久遠のプロメッサ 第二部 誓約の九重奏

日ノ島 陽

文字の大きさ
77 / 89
3章 紅炎の巫覡

13 兄妹水入らず

しおりを挟む
 長い旅路を経てシャーンスに戻り、穏やかな気候を肌で感じる。季節は冬だが、ニクスに比べれば天と地ほどの気温差がある。
 慣れた空気を吸い込めば、いつの間にか身体に入っていた力が抜けていった。
 ソフィアは城の一室で、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。城から街まではそれなりに距離があるため様子を窺うことは出来ないのだが、浮ついた雰囲気くらいは伝わってくる。

 ミセリアが聖火を持って帰ってから、街も城もずっとこんな感じだ。
 ソフィアが仲間達のあれこれに首を突っ込んでいる間に、彼女はフェリクスのパートナーとしての地盤を着実に固めていたようだ。城で働く従者たちのざわつき具合からそう判断する。

 明日。
 あの二人は結婚する。戴冠式も同時に兼ねるとのことで、シアルワ王国にとって大きな節目となる日になるだろう。
 今まで王族はなるべく血を薄めないように、と慎重に慎重を重ねて結婚を検討してきたそうだ。神子の血筋を守るためだろうが――突然現れた一般人の女性が王族の、しかもフェリクスのパートナーとして名乗りを上げたのだ。周りが驚くのも無理はない。
 今夜は前夜祭だ。とはいいつつ、昼間でも露店や旅芸人の舞台は賑わっている。
 そんな中、ソフィアは部屋で一人座って居る。

「ソフィア、いる?」

 声に振り向けば、黒髪を背に流した赤い騎士が立っている。といっても、格好はラフなものだ。明日はフェリクスたちの警護にあたるだろうから、今日はその分の休みだと聞いていた。
 にこ、と微笑んだ彼――セラフィはソフィアの腰掛ける椅子の側までやってきた。

「……街へはいかないの?」
「これから行くよ。だけど、その前に話があってさ」
「話?」
「そう」

 話とはなんだろうか。ソフィアには想像が付かない。
 様々な思惑を孕んで淡く光る翡翠の視線を、彼女は真っ直ぐに受け止めながら言葉を待った。窓から差し込む陽光が、じりじりと背を焼くかのようで……僅かな沈黙の時間に居心地の悪さを覚える。
 セラフィは大きく深呼吸をして、意を決したように口を開いた。

「ソフィア、僕は君を――」
「あ、セラフィお兄ちゃんここにいたの? お祭り行かない?」

 開けっぱなしだった扉の向こうから覗く白金の髪の少女の声が、二人の間に流れる緊張感を打ち砕いた。
 彼女の後ろにはルシオラの姿がある。
 シャルロットは微妙な空気が生まれたことを察すると、すごすごと引き下がろうとする。

「……ごめんね、邪魔しちゃったね」
「あ、え、ちが」
「セラフィ、話ならまた後で出来るわ。せっかくの祭りなのだし、兄妹三人で楽しんできたらどう? 兄妹で出かけるのは初めてでしょう」

 ルシオラがここにいるということは、フェリクスからの外出許可が下りたということだ。それに、この兄妹は少し前まで生き別れの状態になっていたのが奇跡の再会を果たしている。
 再会してからも色々な事件があったりして、水入らずの時間を過ごせていないはずだった。今日くらいは、しがらみを忘れて過ごしても良いはずだ。

「ソフィア」
「私は良いから。さぁ、行ってきて。明日は忙しいのでしょう?」
「……分かった。それじゃ、また後で」


***


「ごめんね、ほんとにごめんね」
「だから違うんだってぇ……えぇと、伝言があっただけで……」
「青春か。良いことだ」
「兄さんいくつなの。貫禄ある父親か」

 あれから街に出た兄妹三人だが、しばらくの間はからかわれ――いや、勘違いの上で謝られたり心配されたりし続けていた。
 可愛い妹を小突くことはできないため、代わりに兄の背を叩いておく。思ったより力が入ってしまったのか、長身がよろめいてしまうが反省はしない。

