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2章 蒼穹の愛し子
13 曇天
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動かない身体。レガリアに自由を奪われたことを思い出して気分が悪い。背筋が凍り、視界が震え、あの時の恐怖が喉を圧迫する。
――しかし、立ち上がると決めたのだ。
だから、ソフィアは信じることにした。
レイは優しい人だ。自分がどれだけ傷ついても笑顔でひた隠しにしてしまうような性格で、そのくせ大切な人が傷つくことは酷く厭う。彼が自分の境遇をソフィアに話さなかったのは負担をかけたくないと思っていたからであり、現状もソフィアを含めた沢山の人が傷つく元凶をどうにかするために行ったことである。
その彼が、自分を本気で押さえつけるようなことはしないだろうと。この拘束も本意ではないと、思い込んだ。
息が出来ることを確認して、肺一杯に空気を吸い込んで。
思い切り、叫んだ。
「――助けてっ!!」
同時に物を焼かぬ真っ赤な炎を天高く発現させる。黄金の火の粉を散らしながら螺旋状に回転するそれはかつての白の塔を彷彿とさせる。
ふわりと身体が浮く感覚に思わず瞼を閉じる。
遠ざかろうとしていたレイが脚を止め、金縛りに遭っていた精霊達が解放された瞬間。雷がビエントを捉えようとしていたまさにその瞬間、白い影が炎の塔を通り抜け、それから大精霊二柱の間を横切った。その精霊はビエントの腕を掴み、雷の効果範囲内から巨躯を逃れさせる。
瞼を開いたソフィアは自分が細身の腕に抱えられていることに気がついた。見上げればそこには黒い文様が頬に入った白髪の少年がいる。片腕でソフィアを抱え、片手でビエントを掴んでいる彼は精霊ゼノだ。
よほど急いでいたらしく息を切らし、しかしテラを前に緊張を途切れさせない。
「うわぁ、お前に助けられるとかなんか複雑な気分なんだが」
「我慢しろ腹筋精霊。軽口は後だ、後」
「あれ、お前ってそんな口悪かったか?」
わざとらしく眉根を寄せたビエントから手を離し、ゼノはソフィアを丁寧に地面に下ろす。
「ありがとうございます、ゼノ様。助かりました」
「霊峰周辺を偵察に来ていたからね。君の目印が助かったよ」
それから、冷や汗を垂らす。
「気を付けた方が良いよ。ここに、あいつ以外に良くない気配がする」
あいつ、とはゼノの視線的にテラのことだ。感情の読めない表情のまま動きを止めたテラはただこちらを見下ろしているだけ。
良くない気配。話によればゼノはレイともやり取りをしたことがある。故に、レイでもない。彼ら以外に何かいるのだ。考えられるならば、そう――。
「まさか、レガリア?」
炎姫の事件以来、白金の少年は誰にも接触をしていない。魂だけが飛び回れる現状だ、どこにいても可笑しくはない。ここに器と駒がいるのだから一連の流れを観賞していたとしても不思議ではないのだが、それにしても最悪だ。
さきほどレイはなんと言っていた? もう最終段階まで来たと言っていたはずだ。
おまけにレガリアはシャルロットを目の敵にしている節がある。二人の兄を奪い、次の標的はレイであると考えられる以上、全てのピースが揃うこの場で彼女に絶望を叩きつけるために何かしでかす恐れがある。
嫌な予感がする。
不安に呼応するように雲が流れゆく。傾きかけた太陽を覆い、黒い影を地上に落とす。初夏のはずなのに吹く風もなんとなく冷たい。
「レイ君」
テラがつとソフィア達から視線を逸らす。
こちらに向かって小走りに近寄ってきていたレイは立ち止まり、首を傾げる。
「なに?」
「じきに日が暮れ、時が来る。――良いな?」
「……」
返事は案外、そっけない首肯だった。
「はい」
彼らのやり取りの意味を理解したくなくて、ソフィアは奥歯を噛みしめる。
「それで、ビエント。僕は何をすれば?」
「あいつらを『永久の花』に近づけないこと。要するにここで足止めってこった」
「なるほど。炎姫、君は離れていた方が良いよ」
「……はい」
どんどん雲が厚くなる。蒼穹は閉ざされ、白い花が散って、どこかへ消えていった。
***
「大丈夫、なのかな」
「音は聞こえますけど……」
「大丈夫さ。どれだけ逆境に立たされようが、必ず良くなるから」
閉ざされた小さな空間の中、三人は待っていた。
埃すら散らない空間はまるで異世界のようであり、外からの音が聞こえなければ恐怖は倍増していたに違いない。辛うじてフェリクスが微笑みを保っていることで恐慌状態に陥らずに済んでいるが、その糸もいつ切れるものか分からない。
その気遣いを無駄にしないように、とシャルロットも緩く笑みそれから『永久の花』を見上げた。月明かりのような光に照らされたはち切れんばかりの蕾。微かに発光しているように見えるのは気のせいだろうか。
ビエントから告げられた日付を考えれば、今日のどこかでは花開くはずだ。この光は開花の予兆か。
消すことが出来ればそれが一番良いのだが、ソフィアが出て行ってからの時間で三人がどれほど手を尽くしても拒絶されてしまった。だからもう、こうして待つことしか出来ないのだが。
シャルロットは考える。今こうして襲撃があり、勝ち目も正直に言って薄い盤面になった以上、少し前に考えた作戦を提案しようか否か。あまりにも無謀な最終手段。話せばきっと拒否される。しかし、可能性がないわけではない。
「あのね、今のうちに話しておきたいことが――」
「あ、」
「――」
