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「あの侍女長の不正に気づいた理由?調べたからよ」

「調べたからって……そもそも、どうして調べたのですか?」

「初めて会った時、侍女長が目で私に喧嘩を売ったから」

「…………そうですか…………」


ごとごと揺れる馬車の中だ。

会話を終えて、ネイトは両手で顔を覆い俯いた。


一年と数ヶ月前。
ネイトはマティアスからスカーレットのことを聞いた。
結婚を申し込むつもりだと。

父親の爵位はマティアスと同じ。
歳はマティアスの三歳下。

社交には滅多に顔を出さない。
その理由は父親を支え、領地に多くいて領地経営をしているからだという。


それを聞いて、ネイトが思い浮かべたのは大人しく地味な女性だった。
だが目の前にいるスカーレットは全く違う。

想像とは、本当にあてにならないものだ。


力なく俯いたままのネイトを心配して、隣に座っていたギルが声をかけた。

「おい、大丈夫か?」


――「ウチのボスに喧嘩売ったりするから」――


ネイトの頭の中に、ギルの声が鮮やかに甦った。

―――ボス―――

あれは―――――




いきなりわしゃわしゃと頭を乱暴に撫でられた。

「おい、平気か?」

……ギルだ。

スカーレットの声が飛ぶ。

「やめなさい、ギル」

「すみません、つい」

とギル。だが悪びれた様子は全くない。

スカーレットの方が諦めたようだ。

「仕方がないわね。ほら、貴方も顔を上げてネイト。
次の話をするわよ」

「―――次?」

ネイトの顔が自然と上がった。

「そう。使用人たちのお仕着せを新しくしなさい。
まずは侍女からね」

ネイトにはスカーレットの意図がわからない。
確認するように聞いた。

「お仕着せ?」

「そうよ。貴方ここにいるベスのお仕着せに、屋敷の侍女たちが羨望の眼差しを向けているのに気づいてる?」

「え?」

「いつからあのお仕着せなの?今どきないわよ、あの古臭いデザイン」

「……いや。しかし、だからって。お仕着せですよ?使用人に支給する服だ。
あるものを新しくするなんて贅沢では。それにいったい、いくらかかると――」

「――《奥様の費用》があるんじゃない?とってあるんでしょう、予算。
それを回したら良いじゃないの。全く使ってないでしょう?」

それは貴女が―――と、言う言葉をネイトはかろうじて呑み込んだ。

スカーレットは言った。

「そうね。たがが服よ。でも、されど服なの。
着る服ひとつで気分が変わる。楽しくなって、笑顔になれたりもするの。
その屋敷で働こうって意欲も湧くってものよ」

「―――――」

実に女性らしい意見だ、とネイトは思った。

自分はそんなことを考えたことはない。
多分、主人マティアスもそうだろう。

正直、少し呆れてもいた。
だがスカーレットに言われると、本当にそうだと思えてくるから不思議だ。

スカーレットは続けた。

「上品で洗練されていて、なおかつ動きやすく手入れのしやすい物を。
何点か試作して、実際に着る侍女たちにどれが良いか選んでもらったら良いわ」

「新しいデザインで仕立てるのでしょう?高額になりませんか」

恐る恐る聞いたネイトに、スカーレットはにっと笑って言った。

「大丈夫よ。良い店を知ってるの、私」

「はあ」

「店主は若い男性デザイナー。それは良い人でね。
着る人のことを思ってデザインを考えてくれる。
―――人の心に寄り添い、支えてくれる人よ」

「……え?」

「最近、可愛らしいお嫁さんを迎えてますます意欲的にお洋服を作ってる。
お針子さんたちも店主の人柄に集まったのでしょうね。良い人たちばかり。
仕事も丁寧。その上、お値段も良心的よ」

「―――――」

「どう?任せてみない?」


ネイトは何も言えずにいた。

店主の若い男性デザイナーは
着る人のことを思ってデザインを考える。

きっと
火傷の痕を気にせず着られる洋服も作るのだろう。
長年苦しんだ女の子が笑顔になれる、そんな洋服を作るのだろう。

人の心に寄り添い、支えてくれる人。
最近、迎えたという可愛らしいお嫁さんは
それは、幸せになれるだろう―――――


「そうですね……お任せできますか」と。

目頭が熱くなったネイトはかろうじてそれだけ言って俯いた。

「お嬢、商売上手ですねえ」とギルが言った。

言いながらネイトの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

「それ、やめなさいよギル」

と、スカーレット。

ギルが笑った。

「すみません。どうもこいつを見ると、つい。
けど本当は、お嬢だってしたいんでしょう?
だからこいつには甘い。
こいつの毛色と瞳、ネロそっくりですもんね」

「―――ネロ?」

そう言えば前にも聞いた名前だった。
ネイトはスカーレットに聞いた。

「ネロというのは?」

顔をしかめているスカーレットに代わり
侍女のベスがすまして言った。


「ネロは領地にいる、お嬢様が拾ってきた食べるだけで何もしない駄犬です」


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