私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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10 侍女長の素顔

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侍女長のヘレンをクビに?
それも、紹介状も持たせず追い出せ?


その時、ネイトは何を言われたのかわからなかった。


侍女長のヘレンは使用人の中でもベテラン中のベテラン。

爵位のひとつを受け継ぎ、別邸をもらい独り立ちしたマティアスに両親がつけた古参の使用人の一人だ。
当然、マティアスの信頼も厚い。

それを、何故?と。


だが――スカーレットは正しかった。


侍女長ヘレンは、《奥様のお部屋》にあった宝石を盗み出していた。
結婚前マティアスがスカーレットにと買い求め、部屋に収納されていた物だ。

実はヘレンはここ二年、屋敷にある物をこっそりくすね続けていた。
それらは些細な物であったので、紛失扱いになっていたのだが。

《奥様のお部屋》の宝石を見て――欲が出たのだろう。

スカーレットは使わない。それどころか見もしない。
誰も気づかないだろう。

気づいても、古参の自分が疑われる可能性は少ない。
たとえ《奥様のお部屋》に入るのが侍女長の自分だけでも。

そう思ったようだ。


それだけではない。

ヘレンはそれらを売って得たお金で、一緒に住んでいた男と豪遊していた。

ヘレンはずっと慎ましく暮らしていた女性だった。
しかし三年前に当時の夫と別れ今の男と暮らすようになってから、生活ぶりが一変していたのだ。

そしてヘレンと一緒に住んでいた男。

薬を売る商売をしていた。
高価な薬を安く売っていると吹聴し、効きもしない偽物を売り
捕まりそうになるとほとぼりが冷めるまで隠れヘレンに養ってもらっていた。

それが、とうとう捕まった。
偽物の薬を作るのを手伝っていたヘレンも同罪だと捕らえられ牢に入った。

被害者に裕福な者が多かったこともあって、かなり話題となった。

ヘレンを雇い続けていたのなら、
ヘレンに紹介状など書いていたら、
何と言われていたか……。


ネイトは主人マティアスに感謝された。
他の使用人たちからも。

だがネイトは喜べはしなかった。

自分はスカーレットに言われた通り動いただけなのだ。

スカーレットに言われ、
《奥様のお部屋》の宝石を確認し、ヘレンを調べただけ。

スカーレットから《私の名前を出したら許さない》ときつく言われ
黙っているのが自分の手柄となってしまっただけなのだ。


ヘレンを調べて、ネイトは悔やまずにいられなかった。

侍女たちは皆、ヘレンの指示に良く従っていた。
ヘレンは完璧に侍女たちを指揮していたのだ。

ネイトはそれをさすがベテラン侍女長だと感心していた。

真実が、全く見えていなかった。


―――いや。


違う、とネイトは唇を噛んだ。

姉のことを素知らぬふりした子どもの頃と何も変わっていない。

見なかったのだ。
侍女長のヘレンがベテラン中のベテランだったから。

心に引っかかるものは、あった。

指揮されていたのではない。
力で支配されていたのだろう。

侍女たちは《ヘレン》の名前を聞いただけで顔色を変えていたのだ。

だがネイトは無視をした。

本来なら女性使用人を統制するのは主人の妻――女主人だ。
だが主人マティアスが独身だったため、主にヘレンがその役目を担っていた。

ネイトは自分が何をどうこうできるわけではないと
自分は無力だからと
素知らぬふりをした。

それに疑うことをしなかった。

今まで何事もなかったのだ。これからも変わらない。
そんな全く根拠のない想像。それが正しいと信じきって。


少し調べれば、すぐにわかったことなのに―――――


はた、と思い至った。


そう言えば。
スカーレットは何故、気づいたのだろう。

スカーレットは朝起きてから夜遅くまで実家の屋敷へ行っている。
マティアスの屋敷には眠りに帰って来るだけだ。

当然、侍女たちとの交流はない。
自分の側に置いているのは実家から連れてきた侍女のベスだけ。


何故……ヘレンのことに気づくことができた?


「よう、ネイト。おはようさん」

声をかけてきたのはスカーレットの執事ギルだった。

しかしここは馬車止めではない。
屋敷の中……のはず、だ。

ネイトは思わずあたりを見回した。
それを見てギルが「俺が屋敷の中にいるのが信じられないか」と笑った。

「探したぞ。お嬢がお前を《朝の散歩》に誘ってこいって言うからさ」

ギルの言葉にネイトは嫌な記憶が甦った。

馬車に乗せられ、侍女長のヘレンをクビにしろと言われた日。
ネイトは最後、屋敷の外で降ろされた。
それもご丁寧に門から一番離れた場所で。

ネイトは屋敷を横目にぐるりと門までの長い距離を歩いたのだ。

警戒心をあらわにしたネイト。
だがギルは気にせず「行くぞ」と言うとネイトの肩に腕を回した。

居合わせた使用人たちがぎょっとした顔になる。


……スカーレットといい、この執事といい、何故こうも人との距離が近いのか。

ネイトは疑問に思いながら、それでもギルに引っ張られていった。

スカーレットにヘレンのことを教えてくれたお礼を言わなければならない。
できれば何故、気づいたのかを教えて欲しい。


あとは……

門の前で降ろしてくれるように頼もう。


ネイトは決めた。


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