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3章 紅炎の巫覡
14 君を救いたい
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***
華やかな祭りは夜になっても続く。
結婚式場の準備を手伝っていたソフィアは、きりが良いところで客室に戻ってきていた。先ほど客人用の浴場を借り、後はベッドに潜り込んで休めば良いという状況だ。その前に彼が来るような気がして、こうして独り待っていた。
ふと視界に映り込んだ鏡を覗けば、境界の向こうの自分とかちりと視線が合う。
梳いたばかりの淡藤の髪が、鏡越しに赤く染まっていく。
『幸せそうね』
ここ最近は随分と見ていなかったもう一人の自分が、実に妖艶に微笑んだ。ほんの少し、憐れみを滲ませて。
「そうよ。私は幸せ者だわ」
彼女が向けてくる憐憫を遮断するように瞬きをした次の瞬間、鏡に映っていた赤い自分はもういない。無表情な、中途半端な自分がいるだけだ。
そこへ、控えめなノックの音が響く。
「ソフィア、いる?」
「えぇ、どうぞ」
「伝えたいことがあって」
どこか緊張した面持ちで入ってきたのは、予想通りセラフィだ。昼間に話がしたいと言っていたのだから当たり前か。
彼は今度こそ扉を閉めて、ソフィアの元へとやってきた。
「君がミセリアたちと旅をしている間、僕は僕で調べ物をしていたんだ」
そう切り出したセラフィに、ソフィアは小さく頷くことで続きを促す。
「さっさと言っちゃうけどさ、僕は君について知りたかった。殿下にも協力をしてもらって……君が抱え込んできた苦しみ、そして今置かれている状況――その一端を知ることになった」
「……」
「君が、イミタシアと神子の狭間で苦しんでいることも。眠っているはずのレガリアと関わっていることも」
レガリア。その単語が飛び出した瞬間に、驚いて肩を僅かに震わせたことは気付かれてしまっただろうか。
ソフィアの不安をよそにセラフィは淡々と続ける。
「これまでさ、君はイミタシアの“選択”に関わってきたね。クロウ、リコ、セルペンス、ノア……シェキナや僕も、シャーンスで助けられた。ケセラもきっと君に感謝してる。……ヴェレーノはちょっと違うかもしれないけど。だからさ、今度は君の番だ」
自然と俯かせていた顔を上げると、セラフィはただソフィアを見つめて微笑んでいた。
「君が自分の道を決める番だと、そう思う」
「決めるって……」
「僕は知ってる。レガリアが君を利用しようとしていること。君はあいつと繋がっているんだろう? 君を救うためにもどうか、これ以上あいつと関わらないで欲しい」
「……して」
「?」
正直なところ、ソフィアもレガリアと好きで関わっているわけではない。
コンタクトをとってきたのは向こうからだし、それに。
「私を救いたいと言うのなら、私を殺して。私はね、ずっと自分の死を望んできた」
自分でも驚くほど、冷めた声だった。何もかもを諦めてしまっている、そんな声。
バレているのなら仕方ない。彼を前にして否定する気もおきなかった。ソフィアがレガリアと交流していることは、クロウくらいしか知らないはずだ。その彼が簡単に周囲に明かすはずがない。セラフィは何かしら別の方法でそれを知ったのだろうが、普通の方法ではないだろう。否定するよりもいっそのこと、最初から肯定してしまった方が楽だ。
潔くも冷めた肯定、それと突きつけられた願いにセラフィは絶句する。その姿を見て、今度のソフィアは動揺しない。
側に置かれた鏡を見るのも恐ろしい。一体、どんな表情を友人に向けてしまっているのだろうか。
「楽しかった。楽しかったわ。旅をして、綺麗なものを見て、みんなとおしゃべりをしながら食事をして、次の日はどんな楽しいことがあるんだろうと想像しながら眠りについて。それに、イミタシアとして大変な思いを重ねてきたみんなが未来を向けるようになって嬉しくもある。でも、でもね」
母に愛されても、友人に気にかけてもらっても。
どれだけ周りに恵まれた人生だったとしても。
「私に未来なんてないの。だから幸せ者であるうちに殺して欲しい」
「……」
どれだけソフィアが殺して欲しいと言っても、普通の人間ではその願いを叶えることができないことを知っているはずだ。いくら大神子の血を引くセラフィであったとしても例外ではない。
勝手に笑みが漏れていくのが見ずとも分かる。