ふいにアルが声をあげる。ついに訪れた異変に、無言のままフェリクスは長旗を具現化させた。
数瞬遅れてシャルロットも気がつく。
音が、聞こえなくなった。
雷の轟きも、嵐の走る轟音も、何もかも。
――しかし、立ち上がると決めたのだ。
だから、ソフィアは信じることにした。
レイは優しい人だ。自分がどれだけ傷ついても笑顔でひた隠しにしてしまうような性格で、そのくせ大切な人が傷つくことは酷く厭う。彼が自分の境遇をソフィアに話さなかったのは負担をかけたくないと思っていたからであり、現状もソフィアを含めた沢山の人が傷つく元凶をどうにかするために行ったことである。
その彼が、自分を本気で押さえつけるようなことはしないだろうと。この拘束も本意ではないと、思い込んだ。
息が出来ることを確認して、肺一杯に空気を吸い込んで。
思い切り、叫んだ。
「――助けてっ!!」
同時に物を焼かぬ真っ赤な炎を天高く発現させる。黄金の火の粉を散らしながら螺旋状に回転するそれはかつての白の塔を彷彿とさせる。
ふわりと身体が浮く感覚に思わず瞼を閉じる。
遠ざかろうとしていたレイが脚を止め、金縛りに遭っていた精霊達が解放された瞬間。雷がビエントを捉えようとしていたまさにその瞬間、白い影が炎の塔を通り抜け、それから大精霊二柱の間を横切った。その精霊はビエントの腕を掴み、雷の効果範囲内から巨躯を逃れさせる。
瞼を開いたソフィアは自分が細身の腕に抱えられていることに気がついた。見上げればそこには黒い文様が頬に入った白髪の少年がいる。片腕でソフィアを抱え、片手でビエントを掴んでいる彼は精霊ゼノだ。
よほど急いでいたらしく息を切らし、しかしテラを前に緊張を途切れさせない。
「うわぁ、お前に助けられるとかなんか複雑な気分なんだが」
「我慢しろ腹筋精霊。軽口は後だ、後」
「あれ、お前ってそんな口悪かったか?」
わざとらしく眉根を寄せたビエントから手を離し、ゼノはソフィアを丁寧に地面に下ろす。
「ありがとうございます、ゼノ様。助かりました」
「霊峰周辺を偵察に来ていたからね。君の目印が助かったよ」
それから、冷や汗を垂らす。
「気を付けた方が良いよ。ここに、あいつ以外に良くない気配がする」
あいつ、とはゼノの視線的にテラのことだ。感情の読めない表情のまま動きを止めたテラはただこちらを見下ろしているだけ。
良くない気配。話によればゼノはレイともやり取りをしたことがある。故に、レイでもない。彼ら以外に何かいるのだ。考えられるならば、そう――。
「まさか、レガリア?」
炎姫の事件以来、白金の少年は誰にも接触をしていない。魂だけが飛び回れる現状だ、どこにいても可笑しくはない。ここに器と駒がいるのだから一連の流れを観賞していたとしても不思議ではないのだが、それにしても最悪だ。
さきほどレイはなんと言っていた? もう最終段階まで来たと言っていたはずだ。
おまけにレガリアはシャルロットを目の敵にしている節がある。二人の兄を奪い、次の標的はレイであると考えられる以上、全てのピースが揃うこの場で彼女に絶望を叩きつけるために何かしでかす恐れがある。
嫌な予感がする。
不安に呼応するように雲が流れゆく。傾きかけた太陽を覆い、黒い影を地上に落とす。初夏のはずなのに吹く風もなんとなく冷たい。
「レイ君」
テラがつとソフィア達から視線を逸らす。
こちらに向かって小走りに近寄ってきていたレイは立ち止まり、首を傾げる。
「なに?」
「じきに日が暮れ、時が来る。――良いな?」
「……」
返事は案外、そっけない首肯だった。
「はい」
彼らのやり取りの意味を理解したくなくて、ソフィアは奥歯を噛みしめる。
「それで、ビエント。僕は何をすれば?」
「あいつらを『永久の花』に近づけないこと。要するにここで足止めってこった」
「なるほど。炎姫、君は離れていた方が良いよ」
「……はい」
どんどん雲が厚くなる。蒼穹は閉ざされ、白い花が散って、どこかへ消えていった。
***
「大丈夫、なのかな」
「音は聞こえますけど……」
「大丈夫さ。どれだけ逆境に立たされようが、必ず良くなるから」
閉ざされた小さな空間の中、三人は待っていた。
埃すら散らない空間はまるで異世界のようであり、外からの音が聞こえなければ恐怖は倍増していたに違いない。辛うじてフェリクスが微笑みを保っていることで恐慌状態に陥らずに済んでいるが、その糸もいつ切れるものか分からない。
その気遣いを無駄にしないように、とシャルロットも緩く笑みそれから『永久の花』を見上げた。月明かりのような光に照らされたはち切れんばかりの蕾。微かに発光しているように見えるのは気のせいだろうか。
ビエントから告げられた日付を考えれば、今日のどこかでは花開くはずだ。この光は開花の予兆か。
消すことが出来ればそれが一番良いのだが、ソフィアが出て行ってからの時間で三人がどれほど手を尽くしても拒絶されてしまった。だからもう、こうして待つことしか出来ないのだが。
シャルロットは考える。今こうして襲撃があり、勝ち目も正直に言って薄い盤面になった以上、少し前に考えた作戦を提案しようか否か。あまりにも無謀な最終手段。話せばきっと拒否される。しかし、可能性がないわけではない。
「あのね、今のうちに話しておきたいことが――」
「あ、」
「――」
ふいにアルが声をあげる。ついに訪れた異変に、無言のままフェリクスは長旗を具現化させた。
数瞬遅れてシャルロットも気がつく。
音が、聞こえなくなった。
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