様から子息ジェイデン様に代わるタイミングでの私の申し出に、ミゲル様からは再三にわたり引き止められたが私の決心は変わらなかった。

最後の日。
見慣れた光景であるはずなのに、執務室の机についているミゲル様を目にするのはやはり感慨深いものがあった。

いつもの仕事着ではなく、私服で。
長く使い飴色になった鞄を足下に置き、私は最後の挨拶に臨んだ。

「お世話になりました」

「本当に辞めていってしまうのだな」

「はい」と私は答えた。

「若い家令となりますが、ガンナーには他家で勤めていた経験があります。
年季が入っただけの私よりも優秀ですよ。
新当主ジェイデン様の良き相談相手にもなってくれることでしょう」

そう。ガンナーであれば大丈夫だ。
私が見込んだ若者なのだ。
私が辞めた後の家令には是非彼を、とミゲル様に推薦した。

必ずジェベルム侯爵家を盛り上げていってくれるだろう。
王太子殿下の婚約者エミリア様の実家として、恥ずかしくないように。


「そうか……。お前がそう言うのなら安心だな」

自分に言い聞かせるように何度か頷いてから。
ミゲル様は私を見て「寂しくなるな」と呟いた。

私は頭を下げた。

「大変な時に我儘を言いまして、申し訳ございません」

「いや。いいんだ。
私が当主となる前から30年以上も、良く仕えてくれた。
礼を言う」

「痛み入ります」

ゆっくりと頭を上げミゲル様に向かい合えば、ミゲル様の髪には白いものがあった。
目尻には深いしわが。目の下にはくまがある。

―――歳をとられた。

そう思った。
歳をとったのは私も同じなのだが。


私は気になっていたことを聞いてみた。

「……奥様の反応はどうでしたか?」

「……残念ながら何も。変わらず微睡の中にいるようだ。
お前が助言してくれたように《ノーラ》と呼びかけてみたのだが……」

「……そうですか。ですが、まだ数回でしょう。
諦めるには早いです。
今の奥様には短く簡単な言葉の方が届きやすいだろうと医師も申しておりました。
愛称で呼びかけ続ければ、心を取り戻すのも早くなるはずです」

ミゲル様はふ、と疲れたように笑った。

「《どちらを呼んでいるの?》と叱られそうだがな」

「それでも良いではありませんか。
心を取り戻されるなら。そのきっかけが怒りでも」

「……そうだな」

「きっと戻られますよ。今は……そう。
少し眠っておられるだけです。
溜まっていた疲れが出たのでお休みを取られているのですよ。
毎晩、よく眠れるというお薬を差し上げておりましたが、それでも眠れはしなかったようでしたから」

「そうか。……ああ。そう考えることにするよ。
ありがとう、カーソン。礼を言う。子どもたちと、妻レオノーラの分も」

ミゲル様の目尻には光るものがあった。
私はにこりと微笑んで、深く頭を下げた。


「私も感謝しております。
私のような者を長くお側においていただき、ありがとうございました」


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