私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)

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番外編

03 出会いから スカーレットside

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一年前。
王都でも大きく有名な本屋でのこと。


「令嬢の読む本じゃないだろ」


領地経営に関する本を手にした私に投げつけられた言葉。
数人の子息たちの含み笑い。

悔しかった。
言い返したかった。

でも数人の貴族の子息たちだ。
相手の中にこちらより高い爵位の家の子息がいる可能性が高い。

私は言葉を呑み込み、本を抱えて立っていた。

次に何を言われるかと身構えていたが、何も言われなかった。
代わりに聞こえたのは「おい。まずいぞ、マティアスだ」と言った声。

面識は全くなかった。
名前も知らなかった。

けれど《マティアス》と呼ばれた彼が相当な高位貴族のご子息だということは
彼の服装と、そそくさと逃げるように去っていった子息たちの様子でわかった。

残された彼と目が合った。

彼は照れたように笑った。
私も思わず笑っていた。

自然に近づき、そして……話しをした。


とても驚いた。

最初は単に、私に話を合わせてくれているだけかと思った。
数人の子息たちに心ない言葉を投げつけられていた私をなぐさめるために。

でもすぐに違うとわかった。

私が購入し持っていた本を見る、輝いた瞳。
嬉々として話すその表情。

女性の私が、自分と対等に領地経営の話をするのを
彼は自然に受け入れ、ただ楽しんでいた。


こんな男性がいるなんて―――――


私は嬉しくてたまらなかった。
お父様ですら、初めは私が領地経営の話をすると困った顔になったのに。

いつまでも来ない私を心配して、ステイシーとベスがやってくるまで
私は彼との会話を楽しんでいた。



彼との会話はとても楽しかったけれど、
私は彼を探そうとは思わなかった。

彼が高位貴族のご子息であるのはわかっている。
私とは住む世界が違う彼のことを知っても……仕方がないのだから。


宝物のような思い出として。
私は彼とのことを胸にしまっておくことにした。



だから、それから一年後。
彼から結婚の申し込みがきた時は、信じられなかった。


彼はすでに彼のお父様から爵位を受け継ぎ、一人前の貴族となっていた。
婿養子になってもらうことはできない。

私は悩んでお父様に相談した。

お父様は笑って

「私に相談するということは、もう決めているんだろう?
言ったろう?ウチのことを気にする必要はない。
―――お受けしなさい。
おめでとう、スカーレット。幸せになるんだよ」

と言ってくれた。


「しかし、君にしては随分と早い決断だね。
何か理由があるのかい?」

―――お父様には敵わない……

続けて聞かれて、
私は一年前、彼と本屋で出会った時の話をした。

「ああ。社交も殆どしない、全く接点のないような我が娘のことを、どこでお知りになったのかと不思議に思っていたのだけど。
では彼は、君を探してくれたのかな」

―――探してくれた。

私と同じ考えを言って、お父様は笑った。
それは嬉しそうに、笑った。


その考えが間違っていたのだとわかったのは、彼の結婚の申し込みを受けてすぐのこと。

作物の病気が流行り、あっという間に国中に蔓延し。
急ぎ領地に赴いた彼からの、顔合わせができなくなってしまったことを詫びる手紙で知ったのだった。


―――はじめまして―――


手紙の書き出しに、その一文があった。

ああ……そうだったの。
私は笑ってしまった。

彼は一年前に本屋で会った私のことを覚えていて、
私を探して結婚を申し込んでくれたのではなかった。

単純に、私が結婚相手の《条件》に合ったから
結婚を申し込んできたに過ぎなかったのだ。

貴族らしく―――


笑いながら涙が溢れた。

自分はなんて、甘くておめでたい夢を見ていたのだろう。

私は、馬鹿な自分を笑った。


様子が変だと気づいた両親に問い詰められ、
私は仕方なく彼の手紙を見せ、真相を打ち明けた。

お母様は私を抱きしめてくれた。

私は情けなかった。

お母様はいつも微笑みを絶やさない。
けれどステイシーのことで、お母様がどれだけ心を痛めてきたか。
私は知っていた。

影で泣いていたことも知っていた。
その傷がようやく、ステイシーに幸せが訪れたことで癒えたところだったのに。

そのお母様の心を再び痛めるようなことを……私はしてしまったのだ。


「結婚はお断りしてもいいよ」と、お父様が言った。

私は目を見開いた。

一度受けてしまったのだ。
そんなことできるわけがない。

相手に非があったわけでもない。
なのに一度受けたものを、やはりお断りしますなどと言い出せばお父様の信用はガタ落ちだ。

訴えられるかもしれない。
貴族としてやっていけなくなってしまう。

けれど、お父様は平然と言った。

「スカーレット。私の望みは君の幸せなんだよ」と。



――「どうして女の子じゃだめなの?」――


小さい頃から何度もそう言って泣いてお父様を困らせた。
女の子だからお父様の跡を継げないと言われてからずっと。

お父様はそんな私に希望をくれた。

私の代わりに家を継ぐ養子を迎えなかった。
私に領地経営を教えてくれた。

婿養子を取って家を継ぐか。
どこか別の家に嫁ぎ、男の子が生まれたらお父様の養子にするか。
それとも、全く別の方法を考えるか。

強制しなかった。全て私に任せてくれたのだ。
私を実質的な後継者にしてくれた。


そしてその上で、私ひとりに責任を負わせないように言う。

もし私が領地を守りきれなくても
私が自分を責めなくて済むように言う。

繰り返し。


領主の交代なんてままあることだよ。
領民たちは逞しい。
どんな領主のもとでも上手くやるさ。
そう悲観しなくてもいい。
きっと大丈夫さ。


そう言って
私が、後継者と共に領地を守っていく日か
私が、領地を守りきれず手放す日か

どちらにせよ自分が領地経営から離れる《その日》に備え
それまで自分ができうる限りのことをして
自分がいなくなった後の領地を支えようとしている。


お父様にとっても領地は、領民は宝物なのだ。
その宝物を、私に任せてくれるほど、私を想ってくれている。
私の幸せを望んでくれている。


涙を堪えるのに必死だった。

お母様の心を痛め
お父様を苦しめた自分の甘さに嫌気がさした。

それでも


「いいえ。このまま彼と結婚します」


私は、言った。


考えを巡らせる。

彼は《条件に合う》から私に結婚を申し込んできた。

それは私を、家を調べたということだ。
なら、当然知っているのだろう。

我が家に跡継ぎがいないことも。
私に全く表には出ない妹、ステイシーがいることも。

夫の親族ならば妻の家の養子となり、妻の家の爵位と領地を継げる。
あわよくば手に入る我が家の爵位と領地が魅力だったのかもしれない。

彼は高位貴族の子息だ。
お父上に頼めばステイシーが表に出ない《理由》も簡単に調べられるに違いない。
ステイシーも……私に結婚を申し込んできた理由なのかもしれない。


彼がどんな《条件》を考えて私を選んだのかわからない。


お父様はそれらを心配して、「結婚はお断りしてもいい」と言ったのだ。
私も、それはいい判断だと思う。


それでも。
それでも、だ。


彼が本当はどんな《条件》に合うから私に結婚を申し込んできたのだとしても
彼が一年前の、本屋での出会いを忘れてしまっていても。

結婚の申し込み書にあった
《一緒に領地経営をしてもらいたい》という添え書き。


私は……彼を信じたかった。


「君が傷ついてしまうかもしれない」と、お父様が言った。


不安そうな表情で。

けれど私の顔を見て
お父様は少しだけ笑った。



「それでも君は彼を選ぶんだね?」


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