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15 絵
しおりを挟むネイトは声が出せずにいた。
スカーレットの使っている客間には、たくさんの風景画があった。
額縁に入れられ、壁に飾られている豪華な絵画ではない。
薄い紙に描かれ、淡い色で彩色されている風景画だった。
それが書類の束のように机の上に置かれていた。
窓が細く開けられている。
そこから入った風の悪戯で飛ばされてしまったのだろう。
何枚かが、床のあちらこちらに落ちていた。
そのうちの一枚に自分と同じ毛色、瞳の犬の絵を見つけて拾い、ネイトはそれらの絵が《どこ》を描いたものか確信した。
―――スカーレットの実家の領地の風景だ。
山があった。
川も、草原も、畑も。
馬がいて、牛もいる。羊も。鳥も。
道があって、橋があって。
人が笑いあってご飯を食べている絵があった。
大人も、そして子どもたちも笑っている。
その中心にいるのは……スカーレットだ。
ネイトの頬を涙が伝った。
スカーレットがどんなに実家の領地を、領民を大切に思っているか。
痛いほどわかったから。
夜、眠りに帰ってくるだけの、この客間にこれだけあるのだ。
彼女の実家の屋敷には、もっとたくさんの絵があるのだろう。
王都にいても、領地を、領民の今を知りたくて、頼んで送ってもらっているのかもしれない。
絵を見ているうちに気がついた。
風景画が、書類の束のように置かれているのだと思っていた。
だが、それだけではなかった。
風景画の一番下には書類もあった。
マティアスの家の親戚の名簿だ。
結婚式の後日、
本当ならマティアスとスカーレットはマティアスの親戚たちへ挨拶に行くことになっていた。
マティアスが父親の爵位をひとつ継ぎ、結婚し、《新しい親戚の家》を作ったからだ。
その日のための名簿だ。
知らない者ばかりのところへ挨拶に行くスカーレットの不安を、少しでも和らげられればとマティアスがスカーレットに贈った名簿だった。
名前の読み方。マティアスからみた続柄。
その爵位や領地。家族構成。
マティアスとネイトがこれだけ伝えておけば十分だと思って作成した名簿だった。
けれど見れば、添え書きが数多くしてある。
名前の読み方の注意から始まって、その家の領地の特産品。
中には主人と家族の性格。
特徴、趣味、嫌いなもの、好きなものなどを書いたところまであった。
スカーレットは調べられる限り調べたのだろう。
挨拶に行った時に、相手を不快にさせないように。
会話を弾ませ、親戚付き合いを円滑にするために。
それとは別に、家族の一覧の中にはところどころ小さく印がつけてあった。
二男、三男……。
継ぐ爵位を持たず、このままでは平民となる男の子。
どこかの貴族の家に養子か、もしくは将来婿養子に入ることを望むであろう幼い男の子の名前に……小さな印。
ネイトの思っていた通り
スカーレットは実家の父親の爵位と領地を継いでくれそうな男の子を、マティアスの家の親戚の中から探していたようだった。
自分が男の子を二人産めなかった場合を考えてか。
それとも、すぐにでも養子にもらうことを考えていたのか。
それはわからない。
けれど大切に思う領地を、領民を任せられる子を、と。
それは念入りに調べたのだろう。
中には条件に合うのに印のない子も何人かいた。
自分が継ぐことのできない実家の領地を、領民を託す子ども。
どんな気持ちで調べたのだろう―――――。
だが、マティアスは結婚式で両親と兄夫婦から絶縁を言い渡された。
いわゆる《本家》から絶縁されたのだ。
マティアスは当然、親戚に《新しい親戚の家》の者とは認められなくなった。
―――マティアスの親戚の子どもを実家の養子に。
スカーレットが実家を存続させるために考えていたことを
マティアスはあの暴言で台無しにしたのだ。
ネイトは膝をついた。
涙を止めることができなかった。
―――結婚を申し込んだマティアスの何がスカーレットの心をとらえたのか。
それを探しにこの、スカーレットが使っている客間に入ったのだ。
なのに見つけたのはスカーレットがマティアスを許さない理由だった。
マティアスがスカーレットに許してもらえなくて当たり前だ。
ステイシーをスカーレットと勘違いしていたマティアスが、スカーレットに向かって「お前ではない」と言った。
スカーレットの父親に「騙したな」「訴えてやる」と言った。
そんな暴言を謝罪する云々だけの話ではなかったのだ。
何故、結婚相手にマティアスを選んだのかはわからない。
けれどスカーレットがこの結婚に求めていたのは実家を継いでくれる男の子。
領地と領民を自分と同じように。
――いや、それ以上に大切にしてくれる男の子だったのだ。
その子を探す術を
スカーレットはマティアスの暴言で失った…………。
一年後。
これでは離婚は必至だろう。
けれど
離婚して、それで?
どうなる?
この国の貴族が離婚することはほぼない。
離婚した者は――まず異端者扱いだ。
貴族としての信用も失う。
そして離婚は、男より女の方が割を食う。
男性のマティアスより、女性のスカーレットの方が厳しい目を向けられるのだ。
次の縁などまず望めない。
生涯、一人侘しい生活をおくるのが目に見えている。
その時、
スカーレットの実家はどうなる?
スカーレットが大切に思っている領地と領民は―――どうなる?
誰もが不幸になるだけだ。
ネイトは歯を食いしばり涙を拭くと顔を上げた。
そして風景画とマティアスの家の親戚の名簿を丁寧に持つと、マティアスの執務室へと向かった。
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