久遠のプロメッサ 第二部 誓約の九重奏

日ノ島 陽

文字の大きさ
36 / 89
2章 誰が為の蛇

8 影煙る宴

しおりを挟む
 その夜は新クローロン村住民による宴が行われた。宴とは名ばかりの小さな飲み会である。村の規模が小さいため仕方のないことだろう。
 村人が楽しげに広場にテーブルを運び、手製の料理を並べていく。ソフィアは村の女性に混じって料理を手伝っていた。かつて迷いの森と呼ばれる場所で暮らしていた際は大抵の食事はレイが用意してくれていたのだが、彼女も多少の自炊くらいはできる。彼よりも腕前は劣るものの、消して下手なワケではない。

「貴女はどこから来たの?」

 野菜が柔らかく煮込まれたスープを器によそいながら、三十代くらいの女性が話しかけてくる。それを受け取って盆に並べながら、ソフィアはしばし思案する。答えとしたのは、迷いの森ではなかった。

「マグナロアからです」
「あら、そう畏まらなくてもいいのよ。……マグナロア、ね。大変な場所だと聞いているわ」
「そうです……そうね。修行は厳しい。その分、強くなることはできる」

 マグナロアはソフィアにとって大切な場所である。
 強くなりたい。
 その一心で単身訪れた幼い少女を馬鹿にせず、しかし甘やかしもせず厳しく鍛え、そして愛してくれた――長レオナを始め、マグナロアの人々はソフィアにとって全員が親のような存在なのだ。
 しかし、女性はソフィアの思いとは真逆のことを考えているようだった。

「痛かったでしょう。でも安心して。この村にいればそんなことは忘れられるわ――さぁ、運びましょう」
「……えぇ」

 沢山の器が乗った盆は二つ。一つは女性が、もう片方はソフィアが持って村の広場へと向かった。


***


 外では既にどんちゃん騒ぎが始まっている。いくつか焚かれた篝火から火の粉が舞って彩りを添えていた。
 アングの知り合いということで村人たちの警戒は非常に薄い。かつ客人の一人が彼の実兄だというものだから、もてはやされているようだった。どうやらこの村にとってアングは特別な存在のようだった。
 その彼はというと、実兄セルペンスと何か話をしていた。小さなテーブルを挟み、酒を飲み交わしている。
 そんな二人をチラチラと見ながらため息をつく少女がひとり。さっきまでは村の女性たちに囲まれて手作りの服をあれやこれやとあてがわれていた。おまけに髪も弄られ、今の彼女は一部を残してエメラルドグリーンの絹糸を高く結い上げ、黄色の花飾りを添えていた。服は淡い水色のワンピースへと姿を変えている。
 塀に腰掛けて足をぶらぶらと揺らしていると、向かいに座っていた少年ノアと目があった。同じように退屈そうに唇を尖らせていた彼は、困ったように笑いラルカに近づいてきた。

「ラールカ」
「どうしたんです?」
「だってさー、兄ちゃんはあいつと話してるし、セラフィとソフィアも村の連中と一緒にいるし……」
「「つまらない」」

 二人同時に顔をしかめ、そして吹き出した。
 ノアは篝火の明かりが届かない方を指さす。

「せっかくだからさ、探検しようぜ。兄ちゃんの故郷、お前も興味あるだろ?」
「はい!」

 若干食い気味に返された答えにのけぞりつつ、ノアは近くにあったランプを手に取る。

「それじゃ、いこっか。そんな遅くならないと思うし」

 二人並んで暗闇を歩く。家が建ち並ぶ区間はそれなりに明るいのだが、他の場所は瓦礫が残るのみで暗い。そのためか、星の明かりが冷たくも美しく映えていた。
 ラルカは棘が刺さらないように気を付けつつ、焼け焦げた木片を拾い上げる。ボロボロのそれは可愛らしく着飾った彼女とあまりにも不釣り合いだった。
 彼女がほんの少し手に力を込めると、木片はいともたやすく崩れ去る。

「ノアはいつからセルペンスさんと一緒にいるんです?」

 自然と漏れた問いに、ノアは同じように木片を拾いながら答えた。

「生まれたときから」
「そうなんですか? 初耳でした」
「正確に言えば、物心ついたときから。兄ちゃんは俺の面倒をずっと見てくれてたんだ。だから兄ちゃんって呼んでる」

 ノアは生まれたその日に精霊ビエントに捕らわれた。彼自身は覚えていないが、生まれて間もない赤ん坊が突如部屋に放り込まれ、セラフィを始めとしたイミタシアたちは大変驚いたのだそうだ。散々聞かされた話である。その後、みんなで慣れぬ赤ん坊の世話をしてきたのだが、その中心となったのがセルペンスだったという。
 朧気ながらもノアは覚えている。精霊の血を取り入れ、激痛に泣き叫ぶ日々を幼いながらに乗り越えることが出来たのはみんなが一緒にいたからだ。――たった一人、その中でどうしても好きになれない者はいたがそれは思考から省いておく。

