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09 真実の味2
しおりを挟む5歳だったネイトは当時のことをよく覚えていない。
ただ、事故で亡くなった両親の葬儀の時の雨の冷たさ。
ほどなくして引っ越し、住むことになった小さな家の埃っぽさだけを、
何故かよく覚えている。
両親は亡くなった。
だが、ネイトの生活は使用人がいなくなっただけでさほど違いはなかった。
毎日毎日、二つ上の兄と遊び、姉が食事を持ってきてくれるのを待つ。
少し大きくなってから、
その家は姉が侍女として働いている貴族の屋敷のはずれにあるとわかったが、
特に何も思わなかった。
そしてそのままそこに住み続け、そこから学校に通った。
姉がその屋敷の主人の愛人なのだと気づいたのはいつだっただろう―――
かといって何をどうできるわけでもなく、ネイトは素知らぬふりをした。
自分は姉に守られなければ生きられない子どもだった。
無力な存在だったのだから。
何年かして、兄が学校を卒業し家を出て行った。逃げるように。
以来、連絡はなく、どこに行ったのか何をしているのかはわからない。
その後、二年が経ちネイトが学校を卒業する頃、
弟たち二人の成長を見届け安心したように姉は逝き。
ネイトはその家を出て、知人の伝手でマティアスの実家の屋敷で働き出した。
マティアスが父親が持っていた爵位のひとつを継ぎ、独立することになった時。
ネイトは若いがマティアスの執事に抜擢されたのだ。
二年ほど前のことだった。
色んな思いが湧き上がってきて、ネイトはめまいを覚えた。
あの小さな家の埃っぽさが妙にはっきりとよみがえり吐き気がした。
ぐらりと揺れたネイトをスカーレットの執事の青年が支えた。
「おい、大丈夫か?
あーあ。ウチのボスに喧嘩売ったりするから」
―――ボス?
と、ネイトは思ったが吐き気で声にはできなかった。
「ギル。彼を馬車の中に」
「はい、お嬢」
スカーレットに命じられ、ギルと呼ばれた執事の青年はネイトを馬車に乗せ、自分が横に座った。
ネイトはなされるがままだ。抵抗する気力も力もなかった。
反対の席にスカーレットと、そして彼女が実家から連れてきた侍女が乗り込む。
そのまま馬車の中でしばらく休ませてくれるのだろうと思っていたネイト。
だが馬車は動き出し、屋敷を出た。
……いっそ清々しいほどの裏切られ方だった。
ネイトは諦め、身体を揺れる馬車に預け目を閉じた。
走る馬車の音と、スカーレットたちの会話が聞こえてくる。
ネイトは耳をすました。
「お嬢。どうするんですか《これ》。連れて行くんですか?」
と、スカーレットの執事ギルの声。
「そんなわけないじゃない。《これ》は私のじゃないのよ?」
と、スカーレットの声。
「そうですか。安心致しました。お嬢様は何でも拾いますから」
と……侍女の声のようだ。
「ネロだけでしょう?変なこと言わないでよ、ベス」
少し怒ったような声はスカーレットのものだった。
ネロはわからないが、察するに侍女はベスという名前なのだろう。
「《今いるのは》ですよね。まあいいですけど。
―――で。結局《これ》は?どうするんです?」
「ちょっと言い過ぎちゃったから。お詫びをしようと思って」
「ちょっと……」
「はい、かなり酷いことを言いました。だからお詫び!」
続いていたスカーレットと侍女の会話が終わったと思ったら、
ネイトは突然、胸元を掴まれ揺さぶられた。
「目を開けなさいよ、ネイト。意識あるんでしょう?」
かなり楽にはなったが、まだ身体が重かった。
できたら目は閉じたままでいたかったが、そうはさせて貰えないようだ。
ネイトは渋々、目を開けた。
目の前にはスカーレットの顔。
あり得ない近さだった。
げんなりした。
……どうしてこの方は距離の取り方がおかしいのだろう。
ネイトは何とか適切な距離を取ろうとし、だが狭い馬車内なので失敗する。
背もたれぎりぎりまでネイトを追いつめたスカーレットはさらりと言った。
「ごめんなさいね。言い過ぎたわ。
そのお詫びに良いことを教えてあげるわ、ネイト。
―――すぐに侍女長のヘレンをクビにして。
紹介状も持たせず追い出しなさい」
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