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1章 贖罪の憤怒蛍
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荒廃した森を散歩しながら、その男は下手くそな歌を口ずさむ。
「しょっしょっ瘴気~は蜜の味~甘くて癖になぁる蜜の味ぃ~」
偶然近くに生えていた木の枝を手折る。真っ黒に染まり枯れた枝は触れただけで折れ、砂のように崩れゆく。さらさらと落ちるそれを見て、男は上機嫌に口笛をひとつ。
深呼吸して吸い込んだ空気は淀んでいて、腐った卵に囲まれているかのような気分になる。しかし周りにそんなものはなく、あるのは枯れた植物と逃げ切れなかった動物の死骸――僅かに肉の残る骨だけ。
少し歩けば清浄な森が広がっているが、この一角だけ地獄のような有様だ。
瘴気が腐らせた森に、シトロンはいる。
少し前に現れた謎の城と、黒い壁。後者はもう消えてしまったが、その周りの森を一定範囲だけ腐らせていった。興味をもってこっそり来てみれば、思っていた以上に異常な光景で心が躍ったものだ。
「瘴気、ねぇ」
盗み聞いた調査員の会話を思い出しながら首を傾げる。
「人間の負の感情が具現化したもの。可視化すれば万物を腐らせる毒になる。なんかに使えないかなぁ。面白いことできそうな気がするんだけど」
それから思い出すのは、白金の髪と翡翠の瞳が可愛らしい少女の顔。
「浄化、か」
陛下のお知り合いの少女が、進路を切り拓いてくださったらしい。方法は秘匿とのことだが、瘴気を浄化する方法なんてあるのか……?
そりゃあるでしょ、と橙色の瞳を眇める。
あの少女はただの人間ではない。イミタシアでもないくせに、人間には使えない不可思議な術を操る。シトロンも実際に見たことがあるのだ。黄金の花を模した巨大な刃が迫ってくる様子を思い出してはニヤニヤと気持ち悪く笑む。
そしてふと気がついた。
「あの子、どれだけ瘴気を浄化することが出来るんだろう。限界量……そもそも瘴気に単位なんてないけどさ」
狂った人間でありながら、シトロンは研究者だ。ひとつ疑問が浮かべば解決したいのが研究者の性というもの。
その答えを確かめるための道筋を理論的にたて、それから納得したように頷いた。
「よし、次の娯楽はこれで決まり。――堕落しちゃったルシたんにもお灸をすえないと、だしねぇ」
面白いからと観察していた復讐鬼は墜ちた。
あの憎しみに燃える目が好きだったのに、今じゃ弟と妹にデレデレした兄馬鹿だ。見ていて吐き気がする。
それを心底面白くないと思っていたシトロンは、舞い降りてきた天才的な思いつきを自画自賛しつつ白衣を翻す。その裏地にびっしりと書かれた、黒く雑なメモ書きはまるで悪魔召喚の呪文のようだった。
その彼の真後ろに、白い影がふわりと顕現する。
刹那動きを止めたシトロンは、囁かれる言葉に口の端を楽しげにつり上げた。
「あは。……そういうこと」
「しょっしょっ瘴気~は蜜の味~甘くて癖になぁる蜜の味ぃ~」
偶然近くに生えていた木の枝を手折る。真っ黒に染まり枯れた枝は触れただけで折れ、砂のように崩れゆく。さらさらと落ちるそれを見て、男は上機嫌に口笛をひとつ。
深呼吸して吸い込んだ空気は淀んでいて、腐った卵に囲まれているかのような気分になる。しかし周りにそんなものはなく、あるのは枯れた植物と逃げ切れなかった動物の死骸――僅かに肉の残る骨だけ。
少し歩けば清浄な森が広がっているが、この一角だけ地獄のような有様だ。
瘴気が腐らせた森に、シトロンはいる。
少し前に現れた謎の城と、黒い壁。後者はもう消えてしまったが、その周りの森を一定範囲だけ腐らせていった。興味をもってこっそり来てみれば、思っていた以上に異常な光景で心が躍ったものだ。
「瘴気、ねぇ」
盗み聞いた調査員の会話を思い出しながら首を傾げる。
「人間の負の感情が具現化したもの。可視化すれば万物を腐らせる毒になる。なんかに使えないかなぁ。面白いことできそうな気がするんだけど」
それから思い出すのは、白金の髪と翡翠の瞳が可愛らしい少女の顔。
「浄化、か」
陛下のお知り合いの少女が、進路を切り拓いてくださったらしい。方法は秘匿とのことだが、瘴気を浄化する方法なんてあるのか……?
そりゃあるでしょ、と橙色の瞳を眇める。
あの少女はただの人間ではない。イミタシアでもないくせに、人間には使えない不可思議な術を操る。シトロンも実際に見たことがあるのだ。黄金の花を模した巨大な刃が迫ってくる様子を思い出してはニヤニヤと気持ち悪く笑む。
そしてふと気がついた。
「あの子、どれだけ瘴気を浄化することが出来るんだろう。限界量……そもそも瘴気に単位なんてないけどさ」
狂った人間でありながら、シトロンは研究者だ。ひとつ疑問が浮かべば解決したいのが研究者の性というもの。
その答えを確かめるための道筋を理論的にたて、それから納得したように頷いた。
「よし、次の娯楽はこれで決まり。――堕落しちゃったルシたんにもお灸をすえないと、だしねぇ」
面白いからと観察していた復讐鬼は墜ちた。
あの憎しみに燃える目が好きだったのに、今じゃ弟と妹にデレデレした兄馬鹿だ。見ていて吐き気がする。
それを心底面白くないと思っていたシトロンは、舞い降りてきた天才的な思いつきを自画自賛しつつ白衣を翻す。その裏地にびっしりと書かれた、黒く雑なメモ書きはまるで悪魔召喚の呪文のようだった。
その彼の真後ろに、白い影がふわりと顕現する。
刹那動きを止めたシトロンは、囁かれる言葉に口の端を楽しげにつり上げた。
「あは。……そういうこと」
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