確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない42

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 その日はスピカが夜勤に出る日だった。
 ヒカリはセイリオスにこういったものはないだろうかと話し、スピカと二人で、ああでもないこうでもないと楽しくおしゃべりをして、ヒカリがスピカのお見送りをして、セイリオスは食後の後片付けをしていた。
 ヒカリにもできるところまで手伝ってもらってあとはいつもの自由時間だ。


 片付けが終わった後にふと静かだと思って居間に戻るとソファの上で首をカクンカクンと動かし、ムニャムニャと口を動かすヒカリがいた。

 寝てしまったのかと思い、しばらく傍でヒカリを眺めていたが、どうやら起きそうにない。
 むしろ隣に座るセイリオスにゴチンッと頭をぶつけてきた。


「……これでも起きないのか? おーい、痛くないかぁ?」

 声を掛けてみるが、そのままズルズル下に滑り落ちそうになるのでそっと腕を差し込んで支える。

「上で寝るか?」


 小さな声で聞いてみる。
 聞いても返事が来ないことなど分かっているが、寝ているヒカリに声を掛けるのは癖みたいになっている。
 ついつい起きるかもと思うが声を掛けずにはいられないのだ。すると、ヒカリが。

「ふへっ」


 と何とも妙な音を出して笑う。
 これはもう夢の中で何かいいことがあったに違いない。夢の続きを見られるように、起こさないように慎重に抱きかかえると、セイリオスはヒカリを部屋へと連れて行った。






 寝つきの良くないセイリオスがようやく寝始めたころ、扉をノックする音が聞こえた気がした。
 そのまま起きないとトントントントントンと立て続けにノックの音が聞こえた。空耳じゃなかったのかと起き上がり扉を開けた。


「……おはよう、ちなみに今俺は寝ようとしてたんだが、何か用か?」
「オハヨウ。」

 扉を開けると尻尾をピンっと立てた動物型で、セイリオスを押していく。


 押して押してヒカリの部屋の前まで連れてきた。

「あのな、お前は声出せるだろ? 説明しろ。なんだ?」
「ヒカリ、ウーウー、うーん? うーん? ズット。主、トントンシテ」

「OK、そういうことならいつでも言いにこい」


 ノックをするが返事がない。

 動物型はヒカリの隣の部屋なので異変に気づきやすいのかと思ったが、どうやら一緒に寝ていたようだった。
 なぜなら、ヒカリの横に枕がひとつ増えていた。


「お前、一緒に寝てたの?」

 すると、動物型がセイリオスの手を引いてヒカリの側まで連れていく。オルゴールの音が小さく聞こえる部屋で。



 彼の枕が濡れていた。

 ソファの上では楽しそうな夢を見ていたのに。
 どうしたことだろう。ピョンッと跳び跳ねた動物型が慣れた動作でヒカリの隣に寝転がる。そうしてヒカリの頭を尻尾でポフポフする。お腹を小さな手でポンポンする。


 しかし、ヒカリの眉間によった皺は戻らない。


 起き上がった動物型は手のひらを上にあげやれやれと首を振る。
 全く手の掛かるお子ちゃまだぜと言うような顔でセイリオスを見る。
 またしても跳び跳ねセイリオスの隣にやって来ると手のひらをちょいちょいとする。

 顔を近づけると小さな声でヘタクソな真似をする。

「うーんうーん、ポンポン、オンガク、ダメー。うーんうーんセイリオスー、イッテル。主ヨンデル。主、ネンネ。オヤスミー」

 動物型はセイリオスをヒカリの横まで押しやると、一仕事終えたぜと言うようにかいてもいない額の汗を拭って去っていった。



「いや、なにも解決してないんだが、っ」

 一人で突っ込んでいるとヒカリが枕を抱き締めながら小さな声を出して魘され始めた。


「うー、っ、は、は、ハナシテッ」

 すぐにベッドの横にしゃがみこんで額の汗をぬぐう。

「ヒカリ、ヒカリ? 聞こえるか? どうした?」
「あー、いぃやあ、だ、ようぅー」

  
 声が届くように、もう少し顔を近づける。

「ヒカリ、泣くな。泣くな。泣かないでくれ」
「あっ、セイリオス? セイリオスこっちきて。こわいよー」
「ここにいるからな」
「こっちきてー、どこにいるのー? あぁ、やめて」

 抱き締めていた枕を手放し、宙に手をさ迷わせ始めた。
 思わずその手を掴む。しかし、ヒカリは落ち着かないようでいつにはない力でセイリオスにしがみつき始めた。


「いかないで、いかないで。ここにいて?」
「いるから。こら、よじ登ると危ないだ、ろ? わかったわかったから」

 必死にセイリオスを離さんとしがみついて、首もとに顔を埋めるヒカリを抱き上げる。
 その重さを腕に感じる。
 そのまま縦抱きにして背中をポンポンすると、落ち着いたのか鼻をずびずび啜っているだけになった。