「……それは」
「全部知ってしまったのなら、貴方じゃ私を救えないことも理解しているのでしょう? 何故私がレガリアと繋がっているのか、貴方ほどの人が理解できないはずがないわ」
ソフィアは死ねない身体を持つ。試したことはないが、どんな拷問を受けようが、肉塊と化そうが、復活を果たすのがオチだ。
かつて生みの母と業火に揉まれた時、本当は死んでも可笑しくなかったのに無傷で生きていることこそ、呪いが生きている証明であると言っていい。
そんな状態でイミタシアとしての代償が進行してしまったのなら。
女神は瘴気の対処で精一杯だ。
精霊になんて頼んでいられない。
彼女を救いに導けるのは、あの美しく、何を考えているのか全く読めない――神様へ一番に近づいてしまった、あの悪魔だけなのだ。
「……もう充分楽しませて貰ったわ。私、彼に私自身を消して貰おうと考えているの。彼にはそれが出来る力があるから。だから、貴方は関わらなくても良い」
「ソフィア……」
「もう良いの。それに」
辛そうな表情を浮かべるセラフィの顔を見つめて、歪に笑って見せた。
「私、みんなに――貴方に置いて行かれたくない。独りで生きていたくない」
本心を覗かせた次の瞬間、視界が揺れた。
抱きしめられたのだと悟ったのは、何拍かおいたあとだ。ぎゅ、と背中に腕が回されて離すものかと力が込められる様が直に伝わってくる。とても、温かかった。
彼の背に回そうとした腕が、その資格はないと言わんばかりに力なく垂れた。
刹那、自分を束縛する力がより一層強まる。
「……ねぇ。貴方も苦しいのに、どうして私を助けようとしてくれるの?」
囁いた言葉に、彼は震える声で応えてくれた。
「僕は君を救いたいよ。ただ、それだけなんだ」
「そう。……やっぱり、私は幸せ者だわ」
鼻孔をくすぐる柔らかい匂いと、心地よい温もりに包まれながらソフィアはセラフィの肩に額を擦り付ける。
「……今の僕に君の体質を変える力はない。でも、これだけは覚えておいて欲しい。僕は君の未来を諦めたりはしないから」
「……」
「もう一度言う。僕は、君を救いたい」
私だって、貴方の未来が救えるのならどれだけ良かったか。
恐ろしくて、そんな言葉を口にすることが出来なかった。
***
僕は必ず君を解放してみせる。
そう強い言葉を繰り返しソフィアへとぶつけ、やがてセラフィは部屋から去って行った。
夜空の下では、相変わらず色とりどりの服を着た人々が忙しなく動き回っているというのに、ソフィアは部屋の中央で頽れていた。包み込まれた際の温もりが今なお残っているかのように身体が熱い。
嬉しかった。一瞬、叶わないと知りながら明るい未来を思い描いてしまうくらいには。
本当に救ってくれるのではないかと、そんな烏滸がましい思いが脳を支配していく。
『哀しいね』
――そんな冷たい言葉が降り注いだ瞬間、身体が凍りついたように動かなくなった。
しばらく聞いていなかった悪魔の声が、耳元で囁かれる。
「っ」
今は話しかけて欲しくない。
急いで両耳を塞いでも、悪魔は嘲笑いながら言葉を続ける。
『女神の血を引きながら力も継げない出来損ないのくせに、よく言うよね。君を救えるのは僕だけなのに、ね? あいつは近い未来に――』
「お願い、それ以上は言わないで」
『ふうん。そんなにアイツのことが心配?』
「当たり前でしょう、彼は大切な……大切な仲間なのよ」
『なるほどね? なら、助けてあげようか』
ひゅ、と息が詰まる。
紫水晶の瞳を見開いて後ろを振り返る。
当然ながらそこには誰もいない。今のレガリアは表向きには眠っていることになっており、実体を持たない幽霊のような存在なのだから。
しかし、白金の髪と血のように赤い瞳を持つ少年がそこに立っているかのような、そんな錯覚を覚えた。
「出来るの? 彼が死なずに済むの?」
『今は無理だけどね。僕が完全に復活を果たした後の話になる』
「……! お願い、彼も救って……」
『良いよ。ただし、条件がある』
ソフィアは震えながら次の甘言を待つ。
恐れていた事態がひとつでも回避できるのならば、何を捧げようが構わない。
みんなが生きていてくれるのならば、それで。
『何故僕が君を助けようとしているのか分かってる? ――そう、僕は君に恩があるからだよ。だけど、あいつには何もない。僕が助ける義理なんてないんだ。その分の対価を、君が支払ってくれるのなら助けてあげる』
