私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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マティアスの顔は真っ青になった。

「客間に……入ったのか?」

執務机の上に置かれているのはネイトが客間から持ってきた風景画と名簿。
マティアスはそれらとネイトを交互に見て狼狽えながらも聞いた。

「はい」と答えたネイト。
マティアスは信じられない、といった顔で自分の執事を見た。


「何故そんな暴挙に出た。女性が使っている部屋だぞ?
しかもスカーレット嬢が立ち入るなときつく言っていた部屋だ。
それを―――執事がマスターキーを使って開けるなど」

静かに、だが声を荒げたマティアス。
しかしネイトは平然と答えた。

「いいえ、鍵は使っておりません」

「……何?」

「私は鍵を使っておりません。客間に鍵はかけられていませんでした」

「……は?」


ネイトは息を整えると一気に言った。

「《誰も入るな》ときつく言い渡された部屋の鍵です。
かけ忘れたとは思えません。
《わざと鍵をかけなかった》。
そうとしか思えない。
そして、それは今日だけではないはずだ。
あの客間のドアはスカーレット様がお留守の間、ずっと開いていた。
きっとスカーレット様は入って欲しかったんです。
入って……見て、知って欲しかった。
自分が本当は、何を許せないのか」

ネイトは今までのことを全てマティアスに話した。



話を聞いたマティアスは―――動けなかった。


「私は……スカーレット……の思いを……台無しに……。
家を……存続の……危機に?」


結婚式で自分が吐いた暴言の、その結果の重さにめまいがした。


震える手で、ネイトに渡された親戚の名簿を確かめていく。

確かにネイトが言った通りだった。

名簿には添え書きが数多くしてある。

名前の読み方の注意から始まって、その家の領地の特産品。
中には主人と家族の性格、特徴、趣味、嫌いなもの、好きなものなどを書いたところまである。

それとは別に、家族の一覧の中にはところどころ小さく印。

二男、三男……。
継ぐ爵位を持たず、このままでは平民となる男の子。

どこかの貴族の家に養子か、もしくは将来婿養子に入ることを望むであろう幼い男の子の名前に……小さな印。

マティアスはそれらひとつひとつ触れていく。

手はひどく震え、
すぐにその名と印は涙に滲んで見えなくなった。

だが

「ちゃんと見てください」

ネイトに言われ、マティアスははっとし拳を握った。

そうだ。そうしなければならない。
よく見るのだ。目を背けることなど許さない。

マティアスは自分を叱咤し読むのを再開する。


スカーレットの実家の領地を描いたものだという絵も見ていった。

領地の、さまざまな風景。
領民たち。
動物。

マティアスは一枚一枚、丁寧に見ていく。

そして。

領民たちとスカーレットが笑いながらご飯を食べている絵を見て、
マティアスは雷に打たれたような衝撃を受けた。

同じ物を食べ、一緒に笑いあう。
領民たちから認められている証拠だ。

若くとも
爵位と領地を継げない女性でも

父に代わり家の執務全てを任され
執事から《ウチのボス》と呼ばれ

スカーレットは

領民も、
家族も、
使用人も、

誰もが認める領主なのだ―――――


マティアスは自分を恥じた。

作物の病気が流行り、あっという間に国中に蔓延した。
そのままではどこの領地も不作となり、領民が飢えるのは明らかだった。

そんな中、
互いに領地にいる間に、スカーレットと何度か手紙をやり取りした。


作物の病気をどうにか抑え込めないか。
領民が飢えないためには何をしたら良いか。
何が必要か。
次の作付けは?
同じ物を作るか、別の作物に切り替えるか。
どうするのが良いか。
また似たような病気が出た場合、今後の対策は?


語り合うように手紙をやり取りして
マティアスはスカーレットと自分は同じ位置にいるように感じていた。

父親を支え領地経営をしているというスカーレットと、
前領主だった父について経営に携わり、二年ほど前に新領主として領地経営をするようになった自分は―――同じだと。


よくそんなふうに思えたものだ。


誰もが認める領主であったスカーレット。

領主が前領主――父だったら良かったと
領民たちから罵声を浴びせられることすらあった自分。

自分など。
スカーレットの足もとにも及ばない。


それなのに。
正式な領主は自分の方なのだ。
父親が持っていた爵位と領地を、何の苦労もなく受け継いだ。

反対に。
どんなに望んでも父親の爵位と領地を継げず
自分の代わりに託せる男の子を探していたスカーレット。


―――スカーレットは私を、どんな気持ちで見ていたんだろう―――――


マティアスは嗚咽した。

堪えようとしても堪えきれなかった。
噛んだ唇からは血が滲んでいたが、気づいていなかった。

そんなマティアスを見て
「このまま終わらせるおつもりですか?」と。
ネイトが言った。


ネイトはマティアスを見つめたまま
静かだが、強い口調で言った。


「先のことはわかりません。
けれど。
それでも、このまま何もせず終わらせて良いはずがない。
旦那様にはまだやれることがあるはずです」



◆◇◆◇◆◇◆◇



その夜のこと。

帰宅したスカーレットと侍女のベスは使っている客間へと向かった。

ドアを開けた侍女のベスは一瞬動きを止め。
そして主人であるスカーレットの方に振り返った。

「お嬢様」

スカーレットも気づき言った。

「入ったようね」

「はい」


スカーレットは床を見回した。
同じ絵が、置いてあった通りにあった。

次に机に目を向ける。

マティアスの親戚の名簿。
その上に絵が置かれている。

ぴたりと朝、スカーレットが置いた通りの位置に。

「……すごい技ね。見たのでしょうに」

スカーレットは思わず感嘆した。

それから床に落ちていた絵を拾った。

たった一枚だけ。
置いてあった位置とは別の場所にあった犬の絵だ。

窓はごく細く開けてあった。

だがその絵が置いてあったのは、
たとえそこから強い風が入ろうともその絵が動くことはない場所だ。


ドアを開けた人間は気がつかなかったようだが
実はドアには絵が一枚、はさんであったのだ。

《誰か》がドアを開けたら落ちるように。


スカーレットはくすくすと笑いながらそして、言った。



「素直な良い子ね。―――ネイト」


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