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第5章
前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです。 29
しおりを挟むスピカが鎮静効果のあるお茶をわざわざセイリオスのために用意してきた。
「飲め。恋愛童貞」
と的を射たあだ名付きで。スピカはヒカリの口元に水を含ませた布を近づけ吸わせている。
「お前の男性器はでかい。それ自体にヒカリは怯えた態度は見せなかっただろう? だからそこまで気にするな。さっきだってしっかり止まれていた。……魔力きついか?」
「――ああ、きつかった」
「今は?」
「少し、マシになった。その、出した後、避妊具を付けていたのに恐らく魔力が吸収された。ヒカリの体に異変がないか気になる」
スピカがベッドの上で胡坐をかいて頭をガシガシとかいた。
「それは問題なさそうだ。魔力過多になっている症状は見られないし、お前は吸収されたか」
お前は? セイリオスが顔を上げる。
「俺は吸収してしまった。突然しみ込むように魔力がなじんできたからマジで焦った。気合で止めたけどな。ただでさえ器がそれほど大きくないのに吸収されたりしたり。しかもヒカリ、そんなところにも才能があったのかっていうくらいのもの持ち合わせてるじゃん。マジで気合いる。貪らなかっただけ褒めておけよ。セイリオス」
そう言われても、ヒカリに一瞬でも痛く苦しい思いをさせたかもしれないとなれば、ただ嬉しいだけではいられない。
「もー、今はさ、とりあえずラブラブできてよかったなー、わお、寝顔可愛いとかでいいじゃない。というかナニコレ。国宝じゃない? ってか今の聞いた? もっと頂戴って言ってたけど、俺のこと?」
「その前に焼き鳥って呟いていたから、違うと思うが」
スピカは嬉しそうにヒカリの頬をつんつんとつついた。
ヒカリがむにゃむにゃして何かを言おうとする。恐らくスピカはスピカって寝言で言って欲しいのだろう。
夢でも、現実でも欲しがってほしいとは贅沢な奴だ。
朝の水が冷たくて助かる。
顔を勢い良く洗うと少し脳みそも冷えたようで朝から主張していた自身も落ち着いたようだった。タオルで顔を拭いていまいちど鏡の中の自分を見る。
やはり締まりのない顔をしている気がして、イラっとした。
煩悩を追い払うためにキッチンへと向かった。朝早いので少し暗い。
喉が渇くだろうと水にレモンを浮かべて置いておく。
後は、お腹が減ったであろうヒカリのために朝ごはんの用意をしてこう。
保冷庫を開けて中身のチェックをする。
一応腹ペコで肉が食べたいという予想ではあるが、疲れて消化にいいものがいいパターンもある。
というか、スピカはそっち推しだろう。
廊下から足音が聞こえたので、セイリオスは慌ててそちらへ向かった。
廊下とキッチンをつなぐ開口部から顔をのぞかせると壁に手をついたヒカリとばっちり目が合った。
「わあ、ばれちゃった」
「どうした? どこか痛いとか?」
「へ?」
キョトンとしているヒカリの寄りかかっている方の壁の方へ眼をやると、ヒカリも合点がいったのか気まずそうにする。
とりあえず。
「抱えていいか?」
「う、えと、はい、おねがいします……」
ちょっとばかり頬を赤くしてそう言うヒカリをさっさと抱えて居間に連れていく。
起きたらセイリオスがいなくて、どうしたのか気になって探しに来たのだというような内容を腕の中で話している。その肌がまだじんわり熱く感じて、この熱は大丈夫な熱か大丈夫じゃない熱かスピカに聞こうとソファに座らせた。
「体、きついか?」
「うーんと、その、思ったよりはだいじょぶ」
思ったよりはってどういうことだ。とは聞かずに一瞬で脳内で整理して、鏡の前で反省していた内容をちょっとだけ前に出しておく。
どうしても受け手の方が負担がかかる。
ヒカリは体だって俺達より華奢で小さい。
次からはもっと優しくしよう。というか、もうちょっと自分を制御できてからじゃないと次なんてないけど。
「今、水持ってくるからちょっと待っててな」
「うん、ありがとー」
開けっ放しにしていた保冷庫を閉めて、次に置いてあったレモン水の所へ行く。水をコップに注ぐとヒカリが立ち上がって保冷庫の方へ近づいてきた。
「セイリオス、保冷庫魔力ほじゅうする?」
「え、いや」
「でも、あけぱなしだったから。温度、あ」
小走りで近づいたヒカリがよたついた足が絡まった。
セイリオスも焦る。
あの角にぶつかれば傷がつく、ただでさえ少し硬い床だ。受け身が取れても痛い。
机の下が全部保冷庫なのだが、ちょうど直角に曲がっている狭い部分に向けてヒカリが倒れ込みそうになっていた。受け身も取りづらい。
だからセイリオスも手を伸ばして片手で保冷庫の机の上に手を伸ばし、完全に倒れ込んでしまわないように体を支えるために手に力を入れた。
ヒカリはキャッできた。が、少しだけ手が滑って指先が保冷庫のダイヤルに触れた。
不味い。
今の感覚は確実に指先から流れていった。
セイリオスの魔力が一瞬だったが、一瞬でも最高火力にしてしまうセイリオスの魔力が流れた保冷庫など大げさではなく堆積が増えた氷によって爆発する。
見事キャッチできたヒカリを咄嗟に両手で抱え、足の力だけで蹴り込み跳躍してソファがあった居間の方へと飛び込んだ。
後はヒカリを抱えて丸くなって。
しん。
あれ?
一人呆然としていると腕の中のヒカリがふふと笑う。
『朝から何だかセイリオスが面白い……。慌ててるセイリオスは貴重だなあ。ここにスマホがあれば!……ふふふ。かっこいいのに面白いってどういうこと、かっこいいのに可愛いって共存できるものなの!? ふふふ』
居間の床の毛足が長めのラグの上でヒカリが仰向けで笑いを我慢して、息が漏れている。
セイリオスはそんなヒカリを腕の中に閉じ込めて呆、然とキッチンの方を見ている。
そして起きてきたスピカがちょうどそれを見た。
「おうおうおう、セイリオス。昨日の悄然としていたお前がねぇ、朝っぱらから居間でもう一戦ってか? お天道様とヒカリが許しても、主治医の俺が許すわけねーだろーがー。これだから恋愛童貞は盛りやがって! 節度ってもんをわきまえろってんだ!」
混乱しているセイリオスにずかずか言いながらスピカが近寄ってきて、セイリオスを足蹴にしながら隙間を作って、セイリオスの下でクスクス笑っているヒカリを引っ張り出した。
「ふふふ、オハヨー、スピカ」
「おはよう。ヒカリ」
「くすくす、何かセイリオス変なの。スピカ診てあげたほうがいいかもよ?」
「こいつの症状はただの恋の病だ。気にすることはない」
呆然とするセイリオスの耳をスピカの言葉が素通りしていった。
え、俺、今。
「魔力使ったよな?」
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