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番外編
11ー1 マティアスエンド 最終話 共に ※ネイトside
しおりを挟む「今、なんと?」
「今日の会議で《女性にも爵位と領地を持つ権利》が認められることになるだろうと」
「正式に、法が改正されると言うことですか?」
「そうだ。ようやく君の夢が叶う日がきた」
スカーレット様は息を呑んだ。
エントランスホールでの、主人マティアス様が王宮へ向かう前のやり取り。
見送りに出ていた私をはじめ、数人の使用人たちも一同に息を呑み、そして次にそれぞれ祝いの言葉を述べた。
屋敷の主人マティアス様が国王陛下に進言し、手を尽くしてきたその法改正は
女主人スカーレット様の長年の夢でもある。
だが
皆に祝いの声をかけられたというのにスカーレット様の反応は今ひとつだった。
瞬きも忘れ呆けているように見える。
「どうした?」
マティアス様が訝しんで声をかけると、スカーレット様はようやく気づいたようにはっとし、胸に手をあてた。
「いえ。なんだか……ふわふわと実感がなくて。不思議な感じです。変ですよね。
昔は、夢が叶う日がきたら飛び上がって喜ぼうと思っていたのですが」
「駄目だ。飛び上がるのはやめてくれ」
スカーレット様はようやく微笑んだ。
「はい。
でも。嬉しいです。本当に。こんな日が来るなんて。
……ありがとうございます、あなた」
「こちらこそ、礼を言わなければ。
この件で、私にはドゥーシュ卿やサリラウラ卿をはじめ素晴らしい友人たちができた。
初めて父上にも褒められた。
君の支えがあったからこそだ。ありがとう」
マティアス様もまた笑顔になり、お二人は笑い合った。
お二人の、こんな様子が見られる日が来るとは。
ひとり感慨にふける。
「それで。今日は遅くなるかもしれない。
皆が祝杯をあげたがっていてね」
マティアス様の言葉に、スカーレット様がすかさず反応した。
「――できたら私も皆様に会い感謝をお伝えしたいのですが」
「君ならそう言うと思ったが駄目だ。
スカーレット。皆には私から君の気持ちを伝えておく。
だから屋敷にいてくれ」
「そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ。
悪阻も落ち着きましたし、お医者様も――」
「――駄目だ」
主人夫妻のやり取りに侍女がなんとも微妙な顔になった。
仕方なく私が間に入ることにする。
「奥様。ここは旦那様の言われる通り屋敷で過ごされてはどうですか?
少しでも奥様に何かあれば気の毒です。お医者様が」
「ネイト」
スカーレット様は私を見て――くすりと笑った。
何か言っておきたい時の笑い方だ。
そして頬に手をあて頷いた。
「そうね。ヴィグラスを産んだ時の旦那様は酷かったもの」
マティアス様が慌てて言った。
「それはっ。……すまなかったと思っている。
だが、君がずっと苦しんでいたのに医者はただ見ているだけだったので……」
「出産とはそういったものだとお義母様から聞いていらしたではないですか。
困った方。あの日は久しぶりにあなたの大声を聞きました」
主人夫妻の第一子――ヴィグラス様が生まれた日のマティアス様を思い出す。
食事も執務も何も手につかず、誰が何を言っても聞こえていないようだった。
そして医者に向け叫んだのだ。
「《妻がこんなに長く苦しんでいるのだぞ!早くなんとかしてくれ!
医者だろう!》でしたね」
私の言葉にスカーレット様は満足そうに頷いた。
「そうよ。
あの後、お医者様は謝罪をしたあなたを笑って許してくださいましたけど。
謝罪をし、許されたから良いというものではありませんよ?
まあおかげで私はものすごく冷静になれましたけど。
今度は落ち着いてくださいね」
「……努力する」
「旦那様は奥様のこととなると我を忘れるようですからね」
加勢すると、マティアス様の肩が下がった。
「……気をつける」
ふふ、とスカーレット様が笑った。
「そういえばヴィグラスは、眠っているのか?」
気まずくなったのだろう。
マティアス様が見回すようにして聞けばスカーレット様が答えた。
「いえ、散歩中です。ぐずっていたのでベスが庭に。
ピクシーに会いに行ったのでしょう。ギルも一緒です」
「ヴィグラスはピクシーが好きだからな」
「屋敷の者は皆、好きなようですよ。
父親のネロに似て、何もしないのに好かれるようですね」
「なら、ヴィグラスの顔を見てから王宮に向かおう」
「あ、でしたら私も」
「いや。何かあったら大変だ。君はここで――」
「――庭ですよ?平気です」
「しかし」
―――まったく。このお二人は。
私はため息を吐きたいのを堪え言った。
「旦那様。察してください。
奥様は旦那様と一緒に行きたいと言われているのです」
スカーレット様が顔をこちらに向けた。
図星だったからだろう。
少し赤くなった顔で、怒ったように言った。
「……言うようになったじゃないの、ネイト」
ええ、貴女に嫌というほど教わりましたからね。
それはもう、心がいっぱいになるくらいに―――――
少し痛む胸を押さえながら
それでもその明るい表情を見ていられる幸せを噛みしめて。
開いたドアへと
私は笑顔で主人夫妻を促した。
「さあ、いきましょうか」
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