「……私に払える対価なら、払う。彼は死ぬべき命ではないわ」
『君ならそう言うと思ってたよ、ソフィア』
口調こそ朗らかなものの、ソフィアを囲む空気はどんどんと冷えていた。背筋が凍るような悪寒に耐えながら、震える両手を組む。力を入れすぎて爪で肌が傷つくが、痛みを感じる余裕など欠片もなかった。
ソフィアは誰もいない虚空を見上げる。そこに見えぬ悪魔がいると、確かに感じながら。
『そうだね。それじゃ、僕のものになってくれる?』
「どういうこと?」
『まずは君の望む“死”を君に与えよう。心そのものを殺してあげる。そうしたら身体は抜け殻になって暴走することもないし、オトモダチにおいて行かれる絶望を味わうこともない。――その後に残った抜け殻をちょうだい?』
「……お人形遊びということね」
『んー、まぁそうとも言う。最近、君の周りを見てたら僕もお嫁さんが欲しいなーなんて思ったからさ』
その言葉が真実か偽りか、そこまでは分からない。レガリアの一貫して冷たく穏やかな態度は、彼の本心を一切見せたりしない。
もし、ソフィアの心が本当に死んでしまったとして、この悪魔が何をするのか保証はないのだが……他に頼れる存在がないのが現状だ。認めざるを得ない事実だ。
選択肢など、始めから存在しない。
「私を殺してくれること。セラフィを助けてくれること。その後、誰も傷つけたりしないこと。――この三つを約束してくれるのなら、私をどうしようと構わないわ」
その瞳にはもう、哀しみなど浮かんではいなかった。
透き通った貌に影を落とし、表情を消した哀れな彼女を見て悪魔は満足そうに笑んだ。
『約束するよ、僕の可愛いソフィア。あぁそうだ、やってもらいたいことがあるんだ』
「……」
『最後の石の在処に目処が付いた。この城だ。恐らく奥深く……宝物庫かなんかにあるんだろうね。明日はなにか催し物が開かれる。それに乗じて、盗んできてよ』
「……」
『分かってるよね、ソフィア。僕があいつを助けるのは、君の仕事が終わってからだ。それ以前に君が僕を裏切ったりしようものなら――』
「分かってる」
「あは、当日は僕が用意するシナリオに従ってもらうよ。その方が無駄がないからね」
ねぇ、ソフィア。
どこまでも優しくて、残酷な言葉が無情にも降り注いだ。
『誤解はしないでね。僕は、君を救いたい。それは本当のことだから』
華やかな祭りは夜になっても続く。
結婚式場の準備を手伝っていたソフィアは、きりが良いところで客室に戻ってきていた。先ほど客人用の浴場を借り、後はベッドに潜り込んで休めば良いという状況だ。その前に彼が来るような気がして、こうして独り待っていた。
ふと視界に映り込んだ鏡を覗けば、境界の向こうの自分とかちりと視線が合う。
梳いたばかりの淡藤の髪が、鏡越しに赤く染まっていく。
『幸せそうね』
ここ最近は随分と見ていなかったもう一人の自分が、実に妖艶に微笑んだ。ほんの少し、憐れみを滲ませて。
「そうよ。私は幸せ者だわ」
彼女が向けてくる憐憫を遮断するように瞬きをした次の瞬間、鏡に映っていた赤い自分はもういない。無表情な、中途半端な自分がいるだけだ。
そこへ、控えめなノックの音が響く。
「ソフィア、いる?」
「えぇ、どうぞ」
「伝えたいことがあって」
どこか緊張した面持ちで入ってきたのは、予想通りセラフィだ。昼間に話がしたいと言っていたのだから当たり前か。
彼は今度こそ扉を閉めて、ソフィアの元へとやってきた。
「君がミセリアたちと旅をしている間、僕は僕で調べ物をしていたんだ」
そう切り出したセラフィに、ソフィアは小さく頷くことで続きを促す。
「さっさと言っちゃうけどさ、僕は君について知りたかった。殿下にも協力をしてもらって……君が抱え込んできた苦しみ、そして今置かれている状況――その一端を知ることになった」
「……」
「君が、イミタシアと神子の狭間で苦しんでいることも。眠っているはずのレガリアと関わっていることも」
レガリア。その単語が飛び出した瞬間に、驚いて肩を僅かに震わせたことは気付かれてしまっただろうか。
ソフィアの不安をよそにセラフィは淡々と続ける。
「これまでさ、君はイミタシアの“選択”に関わってきたね。クロウ、リコ、セルペンス、ノア……シェキナや僕も、シャーンスで助けられた。ケセラもきっと君に感謝してる。……ヴェレーノはちょっと違うかもしれないけど。だからさ、今度は君の番だ」