 街は人々であふれかえっている。シャーンスの住民だけでなく、他の地域からやってきた人間も多いのだろう。白い石造りの壁と赤い屋根が瀟洒な大通りは、花や手作りのガーランドで飾り立てられており、眺めるだけでも楽しい空間と化していた。
 半年ほど前、フェリクスの誕生祭が行われた日よりも華やかで、喜びに満ちているような気がする。あの時は主役であるはずのフェリクスが暗殺事件に巻き込まれ、しばらく行方をくらますという事態に陥ってしまい大変だった記憶がある。
 その彼がまさかのパートナーを見つけて戻ってくるという。元々慕われていた王子だ、民の喜びも大きい。

 その中を再会できた兄と妹と三人で歩くことは、はっきり言ってしまえば幸せの一言に尽きる。
 それこそ再会する前は二人とも死んでしまったと思い込んでいたのだ。
 フェリクスを探す中、辛うじて覚えていた妹の名と同じ名を持つ少女と出会い、自分と同じ色の瞳に既視感を覚え――彼女が兄だという男の名は、なんと自分の兄の名と同じではないか。そこから少女が自分の妹で、実は生きていたのではないかと思うようになり……ラエティティアでルシオラの顔を見た瞬間、全てを確信した。
 親は死んでしまったが、血を分けた兄妹は生きていたのだと。実に十六年ぶりの邂逅だった。

「あ、あそこで似顔絵描いてもらえるんだって。行ってみようよ」

 シャルロットの指さす先には、サイズこそあまり大きくはないが、一枚一枚が丁寧に描かれた絵が所狭しと並ぶ露店がある。店主は道行く人をぼんやりと眺めては筆を動かしていた。

「すみません、私たちの似顔絵を描いてくれませんか?」

 兄二人の手をとって露店に向かうシャルロットは、笑顔を輝かせて店主に声をかけた。

「いらっしゃい。おや、兄妹ですかな」
「そうなんです。私たち三人揃った絵をお願いしたくて」
「もちろんですとも」

 流れるようにやりとりは進み、セラフィとルシオラはシャルロットを挟むように寄り添う形になる。シャルロットが兄二人の腕を抱え込むような、そんな格好だ。
 しばらくその格好でいると、店主が満足そうに頷いて色紙を一枚差し出してきた。
 なるほど店主の腕は確かだったらしく、そこに描かれた似顔絵は兄妹そっくりだった。満面の笑みを浮かべるシャルロットと、緊張気味のセラフィ、ぎこちなくも確かに口元が緩んでいるルシオラ。どこから見ても幸せそうな三人がそこにいる。

「わぁ、ありがとう! 大事にします! お代を……」
「いいよいいよ、ここ最近で一番いい顔を描かせて貰えたから。このめでたい日だ、その分のお金で美味しい物でも買って三人でお食べなさい」
「でも……」
「お嬢さん可愛いからおまけだと思っておくれ」

 眉を寄せたシャルロットの肩にルシオラが手を添える。

「有り難く受け取ろう、シャルロット。……感謝する」
「あ、ありがとうございます」


***


 屋台で買った昼食を食べ終え、広場の隅に並べられたテーブル席に腰掛けたシャルロットは描いて貰った似顔絵をずっと眺めている。
 コーヒーを飲んでいたルシオラは今までに見たことがないほどに穏やかに笑んだ。

「嬉しそうだな」
「うん。こういうの、小さい時からの夢だったから。……これ、宝物にしようっと」
「……これまでお前を一人にしていたことも多かったから。すまない」
「ルシオラお兄ちゃんがやってきたことは良いよって言ってあげられない。それはごめんね。でも、夢が叶って良かった」

 話を聞くに、シャルロットは幼い時からひとりぼっちで過ごすことも多かったらしい。ルシオラが研究――人体実験も含む――のために、各地に出回っていたからだ。
 こんなに笑顔の可愛い妹に寂しい思いをさせていたのか、とルシオラを睨み付けてやれば、彼は気まずそうにコーヒーをすする。

「……また今度、夜華祭りがあるだろう。その時はまた一緒に行こう」
「それ、いいね! 今度はレイやソフィアも一緒にだね」
「人数増えるなぁ」
「その方が賑やかで楽しいよ、きっと」

 件の二人だが、城に残って式の準備を手伝うとのことだ。
 兄妹だけで過ごせるよう取り計らってくれた可能性が高いだろう。心の中で感謝の念を送っておく。

「さ、次はどこ行こうか? レイ君にでもプレゼント用意する?」
「ほぇ。そ、それを言うならソフィアにも、だよ。ね? セラフィお兄ちゃん」
「……なんか勘違いしてるよねぇ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...