久遠のプロメッサ 第三部 君へ謳う小夜曲

日ノ島 陽

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2章 蒼穹の愛し子

5 真実・前半

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 空気が変わったことを感じ取り、元イミタシアたちは一斉に駆け出す。
 八年前、奇跡的に生き残った子どもの数はレガリアを除けば九人。そのうち四人が儚く命を散らし、残りは五人だけ。そのなかの四人――ソフィアを除いた全員が、身体を起こした彼女を取り囲む。空気を読んだフェリクスがそっと花畑の外へ出た。流石にここは気を利かせる場面だろう。
 シェキナが思いっきり抱きついたため、ソフィアは再び倒れ込みそうになってしまった。

「わぁぁぁん、良かったよぉぉぉぉ!!」
「ごめんなさい、心配かけて」
「ほんとよ! 後で好き勝手させなさい! 帰ったらカフェ巡り付き合ってもらうんだからね!」
「ふふ、分かったわ」

 小さく笑みを浮かべたソフィアにはもう、死だけを望む絶望は消えていた。
 それを感じたセルペンスは、隣で視線を泳がせているクロウの脇腹へ軽く肘鉄を食らわせる。大した衝撃ではないものの、「ぐぇ」とうめき声を漏らしてしゃがみ込む程度には痛かった。

「クロウ? 大丈夫?」
「あー……すまん、この痩せ男の肘が凶器だったことが判明しただけだ」
「そうじゃないだろう? 何のための合図だと思って……まぁいいか。ソフィア、クロウが何か話したいことがあるそうだよ?」
「話したいこと?」
「おのれセルペンス」

 心底恨めしそうな顔をしたクロウは、それから視線をあっちこっちに彷徨わせ――そして、ソフィアと向き合う。
 何を言われるか分からない、と無意識のうちに身構えていたソフィアとは反対に少しだけ頬を赤く染め、情報屋の男は燻らせていた提案を口にする。尊大な態度など欠片もなく、少しばかり恥ずかしそうに。

「その……だな」
「な、何かしら」
「色々落ち着いたらさ」
「……ごくり」
「一緒に、海まで行かないか?」

 シェキナの腕の中で固まっていたソフィアは、予想外の発言に瞠目する。
 未開の地、海。シアルワ・ラエティティアのどこにもない、伝承にのみ残る青き世界。クロウ率いる情報屋カラスのメンバーはいつか海に行くことを夢見てこれまで活動していた。リコの一件があってからというものの、その想いはさらに強くなっていたはず。
 家族の夢に、まさか他人であるはずの自分まで? と首を傾げる彼女にクロウは前髪を弄りながら続ける。

「ソフィアを最初に連れ出したのは俺だ。その責任もあるけど、お前はリコのこと助けてくれたし、どのリコとも仲良くしてくれたし。その……きっとあいつも喜ぶと思うから。だから、俺たちと一緒に来ないか?」
「……良いの? 私、家族じゃないのに」
「こう聞いてる時点で良いに決まってるだろぉ? それで、どうする? どっちでもいいぜ?」
「わた、し……」

 今まで具体的な未来を描けずにいた。未来を閉ざして、見られないものだと思っていた。
 絶望の淵から立ち上がろうと決意したばかりで未来のことなど何一つ考えられていないのにこうして選択肢を提示され、ソフィアは戸惑ってしまう。温かく揺れる心は彼女を囲む誰もが感じ取っていた。

「ソフィアの望むようにすれば良いんだよ。これからはもう、誰にも縛られることはないんだから」

 シェキナの後押しもあって、ソフィアはようやく未来へ手を伸ばすことになった。
 小さくこくん、と頷いて。

「――行く。私も一緒に、海へ行く」
「良かった。決まりだな」

 緊張していたのが嘘のように安心しきった笑みを浮かべ、安堵のため息をついたクロウの背をセルペンスが思い切り押す。そして、「ぐぇっ」と先ほどと同じ悲鳴をあげて前に倒れ込む長身から視線を外し、ノアに向けて指示を飛ばす。
 兄の思惑を汲み取った有能な弟は、満面の笑みを浮かべながらソフィアの背中にぴたりと抱きつく。
 次にセルペンスはクロウをソフィアの左側へと押しやって、自身は右側へ回り込んだ。
 正面にシェキナ、背後にノア、左右にクロウとセルペンス。四人がソフィアを囲む形になり――若干一名、痛いやら恥ずかしいやらで四つん這いに頽れている状態だが――包囲網というよりは、なんだか団子のような有様である。
 中心で抱きしめられているソフィアは、二、三度瞬いた後に思い切り吹き出した。

