久遠のプロメッサ 第三部 君へ謳う小夜曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
17 / 51
2章 蒼穹の愛し子

1.5 膝枕

しおりを挟む
「あのぅ、ミセリアさん……?」
「なんだ文句でもあるのか」
「いえありません正直に言って天国ですありがとうございます」

 二人きりになった執務室。客人用の二人がけソファにミセリアは座っており、その膝にはフェリクスが頭を乗せている。否、乗せられている。
 おまけにやわやわと髪を撫でられているものだから、フェリクスは恥ずかしいようなくすぐったいような嬉しいような止めて欲しいような、そんななんとも言えない感情に襲われている。
 フェリクスはミセリアに対して大胆に抱きついたり口説いたりすることもあったが、向こうから迫られるのには大変弱い質である。そのことをきっちり学んだミセリアはそれを利用して弱った旦那を掌握している。
 時々指先が耳に触れる度に顔が熱くなる。
 この光景を見ることが出来るのは、もちろんミセリアだけの特権だ。

「それで、お前はどう思う?」
「うーん……」

 ふいに投げかけられた問いかけに、フェリクスは目を眇めながら答える。

「根拠はないけど……全て繋がっている気がするんだ」
「ほう?」
「ここ最近のこと、全部。何か誰かの手の上で踊らされているような、そんな気持ち悪さがある」
「では、ソフィアたちの失踪とレイの失踪も?」
「あぁ。根底にある理由は同じなんじゃないかと、そう思って。二人は元から繋がりがあるだろう? それに、ミセリアも直前に二人が話したがってたって言ってたろ? だから余計にそう思うのかもしれないけど」

 聞いた話によれば、レイとソフィアの二人は旅に出るまで認知されていない森の中でひっそりと暮らしていたという。最近は別行動することも多かったが、二人の奥底には家族のような繋がりがある。
 だからこそそれぞれの失踪には共通の何かがあると、少しだけ思っている。
 金赤色から離れた手が、今度は肩へ伸びる。

「可能性は捨てきれないな。なら、二人の心境を変化させた要因は一体何だ?」
「それは……」

 肩付近を撫でていた手が今度は頬に触れ、フェリクスは身じろぎをする。
 落ち着かないには落ち着かないのだが、これに嬉しさを感じてしまうあたりミセリアには弱いのだと思い知らされる。初めて会った日から本気で惚れ込んでいるせいである。
 恥ずかしいけれど、彼女の体温はフェリクスのもやもやとした黒い悩みを解きほぐしてくれる。

「あの神様、かな」

 許し難い存在だ。
 名前を言わずともにじみ出る怒気に気がつき、ミセリアはフェリクスの肩を掴んで上を向かせる。弱く揺れる石榴石の瞳。
 狂人かと言いたいくらいに強靱な精神力を持つこの国の王だが、哀しみと怒りとやるせなさで溢れかえりそうになっている。それはそうだ。初めて自らの在り方を初めて肯定してくれた人が理不尽に奪われてしまったのだから。
 無言で両頬を包み込み、ミセリアは顔を近づけた。それから触れるだけのキスをして、夜空色の髪で視界を塞いだ。
 今のフェリクスには彼女の黄金色の眼差ししか見えない。

「忘れるな。私はお前の半身だ。お前を守る者だ。一人で抱えられると思うなよ」

 そこで、フェリクスはようやく笑った。

「あはは、君にはやっぱり負けるなぁ。ありがと、ミセリア」
「私を口説き落としてみせた報酬とでも思っておけ」
「かっこいいね」

 今度はフェリクスの方から頬にキスを返し、それから幾分迷いの消えた表情を浮かべる。

「もう少しだけ、話し合おうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

元バリキャリ、マッチ売りの少女に転生する〜マッチは売るものではなく、買わせるものです

結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【マッチが欲しい? すみません、完売しました】 バリキャリの私は得意先周りの最中に交通事故に遭ってしまった。次に目覚めた場所は隙間風が吹き込むような貧しい家の中だった。しかも目の前にはヤサグレた飲んだくれの中年男。そして男は私に言った。 「マッチを売るまで帰ってくるな!」 え? もしかしてここって……『マッチ売りの少女』の世界? マッチ売りの少女と言えば、最後に死んでしまう救いようがない話。死ぬなんて冗談じゃない! この世界で生き残るため、私は前世の知識を使ってマッチを売りさばく決意をした―― ※他サイトでも投稿中

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...