「そうなんですね。昔から優しかったんだ……」
「あぁ。でも弱っちいから、その分俺が守ってやらないと! とは思ってるんだけどさぁ、歩いてる途中で寝ちゃったりしちゃって。俺もまだまだだな」
「そんなことないと思いますよ」

 項垂れゆく黄色のくせ毛を面白がりつつ、ラルカは空を見上げた。
 満点の星空だ。どこか寂しそうな雰囲気を纏う……ラルカの救世主に、この美しい景色を見せてあげたかった。

「私もノアみたいに、あの人のことを守れたらいいな」
「ラルカは真面目だからなー。きっとできるよ。なんなら俺が師匠になってやろうか?」

 ノアはふっと笑い、ぴょこんと跳ねた髪を指に巻き取りながら続ける。

「俺さー、フェリクスにも剣の稽古つけるって言っちゃったんだけど、まだ実現できてないな。いつか顔を出しにいかないと」
「フェリクス……?」
「そ。この国の次の王様なんだって。初めて会った時は弱っちい奴だと思ったけど、それ以上にすんごい奴だったみたいだ」

 その名を聞いたとき、つきんとラルカの脳が痛んだ。
 聞き覚えがあるような気がする。どこで聞いたのだったか。あれは、確かここみたいに暗い場所で、でもここみたいに綺麗な場所ではなくて――。

『第三王子フェリクスが今は不在らしいし、忍び込むのは別に大変でもなんでもないと思うよ。あの街は第三王子がいてこそ警備とか、その辺がきちんと機能するみたいだからね。やる気ないのかな。まったく謎過ぎる現象だ』
『そんなことは知らん。シャーンスはここ数十年で精霊の被害に全く遭っていないそうだ。これまでの記録ではなんどか破壊に巻き込まれたそうだが……ならば、王家と精霊が秘密裏にやりとりをしていたとしても可笑しくはない。合成獣をけしかけるなら今だな』
『だねー。ならあのお人形ちゃんに躾をしないと。あの子、オリジナルの被検体よりも本当に目つき悪くて――腹立つし』

 ぼんやりと蘇るのは暗くて淀んだ空気が満ちた部屋だ。成人した人間一人がすっぽり入ってしまいそうなほど大きなガラスの筒、原色のコード、怪しい光を放つ何かの装置……そして、ラルカのことを冷たく見据える、二人の――。
 これ以上は思い出してはいけない。脳内で警鐘が鳴る。
 いつの間にか息が浅くなっていたようだ。それに気付いたノアが木片を手放してラルカの肩を揺さぶった。

「ラルカ、大丈夫か?」
「え、あ、はい……なんでもありません」

 嫌に高鳴る鼓動を抑え込むように胸に手を添えて、ラルカは頭を振る。
 薄く化粧を施された額に汗が浮かんでいることに気付き、震える指先でそっと拭った。
 無性に、抱きしめて貰いたくなった。柔らかい声音で「大丈夫だよ」と言って欲しくなった。優しく頭を撫でて貰って、隣で眠って欲しい。もちろん、何もかも失って倒れていた彼女を最初に見つけてくれた彼に。
 ラルカはノアに向かって微笑んだ。

「戻りましょう、ノア」
「そうだな。お前、あんまり体調良くなさそうだし、後で兄ちゃんに診て貰うといいよ」
「そうします」

 二人は踵を返そうとした。
 刹那、ノアは気配を感じて立ち止まる。今は愛用の大剣を持ってきていない。しかし、代わりに短剣を腰に佩いてきていた。その柄に手を掛け、ラルカを立ち止まらせる。

「ノア?」
「誰だ、そこにいるのは」

 気配の主は最初こそ気配を消そうとしたのだろう。しかし、動揺のせいかガラスの破片を踏み、ピキと小さな音を立ててしまう。
 本当に誰かがいたと分かり、ラルカは青ざめる。こんな暗い場所にいるのだ、村人ではないのだろう。
 気配の主はふらふらと瓦礫の影から出てきた。瞠目しながら見つめる先は――ノア。

「お前、何故ここにいる……?」

 くすんだ黄緑色の髪、顔の下部分を隠すマフラーと腕を覆う包帯。特徴的な見た目を持つ少年は、驚愕と嫌悪の眼差しをもって挨拶代わりとした。
 対するノアも全身の毛をネコのように逆立てつつ、苛立ちを顕わに少年の名を呼んだ。

「それはこっちの台詞だ、ヴェレーノ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...