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第3章
闘えないとは言っていない35
しおりを挟む回数を重ねるごとにダメージが蓄積され、騎士の方は立ち上がれなくなっていった。
「お疲れですか? ……そうですね。だったら一番いやな攻撃はやめて差し上げましょうか?」
騎士は反論する力すらないのか睨みつけるだけだ。
そしてしきりに首周りをさすっている。
首は嫌だよな。
誰だって、そうだよ。
セイリオスの瞼の裏にはありありと思い浮かばれる痣がある。
誰だって嫌なんだよ。
「あぁ、首ですか? なら、やめましょうか? 苦しいですよね。首を絞められるのって」
セイリオスの唇が弧を描く。
「ひ弱な人間に首を絞めて落とすなんてマネ。騎士にとっては美しくないですか? じゃあ、次は何をしましょうか? 背後から拘束してのしかかりましょうか。雷力を流して体の自由を奪いましょうか。それとも裸にひん剥かれてその腹部に名前を刻みましょうか。あぁ、口の中を何かで埋めるのもいいかもしれないですね」
傍から見たら特に何をしたというわけでもないのに騎士は肩で息をして地面に座り込んでいた。
「お前、あの便所の復讐でも気取ってんのか? そのためだけにこんな回りくどいことしてっ」
騎士が言葉を止めた。
立っているセイリオスの頬が少しばかり上気して顔色がよくなっている。そして笑った。
今度は本当に笑っていると何故かわかる。
「今頃気付いたのか? そうだよ。お前はもう少し想像力を身につけたほうがいい。例えば、俺は人を切りつけたいと思わない。反吐が出そうなやつの血なんて浴びたくもないからだ。でも、そんな俺でもそれが気にならないくらい別に血を浴びてもいいかと思う場合がある。どういう時だと思う?」
笑いながらそう言うセイリオスに鳥肌が立って、騎士は後ずさっていく。
「お前、いかれてんじゃねぇの」
「いや、そうでもないぞ。お前をあの子と同じ目に合わせてやりたいと思ったけど、無理だった。お前の汚いブツなら血で汚れても構わないから切り落としてやろうかと思ったが、さすがにお前では起たないしな。そのケツにぶち込んで痛みを与えることはできそうにない。あとお前みたいに下手じゃないから、もしかしたらお前がよがるかもしれんし、そうなると同じ目にならんしな。そうなったら単純に気持ち悪い」
顎に手を当てて考えるように言うセイリオスに騎士が訓練で申請していない禁止しているはずの魔法を使った。
雷力を使った攻撃である。
騎士はそのためにわざわざ距離をあけていた。
この魔道具は雷力を飛ばすものだ。近くにいすぎると道具に気付かれた時点で止められるが、止められさえなければ確実に当てられる。
そもそも決闘のつもりだったのに話がおかしな方向に言ったことから騎士はいらいらしていた。
誰も注目しない片隅で本気で戦うわけがないだろうと鼻で笑ってやった。
そしてそれはセイリオスに直撃した。
しかしそのまま微動だにせず立ったままだ。それどころか歩いて近寄って来るではないか。そして、騎士のすぐ目の前にしゃがみこんだ。
その荒野のような瞳でにらみつけるでもなし、ただ目を合わせる。
「その武器をどこで手に入れたかは、あとでお前のところの上司にしっかり報告してもらうとして、話の途中でそういうことされるのはいかがなものか。一つ言い忘れていたが、同じ目に合わせられないのなら、人は次にどういう手に出ると思う? ……楽しみだな」
本当に楽しそうな瞳が間近でぶつかった。
セイリオスの目の奥の何もない荒涼とした景色に一瞬とらわれてしまう。
そして座り込んでいる騎士の脚の間に握り拳が一つ落とされた。
「切り落とすのも痛いとは思うが、木っ端みじんになるのもそれはそれで痛いとは思わないか?」
男は唖然として自分の座っていた場所を見ている。セイリオスは困ったように眉を下げ、耳元でこうささやいた。
「すまんがお前は便所の認識を改めたほうがいいんじゃないのか? 教えておいてやるがそこは便所じゃないし、ここは公衆じゃない。お貴族様はそんなことも習わないのか。かわいそうにな。かわいそうついでだから、譲歩してやるよ。自白剤は飲まなくてもいいよ。決闘でもないし。証拠も無理やり提出しなくていいよ」
セイリオスは拳についた何かしらの液体をハンカチで拭いながら、スイマセン、試験用の道具が壊れたのでこれで終了ですと見届け人に告げる。
ハンカチを振りながら立ち上がったセイリオスの顔は逆光でよく見えない。しかしその唇だけが動くのが嫌にはっきりと見えた。
「俺たちは確かに文官だが、何も闘えないとは言っていない、だろ?」
セイリオスは周囲に手を振ってご協力ありがとうございました。
あとあの人気分悪そうなので誰か手助けしてあげてくださいと言って注目を集め始めた。
近寄ってきた見届け人はすごい魔道具だなぁと感心して、騎士を見てぎょっとする。
「あなた、大丈夫ですか? 気分が悪いのですか? 医官を呼びましょうか?」
騎士は呆然としたまま拳一つ分の穴が開いた石造りの舞台の上、垂れ流すのを止められなかった。
同じ魔道具をつけている騎士が一番わかったはずだ。
この魔道具はただの籠手だ。
地面に穴をあけるほどの効果などない。
そして、騎士は大事な言葉を見落とした。
闘えないと言っていないのは誰なのか。
何故セイリオスがこんなに簡単に手を引いたのか。
それを考えるよりも早くこの場から去ることが彼にとっては何よりも重要だったのだから、見落としても仕方がない。
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