自然と俯かせていた顔を上げると、セラフィはただソフィアを見つめて微笑んでいた。
「君が自分の道を決める番だと、そう思う」
「決めるって……」
「僕は知ってる。レガリアが君を利用しようとしていること。君はあいつと繋がっているんだろう? 君を救うためにもどうか、これ以上あいつと関わらないで欲しい」
「……して」
「?」
正直なところ、ソフィアもレガリアと好きで関わっているわけではない。
コンタクトをとってきたのは向こうからだし、それに。
「私を救いたいと言うのなら、私を殺して。私はね、ずっと自分の死を望んできた」
自分でも驚くほど、冷めた声だった。何もかもを諦めてしまっている、そんな声。
バレているのなら仕方ない。彼を前にして否定する気もおきなかった。ソフィアがレガリアと交流していることは、クロウくらいしか知らないはずだ。その彼が簡単に周囲に明かすはずがない。セラフィは何かしら別の方法でそれを知ったのだろうが、普通の方法ではないだろう。否定するよりもいっそのこと、最初から肯定してしまった方が楽だ。
潔くも冷めた肯定、それと突きつけられた願いにセラフィは絶句する。その姿を見て、今度のソフィアは動揺しない。
側に置かれた鏡を見るのも恐ろしい。一体、どんな表情を友人に向けてしまっているのだろうか。
「楽しかった。楽しかったわ。旅をして、綺麗なものを見て、みんなとおしゃべりをしながら食事をして、次の日はどんな楽しいことがあるんだろうと想像しながら眠りについて。それに、イミタシアとして大変な思いを重ねてきたみんなが未来を向けるようになって嬉しくもある。でも、でもね」
母に愛されても、友人に気にかけてもらっても。
どれだけ周りに恵まれた人生だったとしても。
「私に未来なんてないの。だから幸せ者であるうちに殺して欲しい」
「……」
どれだけソフィアが殺して欲しいと言っても、普通の人間ではその願いを叶えることができないことを知っているはずだ。いくら大神子の血を引くセラフィであったとしても例外ではない。
勝手に笑みが漏れていくのが見ずとも分かる。
「……それは」
「全部知ってしまったのなら、貴方じゃ私を救えないことも理解しているのでしょう? 何故私がレガリアと繋がっているのか、貴方ほどの人が理解できないはずがないわ」
ソフィアは死ねない身体を持つ。試したことはないが、どんな拷問を受けようが、肉塊と化そうが、復活を果たすのがオチだ。
かつて生みの母と業火に揉まれた時、本当は死んでも可笑しくなかったのに無傷で生きていることこそ、呪いが生きている証明であると言っていい。
そんな状態でイミタシアとしての代償が進行してしまったのなら。
女神は瘴気の対処で精一杯だ。
精霊になんて頼んでいられない。
彼女を救いに導けるのは、あの美しく、何を考えているのか全く読めない――神様へ一番に近づいてしまった、あの悪魔だけなのだ。
「……もう充分楽しませて貰ったわ。私、彼に私自身を消して貰おうと考えているの。彼にはそれが出来る力があるから。だから、貴方は関わらなくても良い」
「ソフィア……」
「もう良いの。それに」
辛そうな表情を浮かべるセラフィの顔を見つめて、歪に笑って見せた。
「私、みんなに――貴方に置いて行かれたくない。独りで生きていたくない」
本心を覗かせた次の瞬間、視界が揺れた。
抱きしめられたのだと悟ったのは、何拍かおいたあとだ。ぎゅ、と背中に腕が回されて離すものかと力が込められる様が直に伝わってくる。とても、温かかった。
彼の背に回そうとした腕が、その資格はないと言わんばかりに力なく垂れた。
刹那、自分を束縛する力がより一層強まる。
「……ねぇ。貴方も苦しいのに、どうして私を助けようとしてくれるの?」
囁いた言葉に、彼は震える声で応えてくれた。
「僕は君を救いたいよ。ただ、それだけなんだ」
「そう。……やっぱり、私は幸せ者だわ」
鼻孔をくすぐる柔らかい匂いと、心地よい温もりに包まれながらソフィアはセラフィの肩に額を擦り付ける。
「……今の僕に君の体質を変える力はない。でも、これだけは覚えておいて欲しい。僕は君の未来を諦めたりはしないから」
「……」
「もう一度言う。僕は、君を救いたい」
私だって、貴方の未来が救えるのならどれだけ良かったか。
恐ろしくて、そんな言葉を口にすることが出来なかった。
***
僕は必ず君を解放してみせる。
そう強い言葉を繰り返しソフィアへとぶつけ、やがてセラフィは部屋から去って行った。
