確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです 2

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 ふと思った。我慢しなくてもいっか。そうだ。一杯言っていいんだ。


「でもね? 僕、あの時から、かわてないの。ぼく、その時からせいりおすのおつきさまが大好き」



 きっとあの瞬間に捕らわれたのだと思う。
 だから、頭のなかに呪術をかけたものたちも、もう記憶を封印しなくていいやって思ったと思うんだ。
 あの日から何も忘れていなかったのだから。



 ヒカリが本当に嬉しそうに笑うとセイリオスの頬が赤く染まった。珍しいその表情に、スピカはちょっとだけ嫉妬しながらも、こいつ気にしていたもんなとしばし放っておいてやることにした。



「それにね、セイリオスが見つけてくれたから、ぼくの命は助かった。たぶん、あのままだったら、僕はもと、ねる時間が増えて、もどてこれなかたと思う。それでスピカとも会えた。ありがとうセイリオス」

 セイリオスがちょっと泣きそうだから放っておいてやろうと思ったが、引っかかる言葉があったので思わず話に入ってしまった。


「寝る時間ってどういうこと?」
「えとね、僕のきおくというか、かんじょう? ごと封印したのはたぶん、ぼくがいきるためだったから。さき、スピカもいてたとおもうけど……」



 そこでチャイムが鳴った。スピカは上を向いてたぶん舌打ちをした。顔を見ていないからわからないけれど、チッて音がした。
 そしてヒカリの方を見て。

「ヒカリ、その話の続きは俺たち以外にも話してもらえるか?」
「うん、いいよ」


 どうやら断れない来客がもう来てしまったようだった。











 ヒカリの両隣にはセイリオスとスピカが座っている。一分の隙間もないほどのギュウギュウ具合でスピカはヒカリの腰に手を回しているし、セイリオスはヒカリの腿の上で落ち着かなげにしていた手に手を重ねている。


「よう、ヒノ」
「あ、ダーナーさん。こんにちは」
「こんにちは」


 カシオも人型に案内されて後ろに続いて入ってきた。

 ここはめったに使われない応接間。居間にあるソファは大きいけれど生地がふわふわしている。ここにあるソファは革張りで、座るとふかあと沈んでしまう。ので、あんまりリラックスできないんだよねみたいなことを待っている間に言っていたら、二人ががっちり支えてくれている。


 それを見てカシオは目を見張って、ダーナーは鼻で笑った。


「ヒノ、話聞いたんか」
「っ! はい。ダーナーさんが、言ってくれたから、聞けました。ありがとー」
「いつでも嫌になったら、相談してくださいね」



 カシオが珍しくにっこり笑うと両隣がふるりと震えた。ヒカリだけは頬を染めて、「はい」と返事をした。
 どうして二人がやって来たのかと言えば、セイリオスが連絡をしたからだ。


 なにやらヒカリの故郷のこととかで話があるんだとか。

 ヒカリはご飯を食べながら、何やら大変だったことのあらましを聞いてちょっと今日はお腹がいっぱいだなと思っていたのだが、目が覚めたらいの一番に連絡するという約束をしたから仕方がなかったらしい。


 ケーティ課長には大変お世話になったみたいだから、ヒカリとしてはお礼も言いたいし、聞かれたことで困ることはないので全然いいよと言っておいた。



 どうやらこの世界で使われている呪術が、日本で使われている言語に非常によく似ているのだそうだ。


 似ているとどんな問題があるのかと聞けば、その言葉がわかるということは呪術を扱えると同義になるらしい。呪術を扱えるものはそうそういないし、流派によって読解されているものも違うので文字が読める、しかもかける人間、そういうことに精通しているものは喉から手が出るほど欲しいのだとか。


 ということは不変の賢者さんも危ないということかと聞けば。

「確かにあの人は呪術に精通している。この家を見ればわかるが。だが、あの人に手を出そうなんて馬鹿はそうそういない」



 つまりは非力なヒカリとは違うということだ。

 それにとセイリオスは少し不安そうに眉をひそめて、ヒカリに聞く。

「それ以外にも何かあるかもしれん。憶測の域を出ないが、リギル・ヴィルギニスさんも会いたいと言ってきた」
「スピカのおとーさん」




 ということでカシオの後ろから現れたのがリギル・ヴィルギニス。スピカのお父さんだ。
 実は一番最初に家に着いたのがリギルだったのだ。セイリオスが出迎えて、スピカにだっこされたヒカリを見て、何かちょっと、長いお手洗いに行って戻ってきたのだが。

 さっきからヒカリをじっと見て一言も話さない。
 何だろうかとちょっと気まずくて言葉をかけないのも変かと思い挨拶をすると。


「あ、ああ、お邪魔しています。それより体調はどうかな。すぐれなかったらまた日を改めるが」
「いえ、体調はばちりです。ごはんさんばいたべましたし、デザートのパンプティングも食べました」
「そうか、それは何よりだ」