「ふふ、あはは!」

 それはそれは、実に楽しそうで――幸せそうな笑顔だった。


***


「俺の役目は一旦終わったよ。次はシャルロットの番じゃないかな?」
「そう、ですね」

 花畑の中で笑い合う彼らを邪魔してしまう罪悪感は確かにある。
 しかし、シャルロットにはすぐにでも聞かなければならないことがある。その機会をフェリクスが作ってくれた。無駄にすることはできない。
 無言のまま歩み寄る少女を、ソフィアはすぐに気付いてくれる。
 仲間達に離れるよう促し、立ち上がった彼女は笑みを消して瞼を伏せる。

「……ソフィア」
「えぇ」
「レイは、どこにいるの?」

 その問いかけに、ソフィアは申し訳なさそうに首を横に振った。

「今の彼がどこにいるのかは分からないし、探す術はないわ。ごめんなさい」
「……」
「でも、私の知る全てを話すわ。罪滅ぼしにもならないと思うけれど」
「……うん。教えて欲しい」

 ソフィアは頷き、一瞬だけ泣き出しそうな顔を浮かべて――すぐに引っ込めて、努めて淡々と語り出す。

「まずは私とレガリアが交わした約束について話しましょう」


***


 神のゆりかご、白き部屋。
 巨大な城だけあってそこには多くの部屋が存在する。精霊が三柱だけのくせして部屋が多いのはただの趣向かは分からないが、大勢の人間を閉じ込めて人体実験するのにはとても役に立つ。
 その中の一室、腕に血を流し込むための点滴針を刺したままのソフィアとレガリアは、二人で契約を交わすことになった。
 ソフィアの願いはもちろん、イミタシア全員が『神のゆりかご』から無事に脱出すること。
 レガリアの願いは二つ。彼自身の計画の協力と後処理。ソフィアの願いを叶えることと引き換えに、彼女に協力を強制した。

 解放されたいのだと彼は謳う。
 少年の身体は既にボロボロだった。
 外見の話ではない。中身の話だ。
 毎日のように吐血を繰り返し、高熱を出さない日の方が珍しく、何故今まで生きてこられたのか不思議なくらいに彼は苦しんでいた。それは三柱の大精霊全ての血を取り込み、無理矢理馴染ませていたことへの代償であった。
 故に、何日も何日も考えた上で自らが得た膨大な力をコントロールしようと試行錯誤を重ねた。
 弱った身体から魂と神の力を切り離し、別の器に移し替えるという計画を遂行するために。
 少年は自らの肉体から魂と力を分離させ、傷ついた魂をゆっくりと休息させることを決めた。力の方はそれぞれを別の器に移し替え、存在を認知されないように封じ込める。時限式の封印を刻めば、勝手に眠りから覚めるという寸法だ。後は力に耐えきれる器を見つけて、魂と力を再び移し替えて完全に目覚めるという流れだ。
 その計画自体は彼自身が主体となって実行するが、自分だけでは成し遂げられない部分をソフィアに託したいと少年は宣った。そのひとつが『後処理』である。覚醒時の協力もそうだったが、後処理の方が重要であると何度も言い含められたのをしっかり覚えている。

『抜け殻は好きにしてもらって構わないよ。殺して埋めるなり、人形として弄ぶなり。だけど、どうか悪い人間と精霊に渡らないようにだけしてね? 操れる力こそないとは言え、肉体そのものは大精霊の血が混じった化け物そのものだから』

 魂が抜ければ、その肉体はただの抜け殻と化す。自分で動くこともできず、何もしなければ死に至るだけの存在となる。
 レガリアの願いのひとつが、その魂を失った肉体の後処理であった。
 今思えば、この時から既にソフィアの優しさにつけ込んでいたのかもしれない。彼女なら抜け殻はいえ生きている体を殺しはしないだろうと。大切に保護し、守ってくれるだろうと。
 実際、その通りだった。

「私たちが『神のゆりかご』から脱出した際、何故九人バラバラに転移させられたのか。それはレガリアのせいよ。きっと彼は私と抜け殻になった身体をみんなに見られないようにしたかったんだわ。あの子の正体を、誰にも知られたくなかったから」

 ソフィアが飛ばされたのは、シアルワ領にある広大な森だった。
 目が覚めた時には人の気配はなく、側には魂の抜けた少年の身体が倒れているだけ。

「最初は見捨てようかとも思った。けれど、あの子の心臓は確かに動いていた。せっかく生きているのに殺すなんて出来るわけがなくて。だから私は、その身体を連れて森を彷徨った。そして、偶然にもある集落を見つけた」

 精霊に隠れているという大人達の、国から認知されていないという隠れ里。隠れるには最適な場所だと、まだ十歳だったソフィアは安易に考え、そこに滞在することを決めたのだ。後に、激しく後悔することになるのだが。

「……まさか」
「えぇ、そうよ」

 玉座の間にいる全員が全てを察して息を呑む。

「レガリアに捨てられたはずの身体。そこに宿った新しい自我。――それが、レイよ」
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