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番外編
04 結婚式まで スカーレットside
しおりを挟む顔合わせができなくなったことを詫びる彼の手紙の返事を、
私は書いた。
彼の身体を気遣う文と
顔合わせのことなど気にしなくて良いこと。
自分もこれから領地へ向かうこと。
そして
作物の病気をどうにか抑え込めないか。
領民が飢えないためには何をしたら良いか。
何が必要か。
次の作付けは?
同じ物を作るか、別の作物に切り替えるか。
どうするのが良いか。
また似たような病気が出た場合、今後の対策は?
できたら相談させて欲しいと。
はじめての手紙を送った時は、とても怖かった。
彼はどんな返事をくれるだろう。
一年前。私が本屋で知った彼は、ほんの少しだ。
もし彼が……私の思うような人物ではなかったら……
返事が来るまではとても長く感じた。苦しかった。
今でもあの時の心細さは忘れられない。
けれど、
待ち望んでいた彼からの返事は、私の苦しかった気持ちを鮮やかに変えた。
彼の手紙には
私からの手紙のお礼と、自分は大丈夫であること。
私の身体を気遣う文に、そして
私が相談させて欲しいと書いたこと、
ひとつひとつに対しての彼の考えが
そして私への質問が
それは丁寧に書かれていた。
暗闇の中、見えなくなっていた小さな光を
再び見つけた気分だった。
そんな手紙のやり取りを何度かしているうちに、
本屋での出会いを彼が覚えていないことなど、大したことではないと思えた。
出会っていたことは自分だけの秘密でもいい。
私の中の彼への疑心も、結婚への不安も、だんだんと消えていった。
本屋で語り合った時や、手紙のやり取りのように、
彼とは語り合える。
彼となら、きっと、なんでも話し合える。
そう思えた。
だから結婚したら彼に相談しようと思った。
―――我が家の後継者をどうするか。
私の実子。
養子。
それとも……お父様がいうように、諦めるか。
本当は自分がお父様の跡を継ぎたいのだと打ち明けようと思っていた。
そうしたら彼は
女性でも爵位と領地を持てるように。
国王陛下に法の改正をお願いしようと言ってくれるかもしれない。
そう思った。
そんなこと無理よ、と思う反面
やはりどうしても期待する気持ちは止められなかった。
彼には―――いいえ。
高位貴族である彼の実家には、その力があったから―――――
お父様に話したら、お父様に窘められた。
お父様は言った。
スカーレット。
自分の幸せを考えなさい。
彼が《高位貴族の子息》だということに期待する気持ちはわからないではない。
だがその期待は君の目を曇らせる。彼を見えなくする。
―――君は《彼》を選んだんだ―――
だから僕は彼とのことは何も言わない。
彼に夢を話すかどうか。
それは君の思うようにすれば良いことだ。
だが、彼が《高位貴族の子息だから》話すと言うのならやめなさい。
君が選んだのは《彼》だ。
《高位貴族の子息》ではないだろう?
忘れてはいけないよ。
君は《彼を》選んだんだ。
私は頷くしかなかった。
その通りだった。
女性でも爵位と領地を持てるように。
国王陛下に法の改正をお願いする。
私の夢を彼に話せば、
国王陛下に法の改正をお願いしようと言ってくれるかもしれない。
《高位貴族の息子なのだから》私の夢を叶えてくれるかもしれない。
それは私の勝手な期待だ。
彼の背後――高位貴族である彼の実家への自分勝手な期待。
《彼》に向けるべきではない期待。
私が《彼を》選んだのは、彼が私を嗤うような人ではないから。
女性の私が、自分と対等に領地経営の話をするのを自然に受け入れてくれる人だからだ。
私の夢を実現できそうな《高位貴族の息子だから》じゃあ、ない。
夢を実現する為に
彼を利用する為に結婚するわけじゃあ、ない。
それでも彼の実家の力に期待する気持ちを捨てるのは難しかったけれど。
私はそれを心の奥にしまった。
厳重に。
作物の病気の流行から領地を領民を守るのに一年かかった。
私がお父様と二人、ようやく王都の屋敷に戻れたのは
結婚式の直前だった。
それからも後処理で駆け回る日々。
それは彼の方も同じで、私たちは顔を合わせないまま結婚式の日を迎えることになった。
残念だけれど、仕方がないと諦めていたのに。
留守にしていたある日。
彼が花束を持って私を訪ねて来てくれたことをステイシーから聞いた。
会えるかどうかもわからないのに足を運んでくれたのだ。
私は嬉しかった。
心配していたステイシーとの対面は。
……どうやらステイシーの美しさに見惚れ、呆然としていただけだったらしい。
そういえば、本屋で出会った時も本に夢中になっていた。
彼は夢中になると他が見えなくなるのかもしれない。
呆然としている彼の様子が目に浮かんで、私は笑った。
彼の花束を、ステイシーから受け取った。
誰かから花束をもらうなんて生まれて初めてだった。
ステイシーに羨ましがられ、お父様とお母様からは笑顔を向けられた。
「すぐにお礼の手紙を差し上げなければね」と、お母様が微笑み
「そうだね。スカーレット。なんて書くんだい?」と、お父様が言った。
私は花束の香りに包まれながら考えて
おそらく結婚式の前、最後となる手紙の文章を考えて言葉にした。
「先程、花束を受け取りました。
留守にしていて申し訳ありませんでした。
結婚式で再びお会いできるのを楽しみにしています」
再び……お会いできるのを―――
ほんの小さなヒントだ。
気づいてくれなくても別に構わない。
気づいてくれなければ、私が告げればいいだけのこと。
私たちは本屋で会っていたのよ、と。
そして彼が思い出してくれたなら、二人で笑い合いたい。
思い出してくれなければちょっと拗ねてしまうかもしれないけれど。
私の意図に気づいたのだろう。
お父様もお母様も、ステイシーも笑った。
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