夜空の下では、相変わらず色とりどりの服を着た人々が忙しなく動き回っているというのに、ソフィアは部屋の中央で頽れていた。包み込まれた際の温もりが今なお残っているかのように身体が熱い。
嬉しかった。一瞬、叶わないと知りながら明るい未来を思い描いてしまうくらいには。
本当に救ってくれるのではないかと、そんな烏滸がましい思いが脳を支配していく。
『哀しいね』
――そんな冷たい言葉が降り注いだ瞬間、身体が凍りついたように動かなくなった。
しばらく聞いていなかった悪魔の声が、耳元で囁かれる。
「っ」
今は話しかけて欲しくない。
急いで両耳を塞いでも、悪魔は嘲笑いながら言葉を続ける。
『女神の血を引きながら力も継げない出来損ないのくせに、よく言うよね。君を救えるのは僕だけなのに、ね? あいつは近い未来に――』
「お願い、それ以上は言わないで」
『ふうん。そんなにアイツのことが心配?』
「当たり前でしょう、彼は大切な……大切な仲間なのよ」
『なるほどね? なら、助けてあげようか』
ひゅ、と息が詰まる。
紫水晶の瞳を見開いて後ろを振り返る。
当然ながらそこには誰もいない。今のレガリアは表向きには眠っていることになっており、実体を持たない幽霊のような存在なのだから。
しかし、白金の髪と血のように赤い瞳を持つ少年がそこに立っているかのような、そんな錯覚を覚えた。
「出来るの? 彼が死なずに済むの?」
『今は無理だけどね。僕が完全に復活を果たした後の話になる』
「……! お願い、彼も救って……」
『良いよ。ただし、条件がある』
ソフィアは震えながら次の甘言を待つ。
恐れていた事態がひとつでも回避できるのならば、何を捧げようが構わない。
みんなが生きていてくれるのならば、それで。
『何故僕が君を助けようとしているのか分かってる? ――そう、僕は君に恩があるからだよ。だけど、あいつには何もない。僕が助ける義理なんてないんだ。その分の対価を、君が支払ってくれるのなら助けてあげる』
「……私に払える対価なら、払う。彼は死ぬべき命ではないわ」
『君ならそう言うと思ってたよ、ソフィア』
口調こそ朗らかなものの、ソフィアを囲む空気はどんどんと冷えていた。背筋が凍るような悪寒に耐えながら、震える両手を組む。力を入れすぎて爪で肌が傷つくが、痛みを感じる余裕など欠片もなかった。
ソフィアは誰もいない虚空を見上げる。そこに見えぬ悪魔がいると、確かに感じながら。
『そうだね。それじゃ、僕のものになってくれる?』
「どういうこと?」
『まずは君の望む“死”を君に与えよう。心そのものを殺してあげる。そうしたら身体は抜け殻になって暴走することもないし、オトモダチにおいて行かれる絶望を味わうこともない。――その後に残った抜け殻をちょうだい?』
「……お人形遊びということね」
『んー、まぁそうとも言う。最近、君の周りを見てたら僕もお嫁さんが欲しいなーなんて思ったからさ』
その言葉が真実か偽りか、そこまでは分からない。レガリアの一貫して冷たく穏やかな態度は、彼の本心を一切見せたりしない。
もし、ソフィアの心が本当に死んでしまったとして、この悪魔が何をするのか保証はないのだが……他に頼れる存在がないのが現状だ。認めざるを得ない事実だ。
選択肢など、始めから存在しない。
「私を殺してくれること。セラフィを助けてくれること。その後、誰も傷つけたりしないこと。――この三つを約束してくれるのなら、私をどうしようと構わないわ」
その瞳にはもう、哀しみなど浮かんではいなかった。
透き通った貌に影を落とし、表情を消した哀れな彼女を見て悪魔は満足そうに笑んだ。
『約束するよ、僕の可愛いソフィア。あぁそうだ、やってもらいたいことがあるんだ』
「……」
『最後の石の在処に目処が付いた。この城だ。恐らく奥深く……宝物庫かなんかにあるんだろうね。明日はなにか催し物が開かれる。それに乗じて、盗んできてよ』
「……」
『分かってるよね、ソフィア。僕があいつを助けるのは、君の仕事が終わってからだ。それ以前に君が僕を裏切ったりしようものなら――』
「分かってる」
「あは、当日は僕が用意するシナリオに従ってもらうよ。その方が無駄がないからね」
ねぇ、ソフィア。
どこまでも優しくて、残酷な言葉が無情にも降り注いだ。
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