花住み人

ぴー

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出会い

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俺が初めて、彼女の舞台を観たのは、4年前だった。
彼女は当時、3番手になったばかりでヒロインに想いを寄せる男性の役だった。
劇団内で、とりわけビジュアルが優れていた彼女は、「美形男役」として売り出されていた。

そんな彼女が、一途に片想いを続ける役をしたので、この作品は彼女の人気を確固たるものにしたという。
ヒロインを見つめて、端正な顔がいつでも苦しそうに歪んでいる、そんな芝居が印象的だった。
最後にヒロインを庇って命を落とすのだが、死に際に歌いだしたときに、俺は息が出来なくなるほど、彼女の歌と芝居に魅せられた。
涙が頬を濡らし、歌詞は涙を含んでより一層儚い。想いが痛切に伝わる、そんな芝居だった。
彼女が命を削って歌うたびに、客席からもすすり泣く声が聞こえた。

出番はそんなに多くは無かったが、彼女が舞台に残した余韻は、主役に引けを取らないほどのものだった。
俺は彼女の舞台姿が頭から離れなくて、終演後も座席から立ち上がれずにいた。
あの衝撃は、今でも鮮明に覚えている。

俺の仕事は振付師で、アイドルグループや、ミュージカルの振付けを担当している。
仕事に私情は持ち込まない、それが仕事における俺のルールだった。
今まで、数多くのアイドルと仕事に関わってきた。
格好良く踊れると素敵に見えるものなのだろうか、振付師はモテないこともない。
振付けに関わったアイドルや舞台女優に、告白されることも少なくなかったが、一度も関係を持ったことがなかった。

そんな風に真摯に職務を全うしていた4年前、花蘭の団員に振付けをすることを依頼された。
それで、依頼を引き受けるか否かを決めるため、チケットを手配してもらい観劇したのだった。
こういう形で舞台観劇をするのは、よくあることだった。
それが、茉由花…いや、男役「楓 柊花(かえで しゅうか)」との出会いだった。


「如何でしょうか?」
劇団の上層部に、振付を担当してもらえるかと聞かれたとき、俺は即答した。

「やらせてください。」

楓柊花に振付をしたいとは、恐れ多くて口にできなかった。
ただ彼女が属する花蘭に、俺も何か出来ることがあるのなら、と必死だった。

振付を担当することが決まったその日、半ば夢心地で劇団の廊下を歩いていると、後ろから良く通る声がした。

「あの!新しい振付の先生ですよね!?」

俺のことを言ってるよな?と、振り返る。
初めて話すやつに、後ろから声をかけるなんて中々度胸があるなと思いながら。

振り返った俺は、小さくあっと声を漏らした。
ジャージ姿とはいえ、その人間離れしたスタイルとオーラはまるで隠せていない。

劇団で初めて俺が話した団員は、

俺の心を鷲掴みにした、あの楓柊花だった。

「MASA先生ですよね?」
「はい。あなたはもしかして楓さん?」

俺とタメか少し下の年齢に見える彼女に、タメ語で話すか迷った。
ここでは振りを教える「先生」になるわけだし、タメ語でいいかな、とも思ったが、非常識だと思われるのは嫌だった。
「ご存知なんですか?嬉しい!楓柊花です。」

俺の小さな動揺を、吹き飛ばすように楓柊花はそう言って笑った。
舞台で見た屈折した表情とはまるで違う、朗らかで可愛らしい、まるで少女のような笑みだった。

「ええ。先ほど観劇をしまして。覚えました。」

カタコトになっている自覚はあった。
言葉が詰まって出てこない。
頭が真っ白になって、ただ目の前にいる彼女に俺は圧倒されていた。
もともと人と話すよりも、踊りで感情を伝えることが好きだったせいだ。
楓柊花の舞台のどこに感動したか伝えれば良いのに、良い言葉が見つからない。結局口を噤んでしまった。

「舞台、ご覧になったんですか?」

驚いたように目を見開いたと思ったら、眉を下げて満面の笑みを浮かべた。
コロコロ表情が変わる人だなあと思った。瞳の奥がキラキラしていて、
これがスターなんだと思った。これまで沢山の芸能人と仕事をしてきたが、彼女の内側から溢れ出るパワーは、その場にいるすべての人を、一瞬で引きつける強さがあった。

「ええ、振付の依頼を受けたので。」
あなたの舞台に魅せられたので引き受けました、とは言えなかった。

「私、ダンスがめちゃくちゃ大好きで。だから、新しく外部の振付師を呼んだって聞いて舞い上がってたんです。その方が今日劇団にいらっしゃるって聞いてたから、団員の中で一番に声掛けようって意気込んでて。お会い出来たら、速攻でみんなに自慢しようって。それで、この辺、ウロチョロしていたんです。ほんと子供みたいですよね、やってることが。」

彼女は、興奮気味にまくし立てた。彼女の飾らない話し方と、パッと明るい笑顔を見ていたら、だんだんと緊張もほぐれてきた。

「じゃあ、これは待ち伏せですね。おかげで、あなたのことは完全に覚えました。」

彼女の饒舌さに俺は気分を良くして、砕けたトーンで言葉を返す。

「よっしゃあ。最初のインパクトって大事ですからね。」

俺の言葉に、もっと砕けたトーンで返す彼女。
見た目の華やかさとは裏腹に、とても気さくで、そして人に変な緊張感を与えない、人間らしい団員だった。
いや、彼女だけでなく、女の園で生き抜くここの団員たちは皆、人との関わり方を無意識に習得しているのかもしれない。

「あ、いけない。もう稽古が始まっちゃう。先生。先生の振付、楽しみにしてます。次は稽古場で!スパルタでお願いしますねっ」

廊下にあった時計に視線をやって、少し慌てた彼女が早口で言った。慌てて俺の横を通りすぎる彼女からは、男役が使う男性物の香水の香りがした。




俺が初めて劇団で振付をしたのは、柊花と会話をした一週間後だった。
担当したのは、芝居の中のダンスの一場面で、団員の半分程度の人数が総踊りする場面だった。
ストーリーのあるダンス、且つ愛をテーマにしてほしいと演出家に頼まれていた。
花蘭は「愛」をテーマにした舞台が多いと思っていたし、俺自身も愛をテーマにした振付をするのが好きだったから、その依頼をすんなりと受けることができた。

「この場面は男役、女役1人ずつをメインにしますが、キャストはまだ決定していません。第一候補は楓柊花と月羽ひまり。2人ともダンサーなので、クオリティ重視のファンが多いです。難易度の高い振付でも彼女たちなら、踊れると思いますが。」

演出家の小島浩一は、50代くらいの物静かな人だった。
威圧感があるわけでも無く、ユーモアがあるわけでもなく、そして好印象でも悪印象でもない。
あまり印象がない、そんな第一印象だった。
だが、ひとたび舞台の話となると、うちに秘めた情熱が溢れ出してくる感じがした。
稀にいるのだ、大抵の大人が忘れ去ってしまう青春時代を未だに謳歌し、仕事に命を懸ける人間が。
そういう人と、ああだこうだと言いながら作品を作るときが、振付師として至福の時間だ。

「ひとまず、2人に会わせてくれませんか?どんな踊りを踊るか見たいのです」

小島さんはほんの少し目尻を下げて頷き、それから俺をダンス教室に案内してくれた。
いつの間に呼んだのか、もうすでに楓柊花と、そして恐らく、月羽ひまりと思われる娘役が、ストレッチをしながら俺たちを待っていた。

「宜しくお願いします!」

2人が礼儀正しく頭を下げるから、俺も慌てて頭を下げた。
廊下で話したときと柊花の雰囲気がまるで違っていて、少し戸惑った。
これが仕事モードの楓柊花なのだなと俺も背筋が伸びる感覚があった。

「まずは、貴方達がどんな踊りを得意とするか、踊りにどんな特徴があるのか知りたいので、即興で踊ってもらえる?」
「デュエットですか?」

柊花が真剣な表情で尋ねる。

「いや、どちらでも良いよ。2人はどちらが得意?」
「前回、2人でデュエットダンスした場面があったから…その振りを踊ってみる?」

柊花がひまりに提案し、ひまりは「はい」と返事した。ひまりの方が年下らしい。
柊花がひまりの手を取る。
柊花がひまりの目を見つめ、その目をひまりが見つめ返す。
そこには、2人以外の誰も踏み込むことの出来ない特別で神聖な空気があった。
まだ振りは始まっていないのに。
すごいものが見られる、そんな予感が体中を駆け巡った。

それから、2人は予想通り水を得た魚のように踊り始めた。
曲は流れていないし、衣装だって着ていないが、2人の間には確かなメロディと衣装、舞台セットがあった。
ひまりが苦しげな表情で舞い踊り、力尽きたように倒れこんだ…と思えばそれを柊花が抱き起こす。
柊花が、ひまりの周りを舞うと、ひまりの表情にだんだんと輝きが戻っていく。
やがて互いの手を取り合い、互いを求めあうように絡み合い踊り狂う。
コンテンポラリーともいえる地を這うようなダンスだった。
特に、柊花に関しては男性のような身のこなしを軽々としてみせる。
かと思えば、女性にしか表現できないような柔らかさで、繊細な心の動きを表現してみせる。
迫力と危うさを織り交ぜながら、観るものを舞の世界に誘う、その圧倒的な力には目を見張るものがあった。
逸材かもしれないと俺の心は弾んだ。

2人が踊り終えた時、俺は振付師という立場を忘れ、ただの観客として拍手を送っていた。

「ぜひ、振付をさせてください。」

俺は小島さんに頭を下げた。

「お気に召しましたか?どうぞ、難しい振りでもなんでも、遠慮なく。」

そう言って、小島さんも頭を下げた。




俺は柊花以外の団員にも振付をしていたし、柊花自身も稽古や取材等に追われていたから、振付の日と、振固めの日以外に、彼女と言葉を交わすことはほとんど無かった。
だが、通し稽古の日に、柊花とひまりが俺の振りを踊ったとき、俺は時が経つのを忘れてその姿を追っていた。
瞬きすらも忘れていたような気がする。

いつからか分からないが、俺は楓柊花という存在を常に意識するようになっていた。
舞台で初めて彼女の姿を見た時から、心に迫るものがあったが、目の前でダンスを踊る姿を見て、その才能に圧倒され、そして強く惹かれたのだ。
自分もダンスを仕事の軸に定めているが故、ダンスに関しては厳しい目を持っているつもりだ。
数多のダンサーと仕事をして「いい動きだ。」「うまいな。」くらいの人には何度か出会ったが、語彙を無くして拍手を送ることしか出来ない、そんな経験は今まで無かった。
楓柊花以外には。

彼女が稽古場の隅で、一人黙々と振りを確認する姿を見る度に、俺は自分の鼓動が早まるのを感じた。
彼女が俺の振りを、舞台で踊る姿を早く見たいと強く思った。

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