 と笑ってくれたのでほっとした。




 因みにリギルが見ていたのは、スピカのがっちり離すまいとするかのような手で。
 それを自然に受け入れているヒカリを見て。
 さらに言うと、手と手を重ねるセイリオスを見て。

 ちょっと戸惑っていただけである。トイレに長くいたのは言わずもがな。赤い眼のふちを見ればわかるとダーナーは頷いて、カシオは笑いそうになってセイリオスは黙っておくことにした。それ以外のこともしていたようだが、探られて痛い腹はない。





 そこでチャイムが再び鳴って、ケーティがやって来た。

 さて、どんな話があるのだろうかと思うのだが、如何せんヒカリとしてはもう胸も頭も一杯だ。しかもお腹がいっぱいで頭が回らない気がする。寝ちゃだめだぞと気合を入れるために頬を叩いた。
 スピカが隣でクスッと笑い、セイリオスがすぐさま撫でてくるので結局ふわふわしてしまうのだが。






「非常に簡潔に言うと、ヒノくん。君を僕の家で保護したい。というか保護しなくてはいけないんだ。ごめんね」


「え?」
「僕の家ではね。呪術の言葉を知っている人を見つけたら保護するという決まりがあるんだ」
「それはどうしてですか?」
「第一に危険だからだよ。ただでさえ解読できていない言葉もあるのにそれがスラスラ読める人が現れたら便利でしょう? 攫われて一生閉じ込められちゃう」


 それは聞いていた。でもその場合。


「まあ、うちに来てもらったら保護させてもらうから家に入ってもらうことになるんだけれど。こうなると僕と婚姻を結ぶとか、かなあ」
「あ、えと、婚姻はむりです」
「ん? どうして」


 白髪の美貌の主は本当に疑問に思ったのだろう。首をかしげて聞いてくるので、ヒカリは真っ赤になって、でもにやけてゆるんだ頬のまま答える。


「ぼく、こ、こいびといるからです」
「ああ、セイリオス君とスピカ君だよね。別にいいよ。名目上のことだし。まあ、嫌だったら養子に入ってもらったらいいし」


 めいもくじょうとは? と思っている間に、ケーティは少し困ったようにため息をついた。


「実際、僕も厳命されているからわざわざ来たんだ。どうしてかは知らないけれど、呪術語を母国語とする者を見つけたら必ず、保護すること。って色んな仕事を免除されている僕なんだけど、それだけは口を酸っぱくして言われているんだよね。もし知っていて、それを報告せずに保護もしなかった場合は謀反の疑いありで僕たちが捕まっちゃうんだ」
「え? それって」


 ケーティ曰く、これは国からの委託業務でかなり秘匿されている部類に入っているらしい。そう言う少し常識から外れた人間を保護すること。何よりも優先する事柄なのだそうだ。

「だから、本当は僕にも義務が生じているんだ。もうすでに報告義務は怠っているけどね。やむなしの判断だよ」
「理由は?」

「わからないんだなー。ねえ、リギル君は理由を知っている?」
「父さんが? なぜ」

「それはその理由を当主以外は知らないからだろう。そういう風にして事情を知るものを必要最小限にしている。そうでないと保護されるべき人間が搾取される恐れがあり、なおかつ、そういった人間がこの世界に来ないようにしたいのが国の意向だからだ。つまりは人の記憶にも残したくないのだよ。知ると人は呼び寄せたくなるんだ。君のような被害者を出さないためには致し方ないともいえるが」



 大人しく話を聞いていたリギル・ヴィルギニスが口を開いた。片方の眉を上げてケーティがリギルを見上げる。二人には隣同士で座ってもらっていて、ヒカリ達の体面に座ってもらっている。ダーナーとカシオは扉のところに立ったままでいいと言われている。


「ちなみにリギル君の所のお家も口を出すだろうとは思っていたんだよね。父にはそこのお家とは同じような保護をしているからって言われていたんだけれど」
「この先はヒノくんの個人情報に当たるし、話していいかどうか、信用できる相手にしか話すべきことではないため、言えないが」



 と言ってヒカリを見る。そしてセイリオスとスピカにも目をやる。今、リギルはこの世界と言った。
 それはつまり。ヒカリのことを知っているということだ。




 ヒカリとしては別に信用できない人がいないので別にいいけれど。たぶんこの話は何かしらのタブーが含まれているのだろう。

「それは聞いた人も、危険ですか? 僕が、じゆうにして、いたら、他の人も、危険になり、ますか?」

 そう尋ねると、セイリオスがぎゅっとヒカリの手を強く握る。
 リギルは小さく息を吐いた。





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