私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

文字の大きさ
15 / 38

15 絵

しおりを挟む


ネイトは声が出せずにいた。


スカーレットの使っている客間には、たくさんの風景画があった。

額縁に入れられ、壁に飾られている豪華な絵画ではない。

薄い紙に描かれ、淡い色で彩色されている風景画だった。
それが書類の束のように机の上に置かれていた。

窓が細く開けられている。

そこから入った風の悪戯で飛ばされてしまったのだろう。
何枚かが、床のあちらこちらに落ちていた。

そのうちの一枚に自分と同じ毛色、瞳の犬の絵を見つけて拾い、ネイトはそれらの絵が《どこ》を描いたものか確信した。


―――スカーレットの実家の領地の風景だ。


山があった。
川も、草原も、畑も。

馬がいて、牛もいる。羊も。鳥も。
道があって、橋があって。

人が笑いあってご飯を食べている絵があった。
大人も、そして子どもたちも笑っている。
その中心にいるのは……スカーレットだ。


ネイトの頬を涙が伝った。


スカーレットがどんなに実家の領地を、領民を大切に思っているか。
痛いほどわかったから。

夜、眠りに帰ってくるだけの、この客間にこれだけあるのだ。
彼女の実家の屋敷には、もっとたくさんの絵があるのだろう。

王都にいても、領地を、領民の今を知りたくて、頼んで送ってもらっているのかもしれない。


絵を見ているうちに気がついた。
風景画が、書類の束のように置かれているのだと思っていた。
だが、それだけではなかった。

風景画の一番下には書類もあった。
マティアスの家の親戚の名簿だ。

結婚式の後日、
本当ならマティアスとスカーレットはマティアスの親戚たちへ挨拶に行くことになっていた。

マティアスが父親の爵位をひとつ継ぎ、結婚し、《新しい親戚の家》を作ったからだ。

その日のための名簿だ。

知らない者ばかりのところへ挨拶に行くスカーレットの不安を、少しでも和らげられればとマティアスがスカーレットに贈った名簿だった。

名前の読み方。マティアスからみた続柄。
その爵位や領地。家族構成。

マティアスとネイトがこれだけ伝えておけば十分だと思って作成した名簿だった。
けれど見れば、添え書きが数多くしてある。

名前の読み方の注意から始まって、その家の領地の特産品。
中には主人と家族の性格。
特徴、趣味、嫌いなもの、好きなものなどを書いたところまであった。

スカーレットは調べられる限り調べたのだろう。
挨拶に行った時に、相手を不快にさせないように。
会話を弾ませ、親戚付き合いを円滑にするために。

それとは別に、家族の一覧の中にはところどころ小さく印がつけてあった。

二男、三男……。
継ぐ爵位を持たず、このままでは平民となる男の子。

どこかの貴族の家に養子か、もしくは将来婿養子に入ることを望むであろう幼い男の子の名前に……小さな印。

ネイトの思っていた通り
スカーレットは実家の父親の爵位と領地を継いでくれそうな男の子を、マティアスの家の親戚の中から探していたようだった。


自分が男の子を二人産めなかった場合を考えてか。
それとも、すぐにでも養子にもらうことを考えていたのか。

それはわからない。

けれど大切に思う領地を、領民を任せられる子を、と。

それは念入りに調べたのだろう。
中には条件に合うのに印のない子も何人かいた。


自分が継ぐことのできない実家の領地を、領民を託す子ども。

どんな気持ちで調べたのだろう―――――。


だが、マティアスは結婚式で両親と兄夫婦から絶縁を言い渡された。

いわゆる《本家》から絶縁されたのだ。
マティアスは当然、親戚に《新しい親戚の家》の者とは認められなくなった。

―――マティアスの親戚の子どもを実家の養子に。

スカーレットが実家を存続させるために考えていたことを
マティアスはあの暴言で台無しにしたのだ。


ネイトは膝をついた。
涙を止めることができなかった。


―――結婚を申し込んだマティアスの何がスカーレットの心をとらえたのか。


それを探しにこの、スカーレットが使っている客間に入ったのだ。
なのに見つけたのはスカーレットがマティアスを許さない理由だった。


マティアスがスカーレットに許してもらえなくて当たり前だ。

ステイシーをスカーレットと勘違いしていたマティアスが、スカーレットに向かって「お前ではない」と言った。
スカーレットの父親に「騙したな」「訴えてやる」と言った。

そんな暴言を謝罪する云々だけの話ではなかったのだ。


何故、結婚相手にマティアスを選んだのかはわからない。
けれどスカーレットがこの結婚に求めていたのは実家を継いでくれる男の子。


領地と領民を自分と同じように。
――いや、それ以上に大切にしてくれる男の子だったのだ。

その子を探す術を
スカーレットはマティアスの暴言で失った…………。


一年後。

これでは離婚は必至だろう。

けれど

離婚して、それで?
どうなる?


この国の貴族が離婚することはほぼない。
離婚した者は――まず異端者扱いだ。
貴族としての信用も失う。

そして離婚は、男より女の方が割を食う。
男性のマティアスより、女性のスカーレットの方が厳しい目を向けられるのだ。

次の縁などまず望めない。
生涯、一人侘しい生活をおくるのが目に見えている。

その時、

スカーレットの実家はどうなる?
スカーレットが大切に思っている領地と領民は―――どうなる?

誰もが不幸になるだけだ。


ネイトは歯を食いしばり涙を拭くと顔を上げた。

そして風景画とマティアスの家の親戚の名簿を丁寧に持つと、マティアスの執務室へと向かった。


しおりを挟む
感想 193

あなたにおすすめの小説

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

処理中です...