私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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23 墓守り

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ネイトは外を見て真っ青になった。

馬車は王都の、ある一角に停まっていた。

カーテンを開けた窓から見えるのは、平民の共同墓地だ。
平地にたくさんの墓石が並んでいる。

「……何故……ここに?」

ネイトは信じられないという顔をスカーレットに向け、震える声で言った。


「ここまで調べたのですか?私の心を抉って楽しいですか?!
そんなに面白いですか?
―――私と兄を育てるために貴族の愛人になった姉の話を私にするのはっ!」


一気に言ったネイトの身体がぐらりと揺れた。
隣に座るギルがそれを支える。

事故で亡くなった両親の葬儀の時の雨の冷たさ。
ほどなくして引っ越し、住むことになった小さな家の埃っぽさ。
毎日、二つ上の兄と遊び、姉が食事を持ってきてくれるのを待った日々。

そして―――少し大きくなって気づいたこと。
素知らぬふりをするしかなかった小さく無力な自分。

吐き気がしてネイトは手で口を押さえる。


スカーレットはそんなネイトを痛ましそうに見ていた。

「……やっぱり、そんなふうに思っていたのね。
ギルの報告からも。
前に私が昔の話をした時の貴方の反応からも、そうじゃないかと思っていたけれど」

「―――――」

ネイトは返事ができなかった。
きつく目を閉じめまいと吐き気が去るのを待つ。


ちょうどその時。
ネイトの前の席で、黙って窓の外を見ていたベスが「お嬢様」とスカーレットを呼んだ。

スカーレットは隣に座るベス越しに窓の外を確認すると、ネイトに声をかけた。


「ネイト。外を見て」


だがネイトは小さな子どものように全身を振るわせただけだ。
自分を支えているギルから離れようともがく。

しかしギルは離すどころか易々とネイトの動きを封じ、その顔を窓へ向けた。

ネイトはたまらず頭を下げ抵抗する。
スカーレットはそんなネイト前に跪き、彼の手に自分の手をのせ静かに言った。

「……ネイト。今、貴方のお姉様のお墓の前に人がいるの。見て」

「―――」

「覚えてる?貴方が育った家の、屋敷のご主人よ。
―――貴方のお姉様の《愛しい人》よ」

ネイトの手はぴく、と反応した。
スカーレットはそれを見逃さなかった。

両手でネイトの手を包むと、言った。

「顔を上げて。目を背けないで見て。―――ほら」

スカーレットの声と、彼女の手のあたたかさに励まされるようにして
ネイトはゆっくりと顔を上げていった。


平民の共同墓地だ。
窓から見えるのはたくさんの墓石。

整列するように並んでいるそれらの中のひとつ。
姉の墓石の前に人がいた。

背中を丸めて立っている男性だった。
平民の墓地だ。平民に見せているつもりなんだろう。服は平民の物だった。
けれど……遠目にも、一目で貴族だとわかる人だった。

ネイトは自分の記憶の中にあるその人との違いに戸惑った。

あんなに小さな人だっただろうか―――


「ああしてほとんど毎月、月命日に花を持って来てるそうだぞ」

「月……命日?」

ギルの声にネイトははっとした。

忘れていた。いや、気にもしていなかったが……今日は姉の月命日だった。
そしてよく見れば、確かに男性の手には花がある。

黙ったまま窓の外を見ているネイトに焦れたのか。
ギルは不貞腐れたように、ネイトの背中に向け言った。

「嘘じゃないからな。俺が墓守りの爺さんに聞いたんだから確かだ。
このくらいの時間に来るってことまで教えてもらった。
あたっていただろう?」

「―――――」


ふう、とスカーレットが息を吐いた。

「記憶力が良すぎるせいかしらね。
貴方は、嫌なことは見ようとしない。覚えていたくないから。そうでしょう?」

ネイトは言い当てられて何も言えなかった。

いつの間に移動したのか、ネイトの前に座っていたベスはギルの前にいる。
代わりに跪いていたスカーレットがネイトの前の席に座った。

窓の外を見て、そして言った。

「それはいい。でもこの事実からは目を背けないで。
ご主人は今でもこうして《愛しい人》――お姉様のお墓を訪ねている」

「……嘘だ……」と、知らず声にしたネイトにスカーレットが言った。

「《ここには知人の娘で、私の愛しい人が眠っているんです》」

「―――――」

「あの人に聞いた言葉よ。
あのご主人と貴方たちの関係は、私にはわからない。
知りたければ、当事者の貴方があのご主人に聞くといいわ。
けれどきっと、お姉様とご主人の関係は貴方が思うようなものじゃない」

「―――――」


「あの人、お嬢の結婚式の日に教会の外にいたんだよ」

ギルの声に、ネイトは振り向いた。

「え?」

「今と同じ下手な変装をしてな。で、俺は気になって見ていた。
教会から出てきたお嬢に何かされたらたまらないからな。
だけど、あの人が見ていたのは――お前だった」

「……私……?」

「それで気になって。お前とあの人の関係を調べた。
お前は《一応、お嬢の旦那》の執事だからな。
当時からあの屋敷にいる侍女に話を聞いた。
そうしたら、まあ……色々わかったんだが。
お前が最後、逃げるように家から消えていたと知った。
理由もその侍女の話から察せた、というわけだ」

「―――――」

言葉の出ないネイトに、
スカーレットが静かに語りかけた。

「ネイト。
あの人はお姉様を《愛しい人》と言い、ああして毎月お墓を訪れている。
それでも、確かにお姉様の気持ちがどうだったのかは、わからない。
だけど貴方は察せるはずよ。
思い出して。
お姉様はいつもどんな顔をしていたの?
辛そうだった?
それとも、笑っていた?」

「―――――」

どんな顔をしていた?

そう言われてもネイトには……わからなかった。

ネイトが幼い頃は笑顔だった。
それは覚えている。

けれど、
姉が……屋敷の主人の《愛人》なのだと……思ってからは。

ネイトは素知らぬふりをした。

姉の顔をろくに見なかったのだ。
その顔が辛そうなものだったり、疲れたようなものだったりするのが怖かったから。

ネイトがちゃんと覚えているのは姉の声だけだ。
その声は……そう。
いつも―――――穏やかで……優しかった。


握りしめた拳に涙が落ちる。

何故、素知らぬふりをしたのだろう。
今さら顔が見たいと思っても、もう遅い。

もう姉はいない。

どんなに顔が見たいと思っても
話したいと思っても叶わない。

姉が、たとえどんな思いでいたとしても
向き合えばよかったのに。


ネイトは涙を止められなかった。

ギルにまた、髪をぐしゃぐしゃにされた。

「それ、やめなさいと言っているでしょうギル」

スカーレットが言った。



その日は皆でマティアスの屋敷に帰宅した。

照れ臭かったがお礼を言わなければと「あの……」と切り出したネイトに
スカーレットも照れ臭そうに笑った。

「じゃあね、ネイト」

そう言ってネイトにお礼を言わせることなく、客間に入ってしまった。



そして次の日の朝、スカーレットはいつものように馬車で屋敷を出て

それきり、マティアスの屋敷には戻らなかった。


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