確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない46

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「おっ、おかえりー。ちょっとおそかったなぁー」

 キッチンから顔を出したのはお玉を片手に持ったままのスピカだ。


「え、あ、あれ? スピカ今日は一日、いないって」

 今日のスピカは一日仕事と伺っていたのだが、予定表を見間違ったのだろうかと玄関横に張り出されているカレンダーを見てみる。
 しかし見間違いではない。どういうことかとスピカを振り返る。

「あー、今日はさ、スタンが夜勤を変わってくれたんだ」
「そうなの?」

 突然の予定変更にヒカリは驚いたが嫌ではない。
 むしろ嬉しくて、早くあのおいしいスープを皆で食べたいなと気持ちが急いてしまう。お風呂もいつもより早めに出てしまったし、準備も焦ってしまいそうになるのを抑えた。





 あのスープは食欲が増してしまう効果でもあるのか、実際あるのだが、いつも食べすぎてしまう傾向にある。
 食べ過ぎてお腹がいっぱいなので、眠くなるのも早い。
 今日あったことを話したり聞いたりしていたらスピカがそう言えばと廊下へ出ていった。
 セイリオスもキッチンの後片付けをしに行ってしまい、待っている間にウトウトと睡魔がやってきた。



「これって、だれの?」
「え? これって……」

 振り返ったヒカリが見たものは、大きな新品のマットレスを抱えたスピカだった。
 それを見てヒカリの表情が様々なものに変化する。
 最終的には真っ赤になって目をつぶってしまった。恥ずかしいと申し訳ないとちょっとの恐怖が、ヒカリの中で走り抜ける。


「早めに家についたら配達員がもってきててさ」

 あのマットレスはヒカリの部屋のベッド用だ。
 おねしょをしてしまったマットレスが、丸型によって修復不可能になってしまったため、セイリオスが注文してくれたのだ。

 しまった! 今日届く予定だったのか。


「あ、あのね、それ、ヒカリのへやのだから、ありがとう」


 受け取ろうとソファから降りてスピカのもとへと足を運ぶ。
 丸められているマットレスを掴もうとしたら手のひらからすり抜けた。

「え、ベッドで何かあったのか?」
「あ、ちょと、汚しちゃって」
「ドウブツガタハナンニモシラナイ」


 聞いてもいないのにいつのまにか現れた動物型が、スピカの後ろを通りすぎるときにしれーっと言い放つ。

「でも、ちょっとした汚れなら軽く洗えばとれるだろ。どこにあるの。それ」
「えと、そのね」
「マルイノガコワシター」

 ヒカリは急いで動物型の口を塞ぐ。
 動物型には内緒にしてほしいと口を酸っぱくして、お願いしたところ聞いてくれたと思ったのだが。
 だめかも。


 実際は丸いのは命令通りに汚れを一切合切落とそうとしたのだ。ミクロレベルで。
 如何せんおむつの汚れを取るように、丸いのの有らん限りの握力で洗ってしまったがゆえに、ぼこぼこのなみなみのべろべろになってしまっただけなのだ。

 ヒカリはそのマットレスで構わないと言ったのだが、スピカはすぐ気づくよとセイリオスに言われて新しいマットレスを買った。マットレスってきっとお高いと思うのだが、とドキドキした。

 だから、丸いのは悪くない。
 衛生的に綺麗にしろと命令されているだけなのだから。



 しかし、スピカは眉間に皺を寄せた。

「丸いのが壊したの? そんな力の調整もできないものを稼働させとくのは危ないな」
「違う! 丸いのは悪くない! 僕が、僕が悪いから! そんなこと、スピカが言わないで」

 突然、いつになく怖い声でスピカが怖いことを言い始めたのでヒカリは慌てて止めにはいる。
 丸いのがいなくなってしまうのも嫌だし、スピカがそんなことを言うのも何となく嫌だ。
 そう言い募るヒカリにスピカはまだ、眉間に皺を寄せたまま、訊ねる。

「ヒカリが悪いのか? どうして?」


 まっすぐ見つめるスピカが少し怖く感じる。
 どうして怖いのか、その理由ははっきりしている。

 スピカ、怒ってる?


 怖くて少し震えてしまう。でもヒカリは自分の目をしっかり開いてスピカを見上げる。


「ぼくが、寝ていて、トイレが上手にできなかったから。丸いのが洗って、くれたんだ。だから、丸いのは、悪くない、の。僕が、悪いの。ごめっう」
「もう一回、聞くぞー」

 ヒカリがしっかり謝ろうとしたところで。スピカがヒカリをぎゅっと抱きしめた。

「なぁ、ヒカリが悪いのか?」
「え? だって汚しちゃったから」
「何で? ヒカリはトイレを失敗した人の事怒るのか? 叱るのか?」
「でも、僕はもう『高校生』で、『灯のお兄ちゃん』で、だから」
「コーコーセーも、トモノォニチャンも俺にはよく分からないけど、わざと困らせるためにトイレを失敗したのか? ヒカリは?」

「わざとなんか、しない、です」


 顔が見えないので声色だけだけど、やっぱり何か怒っている気がする。
 身動ぐとスピカがようやくヒカリの体を離した。スピカの赤く燃える目がヒカリを見ている。ヒカリもただ呆けたようにその眼を見ていた。


「……はぁ、またあとで聞くから、よーく考えて。よっし歯磨きいくぞー」




 何故かスピカはため息をついてヒカリを廊下へと連れ立った。
 洗面所で歯をシャコシャコ磨いていると気持ちが少し落ち着いた。よく考えてって何を考えるのかな。汚しちゃったら腹が立つだろうし、高校生はおねしょなんかしないし、実際兄ちゃんはおねしょなんかしなかった。
 どこをどう謝ったら許してくれるんだろう。





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