 少し外の風を浴びに玄関から外へ出る。
 鼻唄を歌いながら体を揺らしているとずびずびがスピスピになった。

「ヒカリー? もう怖くないか? 大丈夫か?」



 ヒカリはフンとかスンとか返事っぽい音を出したので、頭を一なでして家に入る。

 そこでふと、安眠できるラベンダーの香りの匂袋を、昔、タウに貰ったことを思いだしヒカリを抱き上げたまま自分の寝室へ入る。

 なかなか見つからず机の中をガサゴソ漁っていると、本格的にヒカリが寝始めてしまった。
 くーくーと寝息をたてている。
 ヒカリを一度ベッドの上に寝かせて、それから匂袋を探そうとゆっくりベッドの上に横たえた。

 腕を慎重に離し、ヒカリの髪の毛がセイリオスのベッドにふわりと広がる。首の下の手をどけようとした時だった。


「うぇっ、ぇ、セイリオス? あ、まって、いかやいで、いやぁらよぅ」

 突然火がついたように泣き始めてしまった。
 ポロポロこぼれる涙に、胸が苦しくなる。あの頃に戻ってしまったかのようなベッドに拘束されるヒカリが瞼の裏に甦る。


「どこにも行ってない。行ってないから、な? 」


 離した手をまたもとに戻す。
 ヒカリは逃がさないかのようにその腕を枕にして、自分の口でハムハムと食べ始めた。


「こら、だめだ、食べ物じゃないから。やめなさい」

 注意するとガジガジに代わったヒカリの口が、セイリオスの腕をヨダレと涙でべちょべちょにしはじめた。

「うわぁーお、これは、ちょっと、お手上げだなぁ。スピカがいたら……。いないもんは仕方ないか。はいはい、もうどこにもいかないから、寝なさい。ほら、唄、歌ってやるから」

 セイリオスはそのままヒカリの隣に寝転ぶ。
 唄を歌い始めるとヒカリが身を寄せてすっぽりとセイリオスの腕の中に収まってしまった。ヒカリの向こう側にあるタオルケットを引っ張り、二人の上に被せるとヒカリがその腕も捕まえてしまった。

「おーおー、ま、いいか。寝てるときぐらい誰にも気兼ねせず、寝りゃ良いな。ただし、そのままだと俺もきついんだけどな」

 セイリオスはぎこちない仕草でヒカリに触れていたが、ガジガジするヒカリを見ていたらなんだか吹っ切れてしまって腕を思いきり動かしてヒカリを抱きかかえる。



「この方が俺も寝やすい。オヤスミ、ヒカリ」


 ヒカリが一言。




「ふへっ」

  





「く、くくく、さっきからなんなんだよ。そのふへっは。どんな夢見てるんだ?ふ、ふふ。だめだ」

 笑いを我慢しようとすればするほど、可笑しくなって体が震えてしまう。
 ダメだ、ダメだ。セイリオス。お前が笑うとヒカリが起きちゃうだろうがと自分を叱咤激励する。 
 そんな自分と戦っていると、眠そうな声が聞こえた。

「何が、そんなに、おかしぃーの?」


 目が覚めたヒカリがゆるりと口角をあげて、セイリオスを見つめていた。


「す、すまん。起こすつもりはなかったんだ。ヒカリが」
「あ、あれ? ここ、セイリオスの部屋? あれ、僕、なんで一緒に寝てるの?」
「あ、あぁ、その、動物型がな……」


 ヒカリが大人しくセイリオスの腕のなかで見あげてくる。


「なぁ、嫌な夢見るのか?」
「あ、うー、うん。最近は全然見てなかたけど」

「そうか、怖い夢か?」
「は、恥ずかしいよね? へへ。僕、お兄ちゃんなのにね」
「俺は別に兄貴が怖い夢見て泣いてても、恥ずかしいと思わないな。その方が俺も怖いことがあるって話しやすいし」
「えっ、セイリオス。おにーちゃんいるの?」

「ん、まぁな」
「そっかぁ。セイリオス、弟なんだね。いっしょー」

 眠そうなヒカリの頭をグリグリ擦る。

「だから、な、もし、ヒカリが良かったらなんだけど」
「ん、なぁに?」
「……また、魘されたり、嫌な夢見たら、一緒に寝ないか?」

 ヒカリがパチパチ瞬きをする。
 つられてセイリオスもパチパチする。断られるかと身構える。自立しようとしてる少年に言うことではなかったか。過保護が過ぎただろうか。


「え、いいの?」


 ヒカリはなぜかその目にワクワクした光を携えてセイリオスの腕枕にグリグリする。
 小声であれ、これ、セイリオスの腕じゃんと言っている。今更気づいたのか。


「僕ね、家族で、たまに、一緒に寝るの。好きだたの。布団、並べてね? お泊まりとか、すごく、好きなの。 だから、うれしぃの」
「そうか、家族か」

「あ、でも、スピカには秘密ね。スピカ、寝てない知ると、仕事が、ふぁ、てにつ、かなく、なるかもでしょ?」

「そうかな」
「うん、そうだよ。僕も、二人が寝れないなったら、さ、しんぱ、い」
「わかった、言わないから。もう寝よう」
「うん、おやすみぃ」

 限界だったヒカリが目を閉じると、すぐにスースーと気持ち良さそうな寝息をたてる。
 寝入ったヒカリから、こっそり腕を外し、セイリオスの枕を宛がう。濡れて涙とヨダレにまみれた腕枕は衛生的にはよくないだろう。

 ヒカリはすぐにスンスンと枕を嗅ぐので、動物型みたいだなと思ったところで自分も睡魔に負けてしまった。







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