確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない47

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 この家に厄介になり始めてから鏡を見ながら歯を磨く習慣ができた。
日本にいたころは眠いなぁと思いながらキッチンで適当に磨いていた。洗面所で磨いていたらほかの人が入ってくるから狭くなるのだ。でもこちらに来てから、スピカがしっかり歯を見て磨くと磨き残しが減るよと言ってくれたので歯をしっかり見て磨く。

 一生懸命磨いていると洗面所の扉が開いてスピカが顔を出した。
その顔は怒っていないように見えてホッとする。

「歯、ちゃんと磨けた? ほら見せてみろ」
「うん、にぃ―――」

 真横に口を開いて歯を見せ、次に口の中をパカリと開いて見せるとOKサインをもらった。


「そうだ。ヒカリはマットレスがない間、どこで寝てたんだ? 俺の部屋?」
「くふふ、なんでスピカの部屋なの? えっとね、セイリオスの部屋のベッドを、まがり? していたよ」
「そうなのか? じゃあ、今日は俺のベッドを間借りするか?」
「え、いいよ。スピカも、疲れてるし、マットレスとうちゃくしたから、部屋で寝るよ」

 と伝えると、スピカが眉毛をこれでもかとあげて、目を見開いた。え、なに!?


「そんな、俺とは寝てくれないの!?」
「え、一緒に寝ていいの?」
「だってヒカリの部屋には今マットレスがないんだろう? だから俺のベッドを貸してあげようかと思って」
「え、いいよ。ぼく、セイリオスの部屋のべっどかりてるから」
「……じゃあ、俺の部屋でもよくない? それともヒカリは嫌なの? だったら仕方……」
「まてまて、そういうんじゃな、くて、」


 そう、そういうのではない。
人のベッドだろうがどこだろうが比較的どこでも寝られるヒカリは、嫌とか言う感情は一切持っていない。
ではなくて、スピカが嫌ではないかという事だ。セイリオスもスピカもおねしょをする危険人物に自分のベッドを貸す危険性を熟知しているのだろうか。


「あのね、ぼく、また失敗するかもよ?」
「あのね、ヒカリは忘れてるかもしれないだろうけど、俺ね。お医者さんなの」

とスピカが胸を張ってよくよく知っていることを言う。


「人が出すものなんかその人の身体状況を見る一つの指針としてしか見てないから。人の尿なんか、ヒカリが見てきた100倍は見てるから」
「ひゃくばい……」

家族のおねしょを見たヒカリの100倍だからえっと……。

「そこ拾うの? ほらさっさと寝よう。俺そろそろ寝ころびたいわー」



 スピカがヒカリの肩に手をのせて後ろから押して、自分の部屋へと向かう。
部屋に着くと寝る前のお茶を一杯入れられてしまった。おねしょをするかもしれないから遠慮すると、ちょっとむくれたような顔をして、これ美味しいよともう一度ヒカリに渡すものだから、ヒカリも受け取って飲んだ。

 それから困ったような顔をしてヒカリを見ている。


「で、考えたか? さっきのこと」
「あー、うん、えっとね……僕が強がって、寝たでしょ? で、失敗したから。それに」
「ふぅん、何を強がったんだ?」

スピカは何でもない感じで尋ねる。聞かれるのはだいぶ恥ずかしいヒカリは言う前から耳を赤くする。

「え、とね、わらわない?」
「うん、笑わないよ」


 笑わないことなんて知っているのに、どうしてか聞いてしまって。
 赤く燃える瞳がヒカリを捉える。だから正直に答えた。

 夢を見るんだと。
走っても走っても捕まる。
パッと目が覚めたと思ったら覚めなければよかったと思う景色がある。
逃げようとしたら、反抗したら、その意思を奪い取るような行為が待っていて。
 それを見てしまうのだと。見るだけじゃなくて、その温度が、その感触が、その臭いまでもがよみがえるようで。
 話ながら空になったコップを取り上げられ、スピカが部屋の明かりを暗くしている。


それを目で追いながら、口から出る言葉が一つ一つ暗くなる空間に溶け込んでいっているように思えてきた。


「だから、動けなく、て、トイレに行けなかった。ゆめなのに、へんでしょ? この家はあたかいのに、知ってるのに、でも気付いたら天井みてて、どこか、わかんなくて……」
「で、おねしょしたのか。なぁんだ。そうか」

 何がなぁんだなのだろうか。
ぼんやりスピカを見ると手を差し出されるのでそれを受け取る。そのまま、ゆっくり手を引っ張られてスピカの寝台へと連れていかれる。その道中でスピカは何でもないことのように話を続ける。


「それね、よくあるよ。戦場から戻ってきた兵士とか、犯罪被害者とか、ただ単に怒られちゃった日とか。夢ってね。心とか脳みそを片付けている作業なんだと思ってるんだよね、俺。些細なことでも夢に見たりするだろう? だからさ、凄くしんどかったこととかって夢で片付けようと思ってもなかなか片付かないんだよ。忘れたと思う頃に夢に出てきたりね。部屋の片付けだってそうだろう?」


 確かにそうだなとヒカリは思い出す。何事かに熱中してしまった兄ちゃんの部屋がごちゃごちゃで足の踏み場もなくって、ヒカリがいつも手伝っていたことを。

キレになったと思ったのに、探し物が見つからなくって結局全然違うところから見つかったりする。


それを思い出したら笑ってしまった。
そこでスピカに抱きあげられる。もう抱っこされるのに慣れっこになってしまったヒカリは、軽くスピカに腕を回す。
暗くなった部屋でスピカの目だけが燃えている。やっぱりどこか怒ってるようにも見えるんだけどな。でも温かいんだよな。


「お、笑ったな。それでさー、心と体はつながってるからさ。体の不調は心に出るし、心の不調も体に出るの。緊張したらお腹痛くなったりあるだろう? 思い悩んでたら便秘になったり。それとおねしょも一緒なの。心が戦ってると体も驚いちゃうんだよ。だからさ、自分を責めるなよ。ヒカリ。ヒカリが戦ってる証拠だろ? 俺にも一緒に戦わせてくれよ」
「いっしょに?」

 そうだとふんわり笑ってヒカリを正面から抱きしめたスピカは寝台に腰